八月下旬。
うだるような暑さは相変わらず。でも大きく変わったこともある。
「泡瀬。トラックが来た」
「はい」
雲全の倉庫バイトも二ヶ月経ち、奈村さんとは随分打ち解けた。新しい業務が始まる際は必ず一緒に説明を受け、どこへ行くにも連れて行かれる。社員さんから仲良しだねと言われるようになった。
「仲良し」というのは若干違う気もするけど。ある程度のことはアイコンタクトで済まし、会話もぼちぼちする。仕事の話についていけるようになったからかもしれないが、彼の隣にいることが当たり前になった。
「このカメラケーブルは……三列の棚の上か」
荷物を抱え、脚立に乗る。すると奈村さんが隣にスッとやってきて、俺の荷物を受け取った。
「俺がやる」
「いいですよ。そんな重くないので」
「いいから」
「はぁ。ありがとうございます」
本当に大丈夫なのに、奈村さんは俺に荷物を持たせようとしない。
有り難いけど、気を遣われてるとしたら困る。俺は今は健康そのものだし、奈村さんの役に立ちたいと思ってる。これが彼の負担になったら本末転倒だ。
「あ、インクが切れ……」
「ん」
「……ありがとうございます」
加えてなにかあるとすぐに反応し、対応してくれる。どういう心境の変化だろう。
俺が作業してると無言でやってきて、彼も傍で他の作業を始める。
狭いスペースでやってるから時々手や肩が触れてしまった。
彼は気にした素振りがないから俺が小声で謝って終わるんだけど、そこから話が始まることもしばしば。
「……お前、手小さいよな」
「え。言われたことないです」
身長は決して高くないけど、手についてひとになにか言われたことはない。軽く衝撃を受けてると、奈村さんは俺の前に手を掲げた。
「……?」
何となく自分も手を上げ、彼と手のひらを合わせる。すると確かに、彼の方がひと回り大きかった。
「ほら」
「……奈村さんとは身長が違いますもん」
思わず頬を膨らますと、彼は楽しそうに笑った。その無邪気な笑顔が可愛くて、また見惚れてる。
( 変なの…… )
胸が熱い。顔も熱い。
仕事中とは思えないほど温かい空間にいるが、これでは身が持たない。ますます好きになりそうだから程々にしてくれ。
以前ほどじゃないにしても、無関心でいてくれる方がいいかも……っ。
が、奈村さんはもはや別人のように、めちゃくちゃ俺に構うようになっていた。
「……冷や汁」
「えっ。奈村さんが作ったんですか?」
ある日の昼休憩、なんと奈村さんは手作りの冷や汁をスープジャーで持ってきた。
毎食エナドリで済ませていたひとが……!!
あまりにびっくりして、スマホを落としかけた。すんでのところでキャッチし、二人で休憩室に入る。
「美味しい……!」
レシピ自体はシンプルとはいえ、良い出汁を使ってるのかもしれない。奈村さんの冷や汁は本当に美味しかった。
「毎日作ってたから」
「それは……ちょっと飽きません?」
「飽きない」
彼は真顔で即答した。
毎日冷や汁……栄養バランス的にはタンパク質も摂ってほしいけど、料理を始めたのはとんでもない進歩だ。
「……俺は多分」
「はい」
「前世は宮崎に住んでたのかも」
ちょっとよくわからないけど、頷いておいた。
「でも泡瀬がつくった冷や汁の方が美味い」
「全然そんなことありませんよ……奈村さん、実は料理上手いんじゃないですか。もっと作ったら」
手先は器用だし、わりと基本に忠実なタイプだ。料理はレシピ通りに作れば絶対美味しいし、向いてるかも。
そう思ってすすめると、彼は「片付けがな……」とかぶりを振った。
( 弁当作りも後ちょっとか )
夏休みが終わったら一緒にいる時間がずれて、二人でお昼を過ごせなくなるんだよな。
それだけが寂しい。
冷や汁を飲み干し、両手を合わせた。
「ご馳走さまでした」
「……お粗末様」
彼は少し満足そうにスープジャーを仕舞う。
片付けが苦手なのに、今日は俺の為に作ってきてくれたんだ。
「奈村さん、ありがとうございます」
笑いかけると、彼も笑った。
こんなささいな時間がすごく幸せだ。二人だけの倉庫が世界で一番落ち着く場所になってる。
アイスを交換したり、苦手な教科や好きなコンビニスイーツのことを話したり。今まではしなかったことをしている。
この時間がずっと続けばいいのに、楽しく笑い合った日ほど定時になるのが早い。
夏休み、最後の休日を迎えた前日。朝からずっと棚卸しをしてると、奈村さんが傍にやってきた。
「……問題ない?」
「そうですね……もうすぐ夏も終わりですし、防暑製品は数減らして奥に移していきたいです。代わりにレジャー用品は増やしていいかも」
「ああ。秋はキャンプ用品が売れる。サイズが大きいものが多いから上じゃなくて下に保管スペースを作ろう」
頷き、彼の指示通り売れそうな製品を取りやすい場所に移動していった。これが中々大変で、終わる頃は腕も腰もめちゃめちゃ痛かった。
これは明日筋肉痛だな……。
帰りはドラッグストアで湿布を買って帰ろう。腰を押さえてると、奈村さんも腰を押さえていた。表情こそ変わらないけど、直立不動で電信柱のようになってる。
「奈村さん、腰やったわけじゃないですよね?」
「……」
「整体とか行くんですか?」
「行かない」
彼は壁に手をつたいながら口端を引き結んだ。
彼なりのポリシーがありそうだけど、明後日からの学校はやばそうだな。
「明日オフだからドラストで湿布買ってこうと思うんですけど、奈村さんも行きます?」
「行く」
ということで、二人で店へ向かい、湿布と塗り薬を買い物かごに入れた。奈村さんが新発売のエナドリを入れようとしていたので、そこはやんわり止めた。
「それは頑張りたい時に飲むもので、休みたい時に飲んじゃ駄目ですよ。アドレナリン出ちゃいますから」
「……」
彼は少し悲しそうな顔をしていたけど、仕方ない。彼の健康の為に、ここは心を鬼にしよう。
店を出て互いに腕を伸ばす。もう時間も遅いから道行くひとは疎らだ。
「明日で終わっちゃいますね。夏休み」
「……そうだな」
奈村さんは目を細め、ため息をついた。
「今年は、バイト生活も悪くなかったんだけどな。……お前がいたから」
「っ」
だから、そういう不意打ちはやめてくれ。
……倒れそうなほど嬉しくなってしまう。
「俺も……仕事は大変だけど、楽しかったです。弁当作りも、好きなひとに作るって思うとやる気出て」
「好きなひと?」
「はわっ! いや、弁当が好きなひと……です。奈村さんの場合、あれ! 冷や汁!」
手をぶんぶん振り、必死に言い訳した。嫌な汗が滝のように流れたけど、彼は納得して頷く。
「……明日から食べられないと思うと残念だ」
「……」
いつもより確実に沈んだ声音に胸が痛む。
ぶっちゃけ、これからも毎日作りたい。せめて同じ学校なら良かったのに……彼が通う高校と俺の高校は方角が全然別。偶然顔を合わすこともまずないだろう。
それに、彼はこれからいよいよ進路で忙しくなる。大事な時期に俺の我儘であれこれ提案しちゃいけない。
当然、奥底に眠る想いも。
「……泡瀬」
「はい」
「明日って、予定ある?」
え。
慌てて顔を上げると、彼は気まずそうに咳払いした。
「や……忙しかったり、疲れてたらいいんだけど。……これから先、空いてる日がなさそうだから。お前と出掛けてみたくて」
「ふえ……」
予想もしないお誘いを受け、変な声を上げてしまった。
あの奈村さんから、プライベートで会おうと言うなんて。
「……悪い。夏休み最後だから、やっぱ自分のこと優先して」
「いえ! し、死ぬほど暇です!」
気合い入り過ぎて、自分でもびっくりするぐらい大声になってしまった。恥ずかしい。
奈村さんも驚いていたけど、すぐに可愛らしい笑みを浮かべた。
「……ありがと。じゃあ帰ったら連絡する」
「は、はい」
「おつかれ。気をつけてな」
別れ際、軽く頬をつつかれる。一々意識しなくてもいいのに、胸が高鳴って仕方なかった。
奈村さんと一日、二人きり。会社以外で。
帰宅後、待ち合わせの約束をした後も落ち着かなかった。明後日から始まる新学期の準備もすべきなのに、二の次になってる。
はあ〜〜どうしよ。会話続くかな。
プライベートとはいえ失礼な態度はとらないようにしないと。シャワーを浴び、待ち合わせ場所周辺のことを調べてベッドに倒れた。
相手は男の先輩なのに、まるで好きな子とデートの約束をした気分だ。
奈村さんのことを考えると胸の中がいっぱいになって、苦しい。けどすぐに気持ちの良い風が吹いて、温かい光に包まれる。
相反した感情は手に負えず、心を掻き立てる。
完全に好き……だよな。
認めちゃ駄目なんだろうけど、恋愛感情として、彼が好きだ。
自分が同性を好きになれると知って驚いた。不安や恐怖も同時に芽生えたが、奈村さんの笑顔を思い出すと綺麗さっぱり忘れてしまう。
「好き……だけど」
言えないよな。
大体、告白してどうする?
万が一彼も同性愛者で、告白を受け入れてくれたとして。……その後どんな人生を歩むのか、何一つ想像できない。
想いを告げるとすれば明日は最高のチャンスだ。でも彼とどうなりたいかわからないまま、無責任な告白なんてできない。
一緒にいられたら充分。って思わなきゃ。
枕に顔をうずめ、瞼を伏せる。現実を手放し眠りに落ちる瞬間まで、彼に触れられた頬は熱を纏っていた。



