知らない人に話しかけるなんて、俺のようなコミュ障には真似できない。だから困惑しつつも尊敬する。
「……友達と来てます。今は疲れたから休んでるだけで」
「そうなんだ! 友達と合流するまで一緒に回らない?」
よく見ると、俺と歳は変わらなそう。でも遊び慣れてそうだ。
逆ナンかもしれないけど、俺みたいな暗い奴を連れ回してもメリットないって……。
何にせよ、誰が相手でも上手く喋る自信がない。どう逃れようか必死に考えていると、目の前に人影が映った。
「泡瀬」
「な。奈村さんっ?」
顔を上げた先にいたのは、ラムネを持った奈村さんだった。驚いて呆けてると腕を掴まれ、傍に立たされる。
「やっと見つけた。こちらは?」
「あ、今ちょっと話してた方で」
「そ。……すみませんけど、彼を迎えに来たので。失礼します」
そう言うと、奈村さんは俺の手を引いて歩き出してしまった。女性達は残念そうにじゃあねーと手を振った為、軽く会釈して前を向く。
助かったけど、何で奈村さんが? それに迎えに来たって……。
「奈村さん、お友達は?」
「ナンパしに行ったから別れた」
俺と一緒だ。妙な親近感を覚えてると、彼はラムネを飲んで振り返った。
「歩いてたら座ってるお前と、お前に近付く集団が見えて……連れには見えなかったから、様子見に来た」
「ありがとうございます。助かりました……」
俺も、クラスの浴衣女子達と来てることを伝えた。けど上手く話せなくて、結局逃げてきたことも。
奈村さんは笑うことも否定することもなく、人混みを掻き分ける。
「友達のところに戻らなくていいのか?」
「……はい。多分、もうそれぞれ楽しんでるだろうから。大丈夫です」
苦笑すると、彼は優しく微笑み、俺にラムネを渡した。
「じゃあ一緒に回る?」
「え!」
「あ……嫌ならいいけど」
「いや! あ、違っ……嫌じゃないです!」
むしろ嬉しい。是非ともお願いしたいレベルだ。
さっきまでの陰鬱とした気持ちが一瞬で吹き飛んだ。我ながら可笑しくて、にやけそうになる。
「でも、奈村さんこそ俺なんかと居ていいんですか?」
「ナンパに興味ないから。……逆ナンされるお前が心配だし」
奈村さんはそこでようやく吹き出し、俺を見た。
うう、恥ずかしい。遊び慣れてなさそうなのがバレバレなところも悔しいし。
でも、彼と一緒にいられる。それだけで全部精算される。
「こうして手を繋いでれば、絶対ナンパされないだろ?」
「……」
彼は俺の手をぎゅっと握った。男同士でこれはちょっと勘ぐられそうだけど……奈村さんは俺より背が高くて大人っぽいし、兄弟と思われる可能性もある。
ここは、すっとぼけて甘えてしまおうか。
「ありがとうございます。……お願いします」
「ん」
異様に喉が渇く。もらったラムネを一口飲んで、息をついた。
あれ。これ間接キスか!
飲んでから気付いて、また急激に熱くなる。
奈村さんの唇に触れたも同然ってことだよな。やば過ぎる。
ウブな思考にもドン引きだけど、冷静でいられない。今すぐ逃げ出したいぐらいだけど、がっちり手を握られてるせいでそれも叶わない。
奈村さんは何も言ってこないし……全然気にしてなさそう。
俺のことは、あくまでただの後輩と思ってるってことだ。助かるけど、ちょっと切ない。
思わず目を細めると、彼は俺を引き寄せた。
「ここに限らず、お前といるのが楽しい」
目元に彼の指先があたる。わずかになぞり、そのまま頭を撫でられた。
「こうやって二人で会えたし。……やっぱり来て良かった」
「……」
周りは騒がしいのに、彼の声は驚くほど通る。振動し、鼓膜と心に染み渡る。
俺にとって特別なひとだから、こんなにも響くんだろう。
「俺も……楽しいです」
手を握り返し、震える声で答える。恥ずかしいから顔は見られないけど、本当に嬉しいことを伝えたい。
奈村さんといられることが嬉しいんだ。
「こんなに楽しいの初めてて……どうしたらいいかわからない」
「……」
俯きがちに呟く。鬱陶しい前髪を手首で払い、瞼を伏せた。
「友達少ないから、遊ぶこと自体少なかったんですけど。奈村さんといると、友達といるとき以上にワクワクして、どきどきするんです。お祭りじゃなくて、職場にいるときも目の前がきらきら光って見える。多分、奈村さんが輝いて見えるから」
「お前、それ……」
「?」
「……いや」
奈村さんは言い淀み、口元を手で覆った。何故か彼まで顔を赤くしている。
……照れてる?
心配になって踵を浮かすも、彼は顔をそらしてしまった。
「お前、お世辞言えるタイプ?」
「まさか」
「……参ったな」
彼の手が熱を持った気がした。暑さのせいか少し汗ばんで、滑りそうになる。
だから離れないよう、さらに強く握った。
「この前と言い、自惚れそうになるからやめろ」
「かっこいいって言ったやつですか? 思ったことを言っただけです」
真剣な顔で答えると、奈村さんは困ったように頭を搔いた。
「……お前といると時々おかしくなりそう」
「えっ! すみません」
「違う、俺の問題」
彼はまだ顔半分を隠したまま、屋台へ歩いた。大きなりんご飴を二本買い、一本を俺に渡してくれた。
「今以上を求めようとするんだ」
「…………」
りんご飴を舐め、彼を見返す。
よくわからないけど、彼もすごい葛藤を抱えてそうだ。
「これ口周りべたべたするな」
「飴の部分は噛もうとしないで、舐めた方が良いですよ」
普通に舐めてると、彼はまた複雑そうな顔で俺を見てきた。
マジで何を考えてるんだろう。気まずい。
「あの、俺の顔になにかついてます?」
「いいや」
「じゃあ何でそんなガン見して……」
「……」
恐る恐る尋ねると、彼はりんご飴を下ろした。
「可愛いから」
「!?」
可愛い……?
何だそれ。聞き取れたけど、意味がわからない。
およそ奈村さんの口から出るとは思えない単語だし(失礼)。考えた結果、傍でヨーヨーをしてる子ども達を見つけた。
「あ……子ども、可愛いですよね」
「……」
ひとまず納得し、りんご飴を頬張る。そのまま歩き出そうとすると、また強い力で引き寄せられてしまった。
「迷子になる」
「あ。スミマセン」
そして急な圧力。ジェットコースターのような豹変ぶりに、思わず背筋が凍った。
何が奈村さんの逆鱗に触れるかわからないな……。
りんご飴を食べ終えた後もめちゃくちゃ見てくるし。
っていうか、ただの視線じゃない。こういうの何て言うんだっけ。
必死に思い出そうとしてると、一瞬だけ空が明るくなった。
「泡瀬。空」
「わっ」
奈村さんが人さし指を空に向ける。それと同時に、闇夜に鮮やかな大輪が咲いた。
「花火だ……!」
そこまで心躍ってたわけでもないのに、感動して見惚れてしまった。
そういえば、花火をまともに見たのは何年ぶりだろう。テーマパークに連れて行ってもらったときに見た覚えがあるけど、お祭りでは初めてかもしれない。
何発も打ち上がり、色違いの花火が空に浮かぶ。あまり綺麗で、奈村さんの手を引っ張ってしまった。
「すごい! 綺麗ですね、奈村さん!」
「……!」
微笑むと、彼は瞳を揺らした。
今度は頬どころか耳もほんのり赤い。
「奈村さん? 大丈夫ですか?」
「あぁ」
「何か顔赤いですけど」
「気のせい」
心配だけど、言い切られるとそれ以上つっこめない。気のせいということにして、また空を見上げた。
ふと周りを見渡す。当然だけど誰もが空を見上げていて、……花火に見惚れてることがわかった。
それが何故かものすごく嬉しくて、にやけてしまう。
「……泡瀬」
密かに浮かれてると、肩がぶつかった。奈村さんは前に屈み、秘密を打ち明けるように耳元で囁いた。
「良ければ、また……来年も一緒に見ないか?」
「……っ!」
まさかの提案。振り向き、無我夢中で頷いた。
「見ます」
「ははっ。……ありがと」
彼はホッとした様子で微笑んだ。
以前なら、その表情を浮かべるのは俺の方だった。
少しずつ……だけど確実に俺達の関係は変わっている。
蒸し暑い夏の夜。誰も知らない約束は、俺の中で美しく輝く宝石に変わった。



