今まであまり考えなかったけど、盛り付けって大事?
早朝、弁当を用意しようとしてふと思い立った。スマホで『弁当 盛りつけ』と検索すると、ハイクオリティの弁当箱の写真がダーッと表示された。
こんなものを毎朝作るなんて正気じゃないな。俺には赤、黄、緑と色分けを意識するのが精一杯だ。
「おはよう〜。今日もお弁当ありがとね、真己」
「うん。今日はこれも」
スープジャーを渡すと、母は嬉しそうにお礼を言った。
「普通は私が作る側なのに、いつもごめんね」
「全然」
今までしてもらったことを返してるだけだ。出掛ける準備をしてると、母も支度を始めたが。
「真己。……私は大丈夫だから、自分のことを優先しなさいね」
「ん?」
「家のこととか考えなくていい。まだ高校生なんだから。……今までやりたくてもできなかったことをやりなさい」
母はお茶を淹れて、俺に手渡した。
何となく、入院生活で諦めたものを言ってるように感じる。返答に困ってると、母も困ったように笑った。
「バイトも程々に、よ。その為に私が働いてるんだから」
「うん……」
正直、母が働き過ぎて体調を崩さないか心配だ。昼と夜のシフトは体内リズムがめちゃくちゃになりがちだし。
でも、母は母で自身の仕事に誇りを持ってる。だから必要以上に止めるのも違う気がする。
大人で、社会的な立場がある。背負ってるものがある。
「母さん」
「んー?」
「母さんも、俺がいたせいで諦めたことたくさんあるでしょ」
そう言うと、母はわずかに目を見開いた。
家族だけど、無意識に母に遠慮してしまうんだ。一番親といたい時期に入院していたから、甘えるということも忘れてしまった。
空白の六年は重い。
母も本当は家族揃って旅行に行ったりしたかっただろうに、俺が入院したせいで父と折り合いが悪くなった。
家庭を崩壊させたのは自分かもしれない。その罪悪感がいつまでも心に根を張り、絞め上げる。
「……本当、ごめん」
朝から辛気臭い話をしてしまったことも含めて謝ると、突然頭を撫でられた。
「アンタは私の子と思えないぐらい殊勝ね」
「……」
「もっと我儘で良いのよ、真己。やりたいことを我慢し続けたのは私じゃなくてアンタなんだから」
母は俺の髪を手櫛で直し、はにかんだ。
「私は充分幸せよ。それはもちろん、真己がいるから」
「本当?」
「本当。というか、怖いから急に反省しないでちょうだい」
交通事故に遭わないでね、 と母は自身の腕をさすった。何か可笑しくて、俺も笑ってお茶を飲んだ。
「職場の先輩が、病気の家族のことで大変そうで……母さんも俺のせいで同じ想いしたこと思い出したんだ」
正直に打ち明けると、母は「そう……」と隣に腰を下ろした。
「色んなひとと、色んな関係性があるからね。私も毎日患者さんを見てるけど、本当に色々よ。その家族や親戚の中には確かに、望まない支援や介護をしてるひともいる」
「うん……」
「でも、私はそうじゃなかった。代わりに支えてくれるひともいたから、恵まれてたし」
母の言うとおり、最後は環境がものを言うのかもしれない。
ただひとつわかったのは……奈村さんが言っていたように、大切なひとを支えることは、決して不幸ではないということ。
「その先輩が大切なら、今度は支えてあげなさい」
「……うん!」
言葉にしないと伝わらないことがある。訊かないと一生理解できない想いがある。
俺は喋ること自体苦手だ。けど、大切なひとの気持ちを取り零すことはしたくない。
できるだけ話して、できるだけ訊こう。傷つくことだけ恐れていた幼い自分を変えるために。
「奈村さん。お昼入れそうですか?」
正午を回った倉庫内。大量の製品説明書を刷っていた奈村さんの元へ向かうと、彼は頷いた。
最近は作業中でもピタリと手を止めてやってくる。お昼を待ち望んでるみたいだ。
こういうの何て言うんだっけ。パブロフの犬?
でも超失礼なので、いそいそ休憩室へ移動した。
「これどうぞ」
「何?」
「豚汁と迷ったんですけど、暑いから冷や汁作りました」
ローテーブルを挟み、彼にスープジャーを渡す。冷や汁は鯵の干物、きゅうり、豆腐を入れて味噌で味付けしている。白ごまや大葉、ミョウガもたっぷり入れて、暑さを乗り切れるようにと作ってみた。
彼の口に合うかどうかはわからない。作ったものの少し不安だ。いや、そもそも。
「冷や汁ってご存知です?」
「聞いたことある」
「食べたことは?」
「……」
ないんだな。
「一口飲んで……お口に合わなければ無理しないでください」
「味噌汁みたいなもんだろ?」
「そう……いや……どうだろ……」
首をひねって言葉を考えてると、彼はエナドリを飲むような勢いでスープジャーを傾けた。
「美味い」
「本当ですか?」
「味噌汁……ではない?」
「味噌汁ではないです」
彼は目から鱗みたいな顔をしてる。何かすごい衝撃を受けてるみたいだけど、気に入ってもらえてよかった。
「多分」
「?」
「毎日食えそう」
いたく気に入ったらしい。そこまでお気に召したなら、簡単だし毎日作ろう。
「明日も作ります」
奈村さんは頷き、一気に飲み干してしまった。案外素朴な味が好きみたいだ。倉庫に戻った後も冷や汁の歴史についてパソコンで調べていた。
「奈村さん、文字かすれてきたんでインク交換したいんですけど……このプリンターに合うインクってこれですよね?」
「そう」
「いやちゃんと見てくださいよ」
こっちを一度も見てないのに適当過ぎる。彼がまだ冷や汁のレシピ動画を凝視してるから、諦めてインク交換をした。
時々いるんだ。好きなものに出会うとそれしか見えなくなるタイプのひとが……。
「……あ、すみません。俺今日はもう上がらせていただきます」
「ん。俺も」
「あれ、珍しいですね」
不思議に思って尋ねると、彼はジャンバーを脱いだ。
「多分お前と同じ用」
「ってことは、お祭り行くんですね」
今日は、この辺では一番大きな花火大会がある。俺は無縁だと思ってたけど、クラスメイトに誘われたから行く予定だ。
女子もたくさんいて、ほんとはちょっと不安だけど……。
「奈村さんはお祭り好きなんですか?」
「……屋台は好き」
そっか。やっぱ意外とお茶目だな。
彼は友達と行くらしくて、バイト命でもちゃんと遊んでることに安心した。
……でも、ちょっと残念だな。俺も奈村さんとお祭りに行ってみたかった。
もちろんそれは心中だけに留め、二人で会社を出る。
「それじゃ、お疲れさまでした」
「……お疲れ」
奈村さんは少しそわそわしてる気がしたけど、いつも通り別れた。俺はクラスメイトと待ち合わせしてる場所へ向かい、浴衣姿でやってくる女子達を待った。
夏を代表する浴衣は綺麗だし、可愛い。変な意味じゃなくて、素直に素敵だと思う。
「泡瀬、お前誰が狙い? 先に教えて」
「……誰も」
「嘘つけ! 可愛い娘しかいないのに!」
友人達は皆テンション高くて、花火や屋台そっちのけ。いかに女子と仲良くなれるかに燃えていた。
俺も、話しかけてくれる女子と何とか会話を盛り上げようとしたけど、やはり気を遣いすぎて疲れてしまった。
「……ごめん、俺ちょっとトイレ。人混みに酔っちゃって」
「え、大丈夫?」
「うん。ほんとごめん」
女子に人混みに慣れてないって言うのはかなり勇気が必要だった。
普通、人混みに流されないようリードする側だもんな……。
屋台の列を抜け、空いてる広場へ向かう。一度抜けたら今度は戻るのに勇気が必要で、情けなさに笑えてきた。
結局独りか。
ベンチに腰掛け、夜空を見上げる。賑やかだから寂しくはないけど、輪に入れないところは相変わらずだ。
変わりたい……けど。
ため息を飲み込んだ時、傍にかなりテンション高めのグループがやってきた。男性もいるが、ひとりの派手な見た目の女性が隣に腰を下ろす。
「お兄さんひとり? 何してるの?」



