初恋ストックルーム




「お前じゃ話にならない! 責任者を呼べ!」

緩やかな日曜の真っ昼間。ローカルスーパーのレジで怒号が飛んだ。
家に帰って確認したところ、買ったはずの海苔の佃煮が袋に入ってなかったという。レシートにはしっかり佃煮の記載があった為、確かに買ったのは間違いない。
老年の男性は怒り心頭で泡瀬真己(あわせまき)に詰め寄った。しかし見るからに学生バイトの泡瀬は眼中にない様子だ。
「申し訳ございません。保管されてるかもしれないので、一度サービスカウンターに確認いたします」
「ったく。お詫びとして二つ渡せ! それか二点分返金しろ!」
んな無茶な。
それこそ責任者じゃないから、迂闊な約束はできない。
男性の後ろではまだお客さんが列をなしてるし、他の店員も手が塞がってる。仕方なしにサービスカウンターへ行ってお願いしたが、仕事終わりに店長に呼び出された。

「困るよ泡瀬君。なにかあったらすぐ俺に連絡してくれないと。あのお客さん前にも同じことあったけど、その時は見逃したんだって怒ってたよ」

店長は大きなため息をつき、報告書を机に置いた。
なにかあったらあったで、前に連絡したときは面倒そうに舌打ちされたことを思い出した。
「店員も愛想が悪いから消費者センターに電話したって。高校生でも、お金貰ってる以上は大人と同じ扱いだからね。ちゃんとやってもらわないと」
「……申し訳ございませんでした」
深く頭を下げ、事務室を出る。
学生だから許してもらえる、なんてとんでもない。学生だからこそ舐められるし、こき使われる。

あの子、ほんと笑わないよね。
怒られても眉ひとつ動かさないで。感情ないんじゃない? 一緒に働く自信ないわ。
早く辞めちゃえばいいのに。

仕事を覚えるのは早い方だ。でも、気付けば身に覚えのないミスまで自分のせいにされるようになった。
ちょうど同じ時期にもうひとり高校生のバイトが入って、その娘はとても明るく、愛想が良かった。俺にも分け隔てなく接してくる。多分社会では、こういう娘が求められる。
「泡瀬先輩って全然笑いませんよね。好きなこととか、趣味ってないんですか?」
「……何も」
強いて言うならガジェットいじりだけど、女子が喜ぶ確率は低い。エプロンやユニフォームが入った紙袋をテーブルに置く。
「クールでかっこいいんだし、もっと笑った方がいいですよ。そうすれば皆もっと優しくしてくれますって。私もミスばかりしてるけど、普通に許してもらえますし!」
笑った方がいい。
それはきっと正しい。俺は“最初”を間違えた。最初から愛想笑いして、積極的に同僚に話しかけて親しくなっていれば、彼らと同じ輪に入ることができた。

「この前ちょっと聞こえちゃったんですけど。中橋さんが、申し送り忘れたの泡瀬さんのせいにしたんですって。私から店長に言いましょうか」

彼女は周りに聞こえないようこそっと教えてくれた。でも首を横に振り、鞄を肩に掛ける。
「もー! 自分のせいにされて嫌じゃないんですか?」
「……うん」
短く答えると、彼女は今度こそ「理解できない」という顔で俺を見た。
ちなみにその反応も正しい。ここは怒るか、正当性を主張するところだ。
でも俺は疲れてしまった。闘う気力がない。
“同僚”という本来闘う必要のない相手に時間を割くのは馬鹿げてる。

でもこの職場で、自分は既に異物だ。そこの空気に溶け込めない存在は排他されて当然ということも知った。
仕方ないから受け入れる。抗えば抗うほど立場は悪くなるから。
嫌がらせされても構わないけど、……シフトを減らされるのだけは困る。
だから決めた。
「お疲れ様。俺今月で辞めるから、仕事頑張って」
「え!?」
彼女だけでなく、近くにいたパート達も一斉に俺を見た。店長からとっくに聞かされてるだろうに、驚く演技が上手い。これも大人のなせるわざか。
「うそ! 泡瀬君、辞めちゃうの?」
「さみしくなるね〜」
今までまるで話しかけてこなかった面々も、急に近付いてきた。
どうせもう会わないのに、最後に人が良さそうに振る舞う理由って何だろ。ロッカーの鍵を置き、頭の片隅で考えた。
考えてもやっぱりわからないから、「お世話になりました」とだけ残して店を出た。

わからない。

周りと協力するのは当然。でも、独りでいる人間に一点攻撃するのは何故。


「なになに〜。お、次は倉庫仕事か。泡瀬には向いてるんじゃないか?」
「……」


放課後、バイトの許可申請の為に職員室へ向かった。担任の積木先生は眠そうに印を押す。まだ若い青年だからか、特にツッコんでこないし、何でも軽い。そこは助かってもいる。
「お前笑わないから、スーパーのレジ打ちやるって言った時はちょっと心配だったけど。裏方なら真顔ムーブかましても問題ないな」
「笑いませんけど、お客さんから振られた世間話には返してましたよ」
「じゃ、先輩や上司との折り合いか。それが一番大事だよな」
先生は腕を組み、うんうんと頷いた。
「仕事がきつくても、周りが支えてくれると続けられるもんだ。逆に仕事がどんなに好きでも周りと連携できないと続けられない」
許可書を受け取り、鞄に仕舞う。
スーパーのバイトを辞めてすぐ、倉庫の軽作業の採用が決まった。早速明後日からシフトに入る予定だ。
面接でも笑わなかったけど、何も問題なかった。全ての職場で笑顔が求められるわけじゃないとわかり、少し安心したけど。
「一緒に働いてた人達に辞めることを言ったら」
「ん?」
「急に優しくなりました。何でですかね」
立つ鳥跡を濁さずとは言うが、これだけすごく不思議だ。返答を待ってると、先生は少し首を傾げ、口元に手を添えた。

「お前、皆から冷たくされてた?」
「……他の人のミスを俺のせいにされたりはしてました」
「そ、そう……理不尽な環境でよく頑張ったな」

彼は額を押さえた後、とても言いにくそうに口を開いた。

「多分、恨みを買って仕返しされないように。じゃないか?」

仕返し。
目から鱗だった。まさかそんな理由からとは。
報復を恐れるぐらいなら最初からやらなきゃいいのにとも思うけど、おかげで怖いぐらい腑に落ちた。
「あ! いや、それはあくまで推測だからな? 泡瀬が復讐しそうに見えたとか、そういうんじゃないから! お前は俺のクラスで一番大人だし、気が利くし、優しいことも知ってる!」
「はぁ」
「倉庫バイトも、もしきつかったら無理するなよ。まだ大人の醜さとか、社会の闇なんか知らなくていい! お前はまだ高二になったばかりなんだから!」
ちょっと最後の方は何の話をしてるのか分からなかったけど、どうもと言って職員室を出た。

要するに、愛想良くしろってことだな。
スマホのメモの「人付き合いのコツ」に入力しながら薄暗い廊下を歩く。

とりあえず、明後日からのバイト頑張るか。

相変わらずテンションは上がらないけど、せめて笑えるようにしよう。

少なくとも、そう……感情がないなんて言われないように。