中二病みたいな恋だった

 ――水泳大会当日になった。

 あたしは市民プールへ通い、付け焼刃ながらも大会へ向けて練習をしまくった。親には「リレーのアンカーになったから」とだけ伝えておいたけど、やっぱり練習嫌いで習い事をクビになったあたしがそこまで頑張るのは驚愕だったみたい。っていうか、一番驚いているのはあたし自身だと思うけど。

 あれほどダルくてやっていられなかったことも、恋愛がからんでくるとここまでマジメに取り組めるものなのか、自分の現金さにあきれるばかりだ。

 でも、動機がどうあれ何かに向かって努力するのはいいことだ。付け焼刃ながらにも、あたしなりに万全の状態で水泳大会を迎えることができた。

 大会では最初に個人種目の部があって、そこであたしは先輩を破って余裕の一位を獲得する。「どうだ見たか」ってクラスメイトたちに自分の存在を誇示するとともに、すぐ後になって神田先生にアピールするのを忘れていたのに気付いてタイムリープしたくなった。いや、無理なんだけど。

 その後の競技はテキトーに傍観しつつ、最後のリレーに備えて集中力を高めていく。あたしはバカだし集中できる時間も限られているから、手を抜くところはしっかり抜いておかないと大事なところで電池切れになる。

 そうこうしている内にメインのクラス別対抗リレーがはじまり、女子の部門になった。

 各クラスの生徒たちが呼ばれると、それぞれの女子が軽くガッツポーズをしたり他人事みたいにアナウンスを聞き流したり、色んな反応を見せる。

「2年生のアンカーは、B組の美浜詩帆さんです」

 マイクのアナウンスが流れると、あたしはすかさずクラスメイトたちを煽ってワーっと騒がせる。こうやって自分の志気も上げつつ、場を自分の空気にしていくことも大事だ。

 どさくさにまぎれて、神田先生に向かってアピールするのも忘れない。先生はなんか苦笑いしていた気がするけど、あたしは本気だ。

 リレーは背泳ぎ、平泳ぎ、そしてあたしの参加するクロールで終わる。3年の女子は泳ぐのが速いって聞いたけど、あたしだってこの日に向けて練習してきた。そのすべてをぶつけてやる。3学年の女子たちがプールの中に入って、リレーの開始を待つ。

「はい、じゃあ位置について」

 ピストルを握るのはノムセンだった。その姿を見ると力が抜けてしまうのだけど、トップバッターはあたしじゃないからいいや。ピストルの音が響くとともに、背泳ぎの女子たちが一斉に泳ぎはじめる。

「いっけええ!」

 ウチのトップバッターである塩見さんに向かって全力で声と念を送る。いくらあたしが頑張ったところで、やっぱり団体競技だから他の人が遅かったら負けてしまう。

 負けるのは嫌だ。そんなに勝ちたいとも思わないけど、あたしは負けるのがすごく嫌いだった。勝ったことはすぐ忘れるけど、負けたことはなぜかずっと引きずるからだ。

 というわけで頑張れ塩見さん。あたしは全力で応援するから。

 塩見さんは綺麗なフォームで丁寧に進んでいく。もっと必死になれよという気持ちが出て来ないでもないけど、必死になったところでフォームが崩れるだけなのでしっかりと見守っている。

 ほとんど3学年が同着のまま、二人目の平泳ぎに。ウチの二人目はヒナちゃんだった。あたしがヒナちゃんを指名して、強引に練習へ付き合わせた。まあ、そもそもヒナちゃんが泳げるっていうのもあったけど。

 ヒナちゃんも練習の成果なのか、他のクラスよりも気持ち速いぐらいで、あたしのいる対岸へと泳いでくる。お手本みたいな、綺麗なフォームだった。

 ヒナちゃんがプールサイドに手をついたのを見て、あたしは綺麗な弧を描きながらプールへと飛び込んでいく。着水する前に「ワー」っと歓声が沸いたのが聞こえた。

 よし、見てろよ。これまでの練習の成果を見せてやる。

 アンカーの務めるクロールだけは50mの距離を泳ぐことになる。これが25mに比べるとかなりしんどいんだけど、それだけに個人の差が出やすいというか、頑張りが反映されやすいようにもなっている。だからあたしは、死ぬ気で泳ぐことにした。

 全力で両腕を振って、可能な限り力いっぱいに水をかいていく。歓声の他に、驚きの声も聞こえたような気がする。うん、いいよ。今のあたし、本当に主人公っぽい。

 半分を泳いで、水中でクルっと回って壁を蹴る。クイックターンってやつ。これも特訓で練習してきた。

 だけど、隣の3年生の女子が異常に速い。えっと、黒沢さんだっけ? なんかジュニアの水泳大会に出ているとか聞いたような。

 でも、勝負に絶対はない。ヒナちゃんがリードを広げてくれたのもあるし、このまま逃げ切ってやる。

 そうは思ったけど、グイグイ迫ってくる黒沢さんにスーッと先を行かれる。まるで違う生き物だと言われているみたいだった。

 でも、あたしはこんなところで負けるつもりはない。

 全力で水をかいていくと、肉体の限界らしきものを感じた。

 ――あ、なんかヤバいかも……。

 なんとなしに、あたしは持てる力以上のものを出して泳いでいる気がした。過去にもこんなペースで泳いだことはないだろう。このまま行ったらヤバい気がする。

 でも、黒沢さんは頑張ったら追い付けそうなところを泳いでいる。負けたくない。勝たなくてもいいけど、負けるのは嫌だ。だから、いくら無茶に見えても、あたしはこの勝負に絶対勝つんだ。

 勝ったら神田先生に好きだって言おう。いや、勝たなくたって言うけどさ。

 そう思って限界突破の壁を超えて腕を振り回す。風車のように回る腕。黒沢さんとゴールが、あと少しのところに近付いた。

 あと少し――

 と、その時、あたしの視界がちょっと歪んだ。

 それと同時に、あたしの手がプールサイドに着いた。酸素があまりにも恋しくて、慌てて水中から顔を出す。

 プールサイドにいた神田先生と目が合った。先生はなんだか驚いている顔をしているみたいだった。なんで? あたし、またなんかやらかした?

 そんな中、マイクでアナウンスが流れる。

「ただ今の結果、3年生が一着、二着目は2年生のチームになりました」
「うわ、負けた」

 限界を突破して頑張ったけど、やっぱり黒沢さんの泳ぎには届かなかった。

 周囲から響く拍手。だけど、テンションは下がっていた。

 ああ、勝って先生にいいところを見せるはずが……。

 気の抜けた瞬間に、また視界が歪んだ。あれ? これってもしかしてヤバい?

 そう思った時、ヒナちゃんが「詩帆ちゃん!」と叫ぶ声が聞こえた。最後にはプールサイドにいた神田先生が駆け寄るのが見えた。

 視界が、ぐにゃり。神田先生がうねってる。

 どさくさにまぎれて抱きつきたいところだけど、そこから先がどうなったのかは覚えていない。