「失礼しま~っす」
急に職員室を訪れたせいか、先生たちの注目が集まる。さすがにアウェー感があるなあとは思いつつも、あたしはそんなんものに負けるつもりはない。
「どうしたんだ、美浜。お前が職員室に来るなんて珍しいが、何かやらかしたか?」
ノムセンが開口一番に訊いてきたので「違います。そんなんじゃないです」と言ったらなぜか先生たちに笑いが起きた。なんで?
それはいいとして、あたしはつかつかと神田先生のいる方へと歩いて行く。
「神田先生、勉強でちょっと分からないところがあるので教えて下さい」
「え? 俺?」
思わず神田先生の一人称が「俺」になる。予想外のことをされると地が出るみたい。
「そう、神田先生です。他に誰がいるんですか」
周囲の先生たちが「ふっ」と笑いをこらえる。あたしがバカなのは有名なので、それもあるんだと思う。
「それで、分からないっていうのは何が?」
「あの、連立方程式が全然分からなくてですね……」
「私の担当は国語と英語なんだけど?」
「いや、そこは気が合うっていうか、波長が合いそうな神田先生に教えてほしいです!」
あたしが断固として言い切ると、また先生たちから笑いが漏れる。自分で言ってから、「ちょっとグイグイ行きすぎじゃね?」って思ったけど、もう引くわけにもいかない。
そんな時、数学の担当である葛西先生が口を開く。
「まあ、いいんじゃないか。生徒がそう言ってるんだし。それに、私も別でやることがあるんでね」
最後の一言が本音だろうけど、葛西先生はあたしの都合のいい方へ会話を誘導してくれる。
「それじゃあ隣の指導室が空いているから、そこで補修でもしてやればいいよ。一次関数ぐらいなら担当じゃなくても出来るだろ」
「ええ、まあそれはそうですけど……」
神田先生は歯切れ悪く言うも、すでに流れは完全に決していた。あたしは神田先生の補修を受けることになった。やった、神田先生を独り占めだ!
とはいえ、隣の指導室はカギがかけられない部屋なので、あたしから先生に迫ったりするとすぐにバレる可能性がある。そんなことはしないけどさ。いや、本音を言えばしたいんだけど。
とりあえずあたしがバカで連立方程式が解けないのは事実なので、好きな人に勉強を教えてもらうっていうブーストも使いつつ、隣にある指導室で勉強を見てもらう。
で、いざやってみると、あたしの解けなかった問題は大して難しくないことが分かった。問題の中にxとかyの字を見ると体が拒絶反応を起こして、そもそも問題を見ようとしていないだけだったのかもしれない。
なんでそれが改善されたかって訊かれたら、それを教えてくれたのが髪の毛の白いオッサン(葛西先生)じゃなくて、ガチのイケメン(神田先生)だったからだ。アホみたいな理由だけど、苦手を克服するきっかけなんて案外そんなものだ。
そんな感じで20分も補修を受けていると、あたしはもう連立方程式が解けるようになっていた。
「すごいじゃないか。美浜さん、数学ができるじゃないか」
「いや、それは先生のお陰。ホントのホントに」
実際にあたしをバカの迷宮から連れ出してくれたのは神田先生のイケメンパワーだった。少し前には勉強はあきらめていたけど、昨日の今日でここまで変わるのだから、あたしも結構現金なものだ。
「先生、ありがとう。これで残りの問題も解けそうです」
そう伝えると、神田先生が嬉しそうな表情になった。こんな顔を見せてくれたのは初めてかもしれない。顔も少し赤くなっている気がするから、ちょっと照れてるのかな。
「良かったよ。俺も教えて良かったと思うよ」
先生が指導室を出ようとした時、気付いたらその手を握っていた。
「帰りたくないの」
気付いたらそんな言葉が口をついて出ていた。
先生が実習を務める3週間、その時間をずっとともにしたい。そんなのが無理なことぐらい分かっているけど、それで割り切れるほどあたしも大人ではなかった。
「美浜さん、悪いけど、ちょっとやめてくれないかな」
先生が少し困った感じで言う。でも、あたしが帰りたくないのも事実だ。そのまま後ろから抱きついちゃおうかなって思っていると、先生は優しくあたしの手を外す。
「俺のことを気に入ってくれるのは嬉しいんだけどさ、ちょっと困るんだって」
神田先生は何を言うべきか、必死に言葉を選んでいるみたいだった。きっとあたしのことを傷付けないように。
「いいかい、私たちはあくまで先生と生徒だ。そこから先の関係になることはありえない。それは分かるかな?」
「ええ、まあ……」
「だから……その、何て言うか、恋人みたいな関係になるのは難しいんだ。それも分かってもらえるかな?」
分かりません! って言いたくなるけど、そうもいかないので無言で頷く。
「いい子だ」
先生は猫にでも言うみたいにあたしを褒める。あの、あたしはペットじゃないんですけど。
「それじゃあ、宿題を頑張って」
神田先生は返事を待たずに指導室を後にした。あたしは呆然と遠ざかる背中を見つめていた。
あー。やっちゃったかも。手を握ったから、そのまま抱きつけるかもと思ったのはマズかったかな……。
でも、先生もあたしのことを思って言ってくれたんだよね。それぐらいは分かる。でも、それで割り切れるかと言われると……。ああ、やっぱりいきなり手を握ったのは……。
脳裏をグルグルと回る反省の弁。それでも、やってしまったことは取り返しがつかない。
うわーヘコむわ。今までずっとかわいいかわいいって言われ続けて、フられることなんて想定のうちにすら無かったのもあり、ほんの少しの拒絶であたしはテンションがガタ落ちになった。
あーあ、今日一日をリセットしたい。タイムリープとかが起きて、勉強がうまくいったところまで時が巻き戻ればいいのに。それでもうちょっと慎重に好感度を上げてから仕掛けられれば良かったのに……。
だけど、現実にはタイムリープなんて起こりやしない。
あたしは失敗した。というか、やり過ぎた。
やっちまったなーで済ましたいところだけど、涙がポロっとこぼれてきて、思った以上にダメージを受けていたんだなって気付く。これが思春期ってやつなのかな。
もうちょっと段階を踏んでから行けば良かったな。なんであんなに焦ったんだろう。
頭の中で延々とループする反省会。連立方程式は解けるようになったのに、恋愛の方程式はまだまだモノにするのには時間がかかるみたいだった。
急に職員室を訪れたせいか、先生たちの注目が集まる。さすがにアウェー感があるなあとは思いつつも、あたしはそんなんものに負けるつもりはない。
「どうしたんだ、美浜。お前が職員室に来るなんて珍しいが、何かやらかしたか?」
ノムセンが開口一番に訊いてきたので「違います。そんなんじゃないです」と言ったらなぜか先生たちに笑いが起きた。なんで?
それはいいとして、あたしはつかつかと神田先生のいる方へと歩いて行く。
「神田先生、勉強でちょっと分からないところがあるので教えて下さい」
「え? 俺?」
思わず神田先生の一人称が「俺」になる。予想外のことをされると地が出るみたい。
「そう、神田先生です。他に誰がいるんですか」
周囲の先生たちが「ふっ」と笑いをこらえる。あたしがバカなのは有名なので、それもあるんだと思う。
「それで、分からないっていうのは何が?」
「あの、連立方程式が全然分からなくてですね……」
「私の担当は国語と英語なんだけど?」
「いや、そこは気が合うっていうか、波長が合いそうな神田先生に教えてほしいです!」
あたしが断固として言い切ると、また先生たちから笑いが漏れる。自分で言ってから、「ちょっとグイグイ行きすぎじゃね?」って思ったけど、もう引くわけにもいかない。
そんな時、数学の担当である葛西先生が口を開く。
「まあ、いいんじゃないか。生徒がそう言ってるんだし。それに、私も別でやることがあるんでね」
最後の一言が本音だろうけど、葛西先生はあたしの都合のいい方へ会話を誘導してくれる。
「それじゃあ隣の指導室が空いているから、そこで補修でもしてやればいいよ。一次関数ぐらいなら担当じゃなくても出来るだろ」
「ええ、まあそれはそうですけど……」
神田先生は歯切れ悪く言うも、すでに流れは完全に決していた。あたしは神田先生の補修を受けることになった。やった、神田先生を独り占めだ!
とはいえ、隣の指導室はカギがかけられない部屋なので、あたしから先生に迫ったりするとすぐにバレる可能性がある。そんなことはしないけどさ。いや、本音を言えばしたいんだけど。
とりあえずあたしがバカで連立方程式が解けないのは事実なので、好きな人に勉強を教えてもらうっていうブーストも使いつつ、隣にある指導室で勉強を見てもらう。
で、いざやってみると、あたしの解けなかった問題は大して難しくないことが分かった。問題の中にxとかyの字を見ると体が拒絶反応を起こして、そもそも問題を見ようとしていないだけだったのかもしれない。
なんでそれが改善されたかって訊かれたら、それを教えてくれたのが髪の毛の白いオッサン(葛西先生)じゃなくて、ガチのイケメン(神田先生)だったからだ。アホみたいな理由だけど、苦手を克服するきっかけなんて案外そんなものだ。
そんな感じで20分も補修を受けていると、あたしはもう連立方程式が解けるようになっていた。
「すごいじゃないか。美浜さん、数学ができるじゃないか」
「いや、それは先生のお陰。ホントのホントに」
実際にあたしをバカの迷宮から連れ出してくれたのは神田先生のイケメンパワーだった。少し前には勉強はあきらめていたけど、昨日の今日でここまで変わるのだから、あたしも結構現金なものだ。
「先生、ありがとう。これで残りの問題も解けそうです」
そう伝えると、神田先生が嬉しそうな表情になった。こんな顔を見せてくれたのは初めてかもしれない。顔も少し赤くなっている気がするから、ちょっと照れてるのかな。
「良かったよ。俺も教えて良かったと思うよ」
先生が指導室を出ようとした時、気付いたらその手を握っていた。
「帰りたくないの」
気付いたらそんな言葉が口をついて出ていた。
先生が実習を務める3週間、その時間をずっとともにしたい。そんなのが無理なことぐらい分かっているけど、それで割り切れるほどあたしも大人ではなかった。
「美浜さん、悪いけど、ちょっとやめてくれないかな」
先生が少し困った感じで言う。でも、あたしが帰りたくないのも事実だ。そのまま後ろから抱きついちゃおうかなって思っていると、先生は優しくあたしの手を外す。
「俺のことを気に入ってくれるのは嬉しいんだけどさ、ちょっと困るんだって」
神田先生は何を言うべきか、必死に言葉を選んでいるみたいだった。きっとあたしのことを傷付けないように。
「いいかい、私たちはあくまで先生と生徒だ。そこから先の関係になることはありえない。それは分かるかな?」
「ええ、まあ……」
「だから……その、何て言うか、恋人みたいな関係になるのは難しいんだ。それも分かってもらえるかな?」
分かりません! って言いたくなるけど、そうもいかないので無言で頷く。
「いい子だ」
先生は猫にでも言うみたいにあたしを褒める。あの、あたしはペットじゃないんですけど。
「それじゃあ、宿題を頑張って」
神田先生は返事を待たずに指導室を後にした。あたしは呆然と遠ざかる背中を見つめていた。
あー。やっちゃったかも。手を握ったから、そのまま抱きつけるかもと思ったのはマズかったかな……。
でも、先生もあたしのことを思って言ってくれたんだよね。それぐらいは分かる。でも、それで割り切れるかと言われると……。ああ、やっぱりいきなり手を握ったのは……。
脳裏をグルグルと回る反省の弁。それでも、やってしまったことは取り返しがつかない。
うわーヘコむわ。今までずっとかわいいかわいいって言われ続けて、フられることなんて想定のうちにすら無かったのもあり、ほんの少しの拒絶であたしはテンションがガタ落ちになった。
あーあ、今日一日をリセットしたい。タイムリープとかが起きて、勉強がうまくいったところまで時が巻き戻ればいいのに。それでもうちょっと慎重に好感度を上げてから仕掛けられれば良かったのに……。
だけど、現実にはタイムリープなんて起こりやしない。
あたしは失敗した。というか、やり過ぎた。
やっちまったなーで済ましたいところだけど、涙がポロっとこぼれてきて、思った以上にダメージを受けていたんだなって気付く。これが思春期ってやつなのかな。
もうちょっと段階を踏んでから行けば良かったな。なんであんなに焦ったんだろう。
頭の中で延々とループする反省会。連立方程式は解けるようになったのに、恋愛の方程式はまだまだモノにするのには時間がかかるみたいだった。



