それから、あっという間に神田先生の実習期間が終わった。
結局あたしは告白もできず、当然先生と付き合うことにもならなかった。まあ、そんなの無理だってはじめから分かっていたけどさ。
あれからあたしの価値観はまるで変ってしまった。
それまでは人生をどれだけズルく生きていくかばかり考えていたけど、今のあたしは努力することを覚えた。
何だかんだ、運命っていうのは頑張っている人の方に傾いてくる。それを神田先生から教えられた気がして、あたしは初めて人生を変えようって思えた。
それは他の誰かにそう言われたからじゃなくて、自分の意志で自分の人生を切り開こうと思えたっていう、これからの人生でも屈指と言えるべき変化の一つだったように思う。
教室で最後のお別れになった時、クラスを代表してあたしが神田先生に花束を渡すこととなった。あたしがその役割を務めるのは、ノムセンも含めて満場一致の賛成だった。
「先生、短い期間でしたけど、本当にありがとうございました」
自分で言いながら、熱いものが頬をこぼれ落ちるのを感じていた。先生も、ちょっとだけ泣いていた。
「こちらこそありがとう。君たちのお陰で、本当に教師になれると思いました。楽しい時間をありがとう」
先生がそう言うと、他の生徒たちもちょっと泣きはじめる。間違いなく、神田先生と過ごした時間は宝物だったと思う。
ああ、最後まで「好きです」って言えなかったな。まあ、神田先生が亡くなった恩師を好きなのは知ってたけど。
初恋は実らないなんてよく言うけど、それにしても切ないな。これで本当に終わりだなんて、本当に悔しい。
でも、あたしだってタダで終わるつもりはない。
今のあたしがどう足掻いたって朝比奈先生の思い出に勝てるはずがない。それでも、あたしだけにしか残せない爪痕だってあるはずだ。
もう神田先生には直接「好きです」って言えなくなったけど、それでも先生に一つだけ告白したいことがあった。
「あたし、教師になろうと思うんです」
「えっ?」
さっきまで泣いていた先生が、豆鉄砲でも喰らったみたいな顔をしている。
「神田先生は、あたしに勉強することの楽しさや、他にも色々と大切なことを教えてくれました。それらの一つ一つの思い出が、本当にあたしにとっての宝物です。すごく短い期間ではありましたけど、先生はたくさんの大切なものや思い出をくれました。あたしは、そんな先生みたいになりたいです」
「美浜さん……」
先生の目がウルウルしてくる。やめてよ、そんな顔をされたらあたしまで……。
ああ、この勢いでそのまま告白しちゃおうか。この感じだと、ワンチャンあるよね……。いや、ないか。あたしも何か変な感じになってる。
別れたくないよぉ、こんなに大好きな人と。
でも、それでも前に進むためにはさよならを言わないといけないんだよね。
だから、あたしも覚悟を決めるよ。ずっと考えないようにしていた、この瞬間に向き合うことに。
頬を涙が伝っていく。笑顔で送ってあげなくちゃって思っていたのに。でも、悲しいのだって本当の感情だし、つらくて痛いことだって本当のあたしが感じていることだ。
だからいいんだ。ブサイクでも、カッコ悪くても、自分の思いを伝える。きっと今、大事なことはそれなんだ。
震えそうな声を、なんとか抑えながら言う。嗚咽しかけていて、カッコ悪さ全開だけど、今はいい。
「そんな大好きな先生みたいになりたいから、あたしはこれからも勉強を頑張って続けていきたいと思います。だから、いつまでもあたしが追いかけていたくなるようなカッコいい先生でい続けて下さい」
必死になって何とかしぼり出した言葉。今のあたしに言える精一杯のエールだった。
遠回しな告白。しれっと混ぜた「大好き」って言葉。告白できなくなった、あたしのささやかな抵抗だ。それでも――
「ありがとう。その評価に恥じないよう、これからも前に進んでいくよ」
先生は力強い声でそう言った。その顔は、迷いのなくなった大人の表情だった。
それを見て、ああ、本当に終わりなんだって実感した。
涙が溢れてくる。その場で崩れ落ちそうなくらい別れが悲しかったけど、死ぬほど歯を食いしばってこらえた。
「ずっと、ずっと先生のことが大好きだからね」
涙声で、もはや何を言っているのか自分でも分からない。でも、伝わらなくていいんだ。この好きって言葉は。伝わらなくても、それを発することに意味があったんだ。少なくとも、今のあたしには。
「ありがとう」
聞こえるか聞こえないかぐらいの声で、先生がつぶやいた。
その言葉が誰に向かってのものかは分からない。それでもあたしは、この人のことが本当に好きなんだなって思っていた。
涙は溢れてくるし、鼻水も出てきて最悪だ。こんなブサイクな顔を最後に見せてどうするんだ。
それでも、最後は意地でも笑顔でさよならをしたい。
だからあたしは、ボロボロに涙を流しながらでも無理に笑っていた。
どれだけ叫びたくても、どれだけ泣きたくても世界で一番ブサイクな顔で笑っていた。
それは、あたしにとってのささやかな抵抗だった。
【了】
結局あたしは告白もできず、当然先生と付き合うことにもならなかった。まあ、そんなの無理だってはじめから分かっていたけどさ。
あれからあたしの価値観はまるで変ってしまった。
それまでは人生をどれだけズルく生きていくかばかり考えていたけど、今のあたしは努力することを覚えた。
何だかんだ、運命っていうのは頑張っている人の方に傾いてくる。それを神田先生から教えられた気がして、あたしは初めて人生を変えようって思えた。
それは他の誰かにそう言われたからじゃなくて、自分の意志で自分の人生を切り開こうと思えたっていう、これからの人生でも屈指と言えるべき変化の一つだったように思う。
教室で最後のお別れになった時、クラスを代表してあたしが神田先生に花束を渡すこととなった。あたしがその役割を務めるのは、ノムセンも含めて満場一致の賛成だった。
「先生、短い期間でしたけど、本当にありがとうございました」
自分で言いながら、熱いものが頬をこぼれ落ちるのを感じていた。先生も、ちょっとだけ泣いていた。
「こちらこそありがとう。君たちのお陰で、本当に教師になれると思いました。楽しい時間をありがとう」
先生がそう言うと、他の生徒たちもちょっと泣きはじめる。間違いなく、神田先生と過ごした時間は宝物だったと思う。
ああ、最後まで「好きです」って言えなかったな。まあ、神田先生が亡くなった恩師を好きなのは知ってたけど。
初恋は実らないなんてよく言うけど、それにしても切ないな。これで本当に終わりだなんて、本当に悔しい。
でも、あたしだってタダで終わるつもりはない。
今のあたしがどう足掻いたって朝比奈先生の思い出に勝てるはずがない。それでも、あたしだけにしか残せない爪痕だってあるはずだ。
もう神田先生には直接「好きです」って言えなくなったけど、それでも先生に一つだけ告白したいことがあった。
「あたし、教師になろうと思うんです」
「えっ?」
さっきまで泣いていた先生が、豆鉄砲でも喰らったみたいな顔をしている。
「神田先生は、あたしに勉強することの楽しさや、他にも色々と大切なことを教えてくれました。それらの一つ一つの思い出が、本当にあたしにとっての宝物です。すごく短い期間ではありましたけど、先生はたくさんの大切なものや思い出をくれました。あたしは、そんな先生みたいになりたいです」
「美浜さん……」
先生の目がウルウルしてくる。やめてよ、そんな顔をされたらあたしまで……。
ああ、この勢いでそのまま告白しちゃおうか。この感じだと、ワンチャンあるよね……。いや、ないか。あたしも何か変な感じになってる。
別れたくないよぉ、こんなに大好きな人と。
でも、それでも前に進むためにはさよならを言わないといけないんだよね。
だから、あたしも覚悟を決めるよ。ずっと考えないようにしていた、この瞬間に向き合うことに。
頬を涙が伝っていく。笑顔で送ってあげなくちゃって思っていたのに。でも、悲しいのだって本当の感情だし、つらくて痛いことだって本当のあたしが感じていることだ。
だからいいんだ。ブサイクでも、カッコ悪くても、自分の思いを伝える。きっと今、大事なことはそれなんだ。
震えそうな声を、なんとか抑えながら言う。嗚咽しかけていて、カッコ悪さ全開だけど、今はいい。
「そんな大好きな先生みたいになりたいから、あたしはこれからも勉強を頑張って続けていきたいと思います。だから、いつまでもあたしが追いかけていたくなるようなカッコいい先生でい続けて下さい」
必死になって何とかしぼり出した言葉。今のあたしに言える精一杯のエールだった。
遠回しな告白。しれっと混ぜた「大好き」って言葉。告白できなくなった、あたしのささやかな抵抗だ。それでも――
「ありがとう。その評価に恥じないよう、これからも前に進んでいくよ」
先生は力強い声でそう言った。その顔は、迷いのなくなった大人の表情だった。
それを見て、ああ、本当に終わりなんだって実感した。
涙が溢れてくる。その場で崩れ落ちそうなくらい別れが悲しかったけど、死ぬほど歯を食いしばってこらえた。
「ずっと、ずっと先生のことが大好きだからね」
涙声で、もはや何を言っているのか自分でも分からない。でも、伝わらなくていいんだ。この好きって言葉は。伝わらなくても、それを発することに意味があったんだ。少なくとも、今のあたしには。
「ありがとう」
聞こえるか聞こえないかぐらいの声で、先生がつぶやいた。
その言葉が誰に向かってのものかは分からない。それでもあたしは、この人のことが本当に好きなんだなって思っていた。
涙は溢れてくるし、鼻水も出てきて最悪だ。こんなブサイクな顔を最後に見せてどうするんだ。
それでも、最後は意地でも笑顔でさよならをしたい。
だからあたしは、ボロボロに涙を流しながらでも無理に笑っていた。
どれだけ叫びたくても、どれだけ泣きたくても世界で一番ブサイクな顔で笑っていた。
それは、あたしにとってのささやかな抵抗だった。
【了】



