中二病みたいな恋だった

 9月も半ばに差し掛かったっていうのに、アホみたいな暑さはまったく和らぐ気配がない。

 青春を満喫してやるんだって意気込んだあたしは、夏休みはカラオケに花火、海に山と遊びまくってきた。バーベキューで黒焦げになった肉を「まずい~!」って悶絶しながら食べるのも、青春の1ページを作るのには必要な工程だって理解している。

 だけど、そんなシンデレラみたいな時間があっという間に終わる。竜宮城に来てRTAさながらに遊んで暮らしたあたしは、瞬く間にお休みを使い果たして夏休みを終えた。

 燃え尽きた。これだけ一生懸命遊ぶ経験もそう無いだろうって思う。宿題は、まだ終わっていない。

 さあて、これからどうしようか。それぞれの宿題には提出期限があるから、だましだまし終わっていないやつから片づけていくしかない。そんなことを思っていると、蒸し暑い気候のせいで汗が流れ落ちてくる。日本の夏って、どうしてこんなにジメっとしているんだろう。いや、9月になったから、今は秋になるのかな?

 それはいいとして、新学期が始まったっていうのに、殺人的な暑さは和らぐことが無い。

 教室は冷房を付けているのに暑くて、気付けばブラウスのボタンを二つほど開けて、ウチワで中をパタパタあおいでいる。それをさりげなく盗み見ている男子を見つけては、わざと目を合わせて蠱惑的な目でドキッとさせる。いえい、あたしって小悪魔。

 海や山で遊んだせいで肌もいい感じに焼けて健康的な小麦色になっている。若さだけが勝ち取れる健康的なエロさっていうか、そういうのをいちいち武器にできるのがこのあたしだ。うん、間違いない。だって、男子の中で彼女にしたいランキングで必ず名前が出てくるのも知ってるし。

 あたしは自分がかわいいことを知っている。だからこそ自分の持つかわいさを最大限に使うし、それが無敵で万能感に満ちた人生を彩ってくれる。青春って素晴らしい。

 今日もかわいいオーラをまったく隠さずに朝礼前の時間を過ごしていると、ヒナちゃんからちょっとワクワクした感じで声をかけられる。

「詩帆ちゃん、今日ってさ、新しい先生が来る日だよね」
「新しい先生って、ノムセン辞めるんだっけ?」
「違う違う。勝手に辞めさせんなよ、ノムセンかわいそう」

 ヒナちゃんが腹を抱えて笑う。笑い上戸なのか、それとも中二というお年頃のせいなのか、ヒナちゃんは本当におかしそうに笑った。ちなみに、ノムセンとは担任の野村先生を無理くり縮めて付けた生徒たちだけのアダ名だ。

「ほら、なんかノムセンが言ってたじゃん。教生……だっけ? あの、先生の見習いみたいな人が来るっていう……」
「あー、なんか言ってたね」

 そう言えばノムセンが「近々教育実習で見習い教師の大学生が来るから優しくしてやれよ」って言ってた気がする。あたしは「いや、知らんがな」って思って聞いていたけど、その教生が来るのが今日だったか。どうでもいいけど。

「ねえ、どうする? もし新しい先生がガチのイケメンだったら」
「ガチのイケメンって、そんなの来るわけないじゃん。だって、ノムセンの弟子だよ? イケメンだったらノムセンのキャラ設定が崩壊するわ」

 そこまで言ったら「キャラ設定って」とヒナちゃんがおなかを抱える。ツボに入ってしまったらしい。しばらく苦しそうにあえいだ後、ようやくエンドレスな笑いから戻ってきたヒナちゃんがまた口を開く。

「でも教生って卒業を控えた大学生でしょ? だったら若いし見た目にも気を遣ってるんじゃないの?」
「あのさあ、ヒナちゃん。ノムセンが身なりに気を遣っていたことなんてある?」

 あたしの言った通り、大学時代に体育会のラグビー部だったノムセンは年中ジャージに坊主頭で、チー牛とは言わないまでも地味で筋肉質なオッサンだ。それの子分みたいな人が来るってことは、その新しい先生のビジュも何となく察するっていうか、期待してはいけない感じがある。

 ヒナちゃんはきっとアレだ。大人という存在に過度な期待を抱いているだけなんだ。自分より年上だとそれだけでカッコよく見える時だってあるし、言ってみれば「オトナ」って概念でドーピングしているようなもん。だけどヒナちゃんはアホの子だからそのマジックに簡単に引っかかってしまう。そういう構造なんだと思う。

 と、心の中でヒナちゃんを結構ディスっていると、噂をすれば何とやらでノムセンが教室へやって来た。今日も安定の坊主頭にジャージ。佐川急便のバッタ物みたいな謎のポロシャツ。これで既婚っていう話だから、奥さんはお寺の人なのかな。知らんけど。

 起立、礼を終えるとちょっとした事務的な連絡があり、それから咳払いをしたノムセンが続ける。

「それで、今日から新しい先生がこのクラスに来る。教生の神田先生だ。神田先生、こっちへ」

 ノムセンに手招きされて、若い男性の教師が入ってくる。その姿を見た時、あたしは思わず息が詰まった。

 化粧をしているわけでもないのにくっきりとしたアイラインに、女の人みたいに細くて小さな顔。何よりも、すべてのものを射抜いてしまいそうな、真っすぐな目が印象的だった。

「うっわ、ガチのイケメンだぁ……」

 誰かの独り言。それは、クラスにいる女子の総意だった。

 神田先生と呼ばれたイケメンは、いかにもフレッシュな感じで、それでいてどこか緊張した感じで口を開く。

「今日からこのクラスでお世話になる神田流星(かんだ りゅうせい)です。まだ至らないところもたくさんあるかと思いますけど、なにとぞよろしくお願いします」

 バンドマンみたいに、ちょっとだけ低くて色気のある声だった。たかだか挨拶をされただけなのに、あたしはすでにノックアウトされていた。

「好き」

 ヒナちゃんをディスっていたのも何のその、あたしはフルスイングのチョロさを発揮していた。