嘘告なんかにだまされてたまるか

 そして放課後、約束どおりに檜山と下校した。帰りのホームルームの間際に陽キャたちが「うまくやれよ」とかなんとか檜山に話しかけているのが聞こえた。罰ゲームだとバレないようにという意味だろうが、とっくにバレてるんだよ、と心の中で毒づく。
 デートといってもどこに行けばいいか分からず、ひとまず檜山に連れられて駅前にあるゲームセンターに立ち寄ってみた。
「檜山ってゲーセンにいる印象ないな」
「加藤や岡田とたまに来るぞ」
 檜山が挙げたのはよくつるんでいる同級生の名前だった。教室内でこちらにムカつく視線を送ってきていたのもその二人である。まったく、何であんな奴らと仲がいいんだか。
 店内をぶらぶら回っていると、檜山はクレーンゲームの前で足を止めた。目線の先には猫みたいなキャラクターのぬいぐるみがあった。以前俺が送ったスタンプと同じものだ。
「ちょっと持っててくれ」
 突然スクールバッグを渡された。反射的に受け取ると、檜山はスラックスのポケットから財布を取り出して百円玉を次々と投入した。
「やるの?」
「待ってろ」
 景品を見つめる檜山の目は真剣そのものだった。そんなにぬいぐるみが欲しいとは、見た目に似合わず可愛いものが好きらしい。女子が知ったらギャップ萌えだのなんだのと騒がれそうだ。
 檜山は慣れた手つきでレバーを操作するが、大きなぬいぐるみはなかなか動かない。少しずつ獲得口へ近づいてくる様子に俺もいつしか見入っていた。そして途中で二回ほど両替を挟み、ようやく――。
「よし、取れたぞ」
「おお、すごい!」
 思わず声を上げてしまった。俺はこの手のゲームが下手で、自力で獲得できたことがない。どうせ取れないように設定しているんだろうと思っていたが、認識を改めようと思う。
「そんなに欲しかったんだな」
 イケメンの檜山がぬいぐるみを小脇に抱えている姿がなんだかおかしい。笑いを堪えていると、不意に目の前にぬいぐるみが差し出された。ふわふわの生地に縫い込まれた円らな瞳と目が合う。
「桐谷にやるよ」
「えっ」
「好きなんだろ」
「ええ……?」
 檜山はそれなりにお金と時間をかけてぬいぐるみを取った。それなのに、こんなにあっさりと渡されて困惑した。ていうか俺、好きなんて言ったっけ。あ、それとも妹にってことか……? 確かに俺が持っていても仕方ないもんな。
「もらっていいの?」
「ああ」
「じゃあ……ありがとう。妹に渡しとく。喜ぶと思うよ」
 そう言うと檜山は何故か複雑そうな顔をした。


 大きなぬいぐるみを持ったまま街をうろつくのは気恥ずかしくて、カラオケに移動した。これも檜山の提案だ。
「桐谷、歌えよ。音楽好きなんだろ」
「ええ……」
 カラオケは好きだけど、上手くはない。友達同士ならまだしも檜山の前では歌いづらい。しかしぐいぐいとタブレットを押しつけられて断りきれず、適当に一曲入れた。
 イントロが流れ始め、妙に緊張しながらマイクを持つ。俺が歌っている間、檜山はこちらをじっと見つめていた。そして歌い終わるとまたタブレットを押しつけられる。
「次」
「いや、俺ばっかりじゃ……檜山はいつも何歌うの?」
「ほとんど歌わないな」
「ええ……?」
 じゃあ何で来たんだよ。そう問おうとしてすぐ答えを思いついた。きっと俺の下手くそな歌をネタにするためだ。澄ました顔して内心では笑ってるんだろ、ムカつく。
 やられっぱなしでたまるかと、咄嗟に檜山との距離を詰め、身体をくっつける。
「せっかくだから一緒に歌おう」
「い、や……俺は……」
「檜山の好きな曲でいいよ。何がいい?」
 覗き込んでみれば、顔を背けられた。近すぎるとは自分でも思う。でもこれくらいやらなきゃ意味がない。精々俺を相手にしたことを後悔するんだな。
「ほら檜山、こっち向いてよ」
「き、桐谷、近い……」
「いいじゃん、付き合ってるんだから。それに……二人きりだし」
 さすがにキモいな、俺。頬の筋肉が痙攣しそうになりながら照れ笑いを浮かべれば、檜山は恐る恐るといった様相で顔をこちらに向けた。さぞかしドン引きしているだろうと思ったその顔は――どういうわけか、耳まで真っ赤になっていた。
 ……え、なにその反応。
「き……桐谷」
 檜山の長い指が俺の顎を捕らえた。くいっと上向きにされ、整った顔が徐々に近づいてくる。
 これって……アレか? いやまさか、ただの嘘告でそんなことまでするわけない。俺をビビらせようとしているだけで、でも檜山はそっと目を閉じて、つまりこのままじゃ、俺は、檜山と……。
「うわあああ!?」
 吐息が触れそうなくらいの距離になったところで我に返り、檜山の身体を思い切り突き飛ばした。慌ててソファの端まで逃げる。心臓がばくばく鳴っていた。
「な、なに、何やってんだよ!」
「……嫌だったか」
「い、嫌というか……」
 良いとか嫌とかいう次元の話じゃない。意味が分からなかった。ああそうか、罰ゲームの中にキスまで含まれているのか。あまりにも悪趣味だ。でも、ここでしたところで目撃者がいなければ完遂したかどうかも証明できないじゃないか。マジで何考えてるんだよ。
「……ごめん」
 意外にも素直に謝罪された。つーか謝るところが違うだろ。まず罰ゲームで嘘告したことを謝れよ!
「檜山にも色々あんのかもしれないけどさ、いきなりこんなことされたらびっくりするだろ」
「そう……だよな。本当に悪かった」
 頭を下げる仕草が落ち込んで項垂れているようにも見えて、どう反応していいのか迷う。何でもいいから早く別れ話をしてほしい。でも俺から切り出すのは負けたみたいで悔しい……そんなことを考えていると、檜山はゆっくりと顔を上げた。
「急ぎすぎた。これからは桐谷のペースに合わせるから」
「うん……ん?」
「他にも直すところがあれば言ってくれ」
「えーと……?」
 なんか話が変な方向に行っている気がする。どうしてこいつは俺との関係を改善しようとしているんだ。別れ話をされるんじゃないのか?
「どうしてそこまで……」
 頭の中を疑問符で埋めながら尋ねると、檜山はまっすぐに俺の目を見た。
「桐谷が大切だからだ」
「え……っ」
 どきりと胸が大きく跳ねた。隣の部屋の音漏れがかき消えるくらい、心臓の音がうるさい。
 なんだこれ。絶対おかしい。ただの罰ゲームのくせに、どうしてこんなに真剣なんだよ。全部全部、嘘なのに。
「ほ、本気で言ってんの?」
「本気だ」
「……っ、お、俺帰る!」
 居た堪れなくなって勢いよく立ち上がると、檜山もスクールバッグを肩にかけた。
「じゃあ駅まで送る」
「えっ、一人で帰れるけど」
「送らせてくれ」
 伝票を持って部屋を出ていってしまった檜山の背を慌てて追う。ゲーセンで金を出させた上にカラオケまで奢られるのはまずい。せめて割り勘にさせてくれ!

 カラオケ店を出るとすでに日が傾いていた。最寄り駅は目と鼻の先だ。
 歩き出そうとしたら檜山が突然左手を差し出してきた。
「これも嫌か?」
「は……?」
 これは……まさか手を繋ぎたいってことだろうか。檜山の顔と手の間で視線を往復させる。
「あ、え、なんで……?」
「俺は繋ぎたいんだけど」
「……で、でも俺……」
「無理強いはしたくないから、嫌なら断ってくれ」
 檜山は俺の答えを待っている。俺は脳の処理能力がもう限界を超えそうだった。
「……で、できない」
「……そうか」
「だって今、荷物多いから……手繋いだら、持ち切れなくなる」
 片手でも持てるくらいのぬいぐるみを両手で抱える。
「だ、だから……また今度、な」
「分かった」
 小声で告げれば、檜山の表情がふっと緩んだ。