先生、野田君の目が今日も死んでいます

 雨が止むまで待ってコンビニから帰宅すると、家の中の様子がおかしかった。
 帰宅しているらしく父さんと母さんの靴はあるのに、リビングにいない。どさ、と重い物を置く音が二階から響き、嫌な予感がして俺は階段を駆け上がる。

「ちょ……母さん! 父さんまで、何やってんの!」

 俺の部屋の前に積み上げられていたのはビニール紐でまとめられた漫画本だ。額に浮いた汗を拭った父さんの背後から母さんが飛び出してきた。

「何やってんのはこっちの台詞! さっき学校から連絡あったの! 夏休み前のテストほとんどの教科で赤点の半分も取れてないって! このままの成績じゃ進学も危ういかもしれないって!」
「そ……れは……」

 言い訳の余地すら与えない勢いで怒声が響く。

「龍之介! ちゃんと将来のこと真面目に考えてるの!? このままだったら留年しちゃうじゃない! そうなれば高校卒業もできないし将来やりたい仕事にだって就けなくなるの!」

 汗でメイクをドロドロに崩し、額に青筋を浮かべ、髪を振り乱したまま母さんは金切り声で叫んだ。

「ねぇ、いつまで子供のままでいるつもり!? 遊んでばかりいないで、きちんと勉強しなさい! 授業についていけないのなら塾に通ってもいいし、家庭教師を雇ってもいい! 毎日毎日部屋でゴロゴロ漫画ばっかり読む生活してたら、まともな大人になんてなれないんだから!!」

 刺すような母さんの言葉に、喉の奥がぎゅっと詰まるような感覚がした。

 俺は将来のために、漫画を描くために、毎日学校の授業そっちのけで漫画を読んでるんだ。母さんにはわからないかもしれないけど、俺にとってはそれの方がよっぽど将来役に立つ教科書なんだよ。

 母さんが怒鳴ったのと同じ声量で返したいのに、喉が締まって、唇が震えて、声が出ない。

「芸術なんて絶対に成功しないの!! あなたまで血迷って身の破滅を招くようなことしないで!!」
「いっ……!!」

 痛いくらいの力で両肩を掴まれ、頭がガンガンする大音量で怒鳴り散らされる。肩に食い込む細い爪が痛い。

「龍之介。とりあえず成績が安定するまでは娯楽は自重しなさい。遊ばせるために学校に通わせてるわけじゃないんだ」

 母さんよりかは幾分か落ち着いた物言いをしているものの、父さんも有無を言わせず俺の隣を通って束ねた漫画本を両手に提げて一階に運んでいく。

 怖い。絶対に理解されない。俺という存在を丸ごと否定されるのがわかっていて、言い返すことができない。
 深町に吼えた時とはまるで違う。
 自分が立っている足元すら危うく崩れてしまいそうな不安定な感覚に襲われ、たたらを踏んだ。

「お……俺、は……」

 乾いた唇からようやく絞り出した言葉は、母さんの苛立った溜息に掻き消された。

「こんな子供騙しみたいなもの後生大事にするなんて……」

 目の前で大学案内のパンフレットが音を立てて破り捨てられる。
 涙で歪む視界の先に舞い落ちる紙片の一枚一枚が、自分自身が破り捨てられていくような痛みと苦しみに重なった。
 不意にズボンのポケットでスマホが鳴動する。
 暗闇から引き戻されるような感覚でポケットの中のスマホを握り締め、踵を返して階段を降りて玄関へと走る。

「待ちなさい! まだ話は終わってないでしょ! 龍之介!」

 部屋に戻ってこようとしていた父さんとぶつかりそうになるが、構わず階段を駆け下りてローファーを足に引っ掛け、母さんの声を遮断するように玄関を飛び出した。