受託本は完売。売れ残った俺の本も冊数が少なかったので一緒に宅配で持ち帰ってくれるという愛梨姉にありがたく便乗させてもらう。
ブースの片付けや配送手続きで来場客の帰宅時間とずれたことで帰りの電車は思ったよりも空いていた。
いつもより制服もスーツも少ない車内を抜ける。
「野田。こっち席空いてる」
「ああ。ありがと」
座席に座るとイベント中は楽しさと興奮で爆上がりしていたテンションも、日中の疲れに飲み込まれて自然と黙り込む。
くぁ、と隣の深町があくびをするのに続いて俺も出そうになるあくびを首を横に振ってやり過ごし、イベントで手に入れた新刊が入った袋を抱え直した。しかしものの数分と経たない内に連日の睡眠不足が一気に押し寄せてくる。何度もくっつきそうになる目蓋をこすりながら船を漕ぎかけていると、ぐらぐらと安定しない頭がぐい、と引き寄せられ、枕に程よい高さの寄り掛かり場所に収まる感覚があった。
……深町……?
問いかけは泥のような眠気に吸い取られていった。
気付くと最寄り駅のアナウンスが流れる車内で肩を揺さぶられていた。深町の肩を枕にしていたらしい。ほんの一瞬意識を手放したつもりが20分以上眠りこけていた。
「んぁ。……っと、ごめん。重かったろ? 起こしてくれてよかったのに」
「放っとくと、隣に座るリーマンにヘッドバット食らわせそうだったから」
「そんな時はちゃんと起こせよ。ほら、降りるぞ」
新刊が入った袋を肩にかけ直してドアの前に立つと、背後から苦笑交じりのはいはい。という声が聞こえた。
くそぅ。電車で眠りこけて深町に肩借りるとか、お子様かよ。恥ずいな。
ブレーキ音と共に車体が揺れ、アナウンスと共に電車のドアが開く。車内のエアコンで冷えた頬を昼の熱気が残る夕風が生暖かく撫でた。
ホームに降りて駅構内へと続く階段を降りる。
改札を抜けて人の流れの少ない柱の傍らで立ち止まって振り返り、デイパックから用意していた封筒を取り出して深町に差し出す。
「深町。これ」
「何これ?」
「今日の、ってか、この前からの校正とかのバイト代」
「は? え、あ、いや。こんなの受け取れないって」
「……偉そうに言ったけど、今日の往復のと印刷所までノベルティ取りに行かせた電車賃差し引いたら、ほんと微々たる金額しか入ってないけど」
「いや、でも」
「あー、もう! いいから受け取れ!」
左右に振っていた深町の手に無理矢理封筒を押し付ける。
「お前のおかげで助かった」
「……うん」
なぜか納得がいかない表情のまま深町は封筒を手に曖昧に頷いた。
「じゃ、お疲れ様」
片手をあげて深町に背を向け、駅の出口に向かって歩く。
「野田、待って!」
不意に呼び止められて振り返ると、デイパックを前抱えした深町は渡したばかりの封筒に皺が寄るほど強く握り締めていた。
「足りないとか言われてもこれ以上は出せねーけど」
「そうじゃなくて……あの、次のイベント、いつあるのか教えて」
「次ぃ? あ。前言ってた責任取るって奴か? だったらもう十分手伝ってもらったから……」
「や。そうじゃなくて。何て言ったらいいのかな……」
深町はデイパックのチャックを開き、中から俺が神絵師と仰ぐ作家さんの本を取り出す。俺が頼んで買ってきてもらった新刊とは別の既刊本だ。
「おま……、それ、買ったのか?」
頷く深町。
「今日試し読みさせてもらって面白かったから。それに野田が描いてる本も面白かったし、またこういうイベントがあるなら俺も行きたい。もちろん野田には迷惑かけない。交通費とかは自分で払うから」
予想外の展開だ。リア充には敬遠されがちな世界だと思い込んでいたが、興味を持つ奴もいるのか。ちなみにがっつりBLを匂わせる男同士の距離感近めな表紙だ。
「なんだ。深町見る目あるじゃん」
「そ……そうかな?」
「次のイベントは来週末。別会場な。その作家さん今回は二次創作メインで参加してたけど、次のイベントは一次創作で参加予定らしいぞ」
「へぇ。この人のだったらオリジナルの話も読んでみたいな。あ、野田は? 次も参加するのか? 確かオリジナル描いてたよな」
「ああ。冊数作れなかったから今日みたいに個人じゃなくて今度は愛梨姉と合同サークル参加だけどな」
「手伝えることがあるなら何でも言って」
「手伝うっつってもバイト代とかもう厳しいっていうか……」
画材や本の印刷代、イベント参加費、移動費などで小遣いはほとんど使ってしまった。今日の深町に渡したバイト代だって見栄を張ったが、正直まぁまぁ痛い出費だ。
お金の心配する俺とは対照的に、深町は安堵の笑顔を浮かべる。
「報酬代わりに会場とか時間とか、イベントのこと教えてもらえると助かる」
「まぁ、それくらいなら別に構わないけど」
「よし! 決まりな。これからもよろしく」
これからも。
身内以外の誰かと、これからの約束をするのなんて何年ぶりだろう。
やばい。めっちゃ顔ニヤけそう。
「おう、よろしくな」
差し出された深町の拳にこつん、と軽くグータッチした。
ブースの片付けや配送手続きで来場客の帰宅時間とずれたことで帰りの電車は思ったよりも空いていた。
いつもより制服もスーツも少ない車内を抜ける。
「野田。こっち席空いてる」
「ああ。ありがと」
座席に座るとイベント中は楽しさと興奮で爆上がりしていたテンションも、日中の疲れに飲み込まれて自然と黙り込む。
くぁ、と隣の深町があくびをするのに続いて俺も出そうになるあくびを首を横に振ってやり過ごし、イベントで手に入れた新刊が入った袋を抱え直した。しかしものの数分と経たない内に連日の睡眠不足が一気に押し寄せてくる。何度もくっつきそうになる目蓋をこすりながら船を漕ぎかけていると、ぐらぐらと安定しない頭がぐい、と引き寄せられ、枕に程よい高さの寄り掛かり場所に収まる感覚があった。
……深町……?
問いかけは泥のような眠気に吸い取られていった。
気付くと最寄り駅のアナウンスが流れる車内で肩を揺さぶられていた。深町の肩を枕にしていたらしい。ほんの一瞬意識を手放したつもりが20分以上眠りこけていた。
「んぁ。……っと、ごめん。重かったろ? 起こしてくれてよかったのに」
「放っとくと、隣に座るリーマンにヘッドバット食らわせそうだったから」
「そんな時はちゃんと起こせよ。ほら、降りるぞ」
新刊が入った袋を肩にかけ直してドアの前に立つと、背後から苦笑交じりのはいはい。という声が聞こえた。
くそぅ。電車で眠りこけて深町に肩借りるとか、お子様かよ。恥ずいな。
ブレーキ音と共に車体が揺れ、アナウンスと共に電車のドアが開く。車内のエアコンで冷えた頬を昼の熱気が残る夕風が生暖かく撫でた。
ホームに降りて駅構内へと続く階段を降りる。
改札を抜けて人の流れの少ない柱の傍らで立ち止まって振り返り、デイパックから用意していた封筒を取り出して深町に差し出す。
「深町。これ」
「何これ?」
「今日の、ってか、この前からの校正とかのバイト代」
「は? え、あ、いや。こんなの受け取れないって」
「……偉そうに言ったけど、今日の往復のと印刷所までノベルティ取りに行かせた電車賃差し引いたら、ほんと微々たる金額しか入ってないけど」
「いや、でも」
「あー、もう! いいから受け取れ!」
左右に振っていた深町の手に無理矢理封筒を押し付ける。
「お前のおかげで助かった」
「……うん」
なぜか納得がいかない表情のまま深町は封筒を手に曖昧に頷いた。
「じゃ、お疲れ様」
片手をあげて深町に背を向け、駅の出口に向かって歩く。
「野田、待って!」
不意に呼び止められて振り返ると、デイパックを前抱えした深町は渡したばかりの封筒に皺が寄るほど強く握り締めていた。
「足りないとか言われてもこれ以上は出せねーけど」
「そうじゃなくて……あの、次のイベント、いつあるのか教えて」
「次ぃ? あ。前言ってた責任取るって奴か? だったらもう十分手伝ってもらったから……」
「や。そうじゃなくて。何て言ったらいいのかな……」
深町はデイパックのチャックを開き、中から俺が神絵師と仰ぐ作家さんの本を取り出す。俺が頼んで買ってきてもらった新刊とは別の既刊本だ。
「おま……、それ、買ったのか?」
頷く深町。
「今日試し読みさせてもらって面白かったから。それに野田が描いてる本も面白かったし、またこういうイベントがあるなら俺も行きたい。もちろん野田には迷惑かけない。交通費とかは自分で払うから」
予想外の展開だ。リア充には敬遠されがちな世界だと思い込んでいたが、興味を持つ奴もいるのか。ちなみにがっつりBLを匂わせる男同士の距離感近めな表紙だ。
「なんだ。深町見る目あるじゃん」
「そ……そうかな?」
「次のイベントは来週末。別会場な。その作家さん今回は二次創作メインで参加してたけど、次のイベントは一次創作で参加予定らしいぞ」
「へぇ。この人のだったらオリジナルの話も読んでみたいな。あ、野田は? 次も参加するのか? 確かオリジナル描いてたよな」
「ああ。冊数作れなかったから今日みたいに個人じゃなくて今度は愛梨姉と合同サークル参加だけどな」
「手伝えることがあるなら何でも言って」
「手伝うっつってもバイト代とかもう厳しいっていうか……」
画材や本の印刷代、イベント参加費、移動費などで小遣いはほとんど使ってしまった。今日の深町に渡したバイト代だって見栄を張ったが、正直まぁまぁ痛い出費だ。
お金の心配する俺とは対照的に、深町は安堵の笑顔を浮かべる。
「報酬代わりに会場とか時間とか、イベントのこと教えてもらえると助かる」
「まぁ、それくらいなら別に構わないけど」
「よし! 決まりな。これからもよろしく」
これからも。
身内以外の誰かと、これからの約束をするのなんて何年ぶりだろう。
やばい。めっちゃ顔ニヤけそう。
「おう、よろしくな」
差し出された深町の拳にこつん、と軽くグータッチした。

