暴れて泣いて、寝落ちするとか。マジでガキかよ、俺。
常夜灯がオレンジに照らす自室のベッドで目覚め、ふと額に手をあてる。
ベッドに移された時だろうか。何か温かくて柔らかい物が触れた感覚があったはずだが、寝惚けていたのか額には何もついていない。
気のせいか。
手探りでスマホを探す。着信を知らせるランプのおかげでベッド下に落ちていたスマホに気付くことができた。
愛梨姉からの着信だ。
「愛梨姉、どうしたの?」
『龍くん? 今日姉さん夜勤でしょ? 迎えに行くから、良かったら夜ご飯外で一緒に食べない?』
「いいよ」
『じゃ、あと10分くらいで着くから準備しといて』
「わかった」
通話を切ってスマホをベッドに放り投げ、着替えようと制服のシャツに手をかけてから気付く。夕方深町を押し倒した時に自分で外したはずのシャツのボタンが、一番上の1個下まで留められていた。
ぷ。と笑いが口をついて出る。
だからいつまで経っても安全牌なんだよ。
リモコンでシーリングライトを点けてふとローテーブルに目をやると、ルーズリーフに見慣れた文字で『今日は帰ります。また明日な』と書かれていた。
「……こういうのとかもさ。わざわざ書かなくても、スマホのメッセージでいいじゃん」
口に出してから気付く。
着信音で俺を起こさないようにするため、か。
深町の気遣いに気付いて、口元が緩む。
丸めて捨ててしまうには妙に名残惜しく、端が傷まないようにルーズリーフを半分に折り畳んでネタ帳に挟み込んだ。
クローゼットから白のロンTと黒のスキニーパンツに着替え、冷房対策にネイビーのシャツを引っ掛ける。黒のオックス生地のショルダーバッグにネタ帳とペンケース、タブレット端末を入れる。愛梨姉と会う=イベントや同人誌制作の話が出るのは必至なのでこれらのアイテムは欠かせない。
乾いた涙でごわごわする目元を洗面で洗い流してから玄関ドアを開けると、ちょうど家の前にピンクと白のツートンカラーの軽が停車した。助手席のドアを開けて乗り込む。
「お待たせ、龍くん」
「ううん。俺も今出たとこ」
「何食べたい? 試験3教科も満点だったんでしょ? ご褒美に好きなとこ連れてくよ」
「母さんからもう連絡行ってんの? 満点っていっても再試の結果だよ。本試は赤点だったし」
口を尖らせると視界がぶれるほど勢いよく頭を撫でられる。
「謙遜しなさんな。再試とはいえ努力の結果でしょ? 偉い偉ーい!」
「はいはい。俺は偉い偉ーい」
されるがままに頭を撫でられながらシートベルトを締める。
「あ。ご飯だけど、いつもの店がいい」
「龍くんは欲が無いなぁ。もうちょっとお高いお店でもいいのよぅ?」
「お高いお店は飯優先で長居しにくいもん。次の本の構想練りの相談したいし」
「ま。龍くんがいいならそうしよっか」
車で10分程の距離にある行きつけの喫茶店。喫茶店とはいうが、ファミレス並みにメニューもボリュームもあってディナータイムにはそこそこの客入りがある。すべてボックスタイプの席で、ホールの店員が良い感じにやる気が無く、長居しても邪険にされないし適当に放っておいてくれるなかなか居心地の良い店だ。
入店時に注文をしてから空いている奥のボックスシートを陣取る。
「テストお疲れさま。それでさ、本題なんだけど、龍くん進路とかそろそろ考えてる?」
なるほど。こっちが本題か。さては母さんに頼まれたな?
「進学するよ?」
デザートメニューを弄んでいた愛梨姉が、え? あれ? とメニューと俺の顔を何度も見比べる。
「えーと、あの。進学先とかってもしかしてもう決めてあったり、とか?」
「文系の大学。まだはっきりとは決めてないけど、俺の学力で入れてくれるところ」
「そっか。じゃ、龍くんは、大学卒業後は就職希望?」
「ううん。大学卒業までにお金稼いで、漫画の描き方を教えてくれる大学か専門に入り直す。大学進学はそれまでの生活基盤の安定化と母さんへのカモフラージュ」
ぱちぱち、と音が聞こえそうな程真ん丸な瞳を瞬かせた愛梨姉は、一気に破顔した。
「そっか。そうだよね。龍くんは龍くんの生きる道、諦めちゃ駄目だもんね」
「うん。他にやりたい仕事とか無いし」
「それ聞いてちょっとほっとした。あ、来たよ。食べよ食べよ」
肩の荷が下りたのか、愛梨姉はいそいそとスプーンを手に取った。
「あー。それにしても龍くんはもう進路決めちゃってたのかぁ。進路相談とかバリバリ乗る気だったのにな」
「肩透かし?」
「ちょびっとだけね。姉さんとの方針の違いで揉めるのは目に見えてたから。でも龍くんにはやりたいこと諦めたりなんてしてほしくないし。その点、龍くん自身がちゃんと将来のこと考えてたのがわかって、頼ってもらえなかったの残念半分、成長を見届けられて嬉しいの半分ってとこ」
「俺が決めたっていうより、深町の提案にタダ乗りした。でもその分、学費稼ぐために今よりもっと良い話描いて本売ってかなきゃ」
「進学するなら学業とも両立させないといけないしね」
「うん。愛梨姉はすごいよね。保育士さんと同人作家両立させてて」
「私は資格取る方に重点置いて、創作活動は一時期規模縮小して調整してたからね。さ。そうと決まったら、龍くんの創作活動に本腰入れないとね」
「……それなんだけど、ちょっと手詰まり状態で」
スプーンの先でオムライスの端をもじもじとつつく。
「珍しいね。スランプ?」
「かも。描いててほんとに面白いのか、自分でよくわかんなくなってきた」
「ああ……。締め切り前とか完成間近とか、追い詰められた時によく陥る奴だ」
「こういうのってどうしたらいいの?」
「んー。手っ取り早いのは過去作の読み返しとか、他の作品の読み漁りとかかな」
「それやってみたんだけど、駄目だった」
「駄目だったかぁ」
「何読んでも、何書いても、無理矢理話を進行させるために人物を動かしてる感じが抜けなくて。なんていうか、生きてる人間ぽくない」
ふむ、と考え込む愛梨姉。
「描けてるとこまででいいから、ちょっとネタ帳見せてもらっていい?」
「うん」
持参したネタ帳を渡す。
「キャラは可愛い系受けとスパダリ攻め?」
「そう。でも、なんかテンプレっぽいっていうか、話の展開が最初で読めちゃうし、くっつくまでがあっさりしすぎてて都合良すぎるし、自分で描いてて面白いと思えなくて」
「うーん。ちょっとテンプレから外れたキャラにチャレンジしてみるのもいいかもね。あとは当て馬とか」
そう言って愛梨姉はネタ帳をめくる。
「ふふ。龍くんは、ほんとに深町くんのこと好きだよね」
嬉しそうに笑う愛梨姉は既に主人公達が描き込まれていないページを開いている。
「違うよ? 俺じゃなくて、深町が俺のこと好きなの」
「んぇ? 深町くんが?」
「うん。そう言われた」
「ちょ! まさかの急展開!? それでそれで!? 龍くんは何て答えたの!?」
「うるさい、って」
テーブルに身を乗り出していた愛梨姉が一旦動きを止めてから、しゅるる、と大人しく席に座り直して顔を赤らめる。
「……ごめん。恋バナ好き過ぎてちょっと興奮した。お恥ずかしい」
「愛梨姉のこと言ったんじゃなくて、深町に。好きって言われた時、『うるさい』って答えた」
「え? ええええ? いやなんで告白のお返事がそんな邪険な感じなの?」
「眠かった。で、ちゃんと次の日謝った」
「う……うん。そか。ちゃんと謝れたの、偉いと思うよ。えと、謝って、仲直りして、両想いー、とかには……」
「なってない」
「えええ? なんでよーぅ? ネタ帳のデッサンほとんど深町くんばっかじゃない。ちゃんと証拠はあがってんのに」
愛梨姉は、ほれほれ、と刑事の尋問のごとくネタ帳を開いて突きつける。
「深町は眉毛とか鼻筋とかの形が良いからデッサン練習にちょうど良い。あと、丈夫肩だ。三角筋とか腕橈骨筋とか伸筋群の盛り上がりとか、手もでかくて血管が浮いてるとこ格好良い」
「ああもう! それだけ顔とボディーが良くて、あとは何が足りないっていうの!?」
「胸。無いって言ったら、もう少し鍛えるって言ってた」
「…………。そっか。龍くんにとって大事なのはそこだったか……」
愛梨姉が頭を抱え込む。
「うーんと。じゃあ仮に、深町くんが鍛えて胸筋ムキムキになったら、龍くんは好きになれそう?」
「何言ってるの? 別に深町のこと嫌いじゃないよ」
「じゃ……じゃあ、お付き合いっていう話に発展は……」
「しない」
「しなかったかぁ……。多様性の時代でもこればっかりはなぁ」
「そも、深町見ても全然ドキドキしない。スパダリとかでもないし」
「まぁ、お友達として仲良くしてくれるなら、それはそれで重畳なんだけどさ。でも龍くんとしては、後悔しない? お友達のままだったら、この先深町くんに彼女とかできちゃうかもよ? そうなれば、今みたいに一緒にいられる時間とかは無くなっちゃうかも。龍くんの目から見てスパダリには見えないかもしれないけど、他の子から見れば深町くんてなかなかの好物件だろうし」
愛梨姉は思わせぶりな言い回しで俺の様子を伺うが、言われなくてもそんなことくらいわかってる。
「先手は打った」
「先手?」
「既成事実化」
「…………」
愛梨姉がテーブルにネタ帳を置いてバッグからスマホを取り出し、不穏な笑みを浮かべる。
「……龍くん。何があったのか教えてくれる? 事と次第によっちゃ、明日一人地球上から消滅するかもしれないけど」
「深町を消しちゃ駄目。結局失敗したし。でも、言質は取ったよ。俺が深町のこと嫌いにならない限り、離れたりしないって言ってた」
「んあぁぁっ!! もうっ!! なんでそこまでなって付き合ってないのぉっ!?」
「言ったじゃん。ドキドキしないって。好きになったらドキドキするんでしょ?」
途端に愛梨姉がやっと合点がいった様子でスマホをテーブルに置く。
「龍くん。"好き"って、いつもドキドキするような劇薬みたいな物だと思ってるでしょ」
「違うの?」
「違わない人もいる。けど、それだけが正解じゃない。一緒にいることで安心できたりするのも、他の人に取られそうになったら不安になるのも"好き"」
思い返してみれば、深町と一緒にいると安心する。結局勘違いに終わったが、隣のクラスの女子と笑っている深町を見て焦燥感に駆られたのも事実だ。
「……あー……。なるほど」
俺、好きだったんだ。深町のこと。
納得した途端、すべてが腑に落ちた気がする。と同時に、過去の自分の言動が明らかにメンヘラじみていたことに気付いて恥ずかしさと自己嫌悪に陥って、たまらずにテーブルに沈み込む。
「えぇぇ? でも、俺がぁ? 深町をぉ? えええぇぇぇ?」
「何? 今更自覚?」
素直に好きだと自覚できた深町と比べ、俺のはなんてひねくれた"好き"なんだろう。
「……。"好き"って結構、イライラするもんなんだね。もっとふわふわして楽しいものだと思ってた」
こんなに不格好で、わがままで、全然綺麗な感情でもなくて。
むぅ、と口を尖らせる俺を、愛梨姉が笑い飛ばす。
「ドキドキもイライラも安心も、全部ひっくるめて"好き"の構成材料。それが自覚できたんなら、もっと良い話が描けるようになるよ」
口角を上げた愛梨姉はネタ帳に挟んであったルーズリーフを広げて見せた。
「大丈夫。深町くんは龍くんのこと好きなんだし、あとは龍くんが"好き"を楽しめばいいだけ。でしょ?」
「……むぅ」
無意識に額に手をあてる。
夕方夢と現実の境目で額に触れた温かく柔らかい感触。
思い違いでなければ、あれは、きっと。
急に深町が触れたと思しき感触の名残を感じ、額にほわりと優しい熱が生まれたように感じた。
常夜灯がオレンジに照らす自室のベッドで目覚め、ふと額に手をあてる。
ベッドに移された時だろうか。何か温かくて柔らかい物が触れた感覚があったはずだが、寝惚けていたのか額には何もついていない。
気のせいか。
手探りでスマホを探す。着信を知らせるランプのおかげでベッド下に落ちていたスマホに気付くことができた。
愛梨姉からの着信だ。
「愛梨姉、どうしたの?」
『龍くん? 今日姉さん夜勤でしょ? 迎えに行くから、良かったら夜ご飯外で一緒に食べない?』
「いいよ」
『じゃ、あと10分くらいで着くから準備しといて』
「わかった」
通話を切ってスマホをベッドに放り投げ、着替えようと制服のシャツに手をかけてから気付く。夕方深町を押し倒した時に自分で外したはずのシャツのボタンが、一番上の1個下まで留められていた。
ぷ。と笑いが口をついて出る。
だからいつまで経っても安全牌なんだよ。
リモコンでシーリングライトを点けてふとローテーブルに目をやると、ルーズリーフに見慣れた文字で『今日は帰ります。また明日な』と書かれていた。
「……こういうのとかもさ。わざわざ書かなくても、スマホのメッセージでいいじゃん」
口に出してから気付く。
着信音で俺を起こさないようにするため、か。
深町の気遣いに気付いて、口元が緩む。
丸めて捨ててしまうには妙に名残惜しく、端が傷まないようにルーズリーフを半分に折り畳んでネタ帳に挟み込んだ。
クローゼットから白のロンTと黒のスキニーパンツに着替え、冷房対策にネイビーのシャツを引っ掛ける。黒のオックス生地のショルダーバッグにネタ帳とペンケース、タブレット端末を入れる。愛梨姉と会う=イベントや同人誌制作の話が出るのは必至なのでこれらのアイテムは欠かせない。
乾いた涙でごわごわする目元を洗面で洗い流してから玄関ドアを開けると、ちょうど家の前にピンクと白のツートンカラーの軽が停車した。助手席のドアを開けて乗り込む。
「お待たせ、龍くん」
「ううん。俺も今出たとこ」
「何食べたい? 試験3教科も満点だったんでしょ? ご褒美に好きなとこ連れてくよ」
「母さんからもう連絡行ってんの? 満点っていっても再試の結果だよ。本試は赤点だったし」
口を尖らせると視界がぶれるほど勢いよく頭を撫でられる。
「謙遜しなさんな。再試とはいえ努力の結果でしょ? 偉い偉ーい!」
「はいはい。俺は偉い偉ーい」
されるがままに頭を撫でられながらシートベルトを締める。
「あ。ご飯だけど、いつもの店がいい」
「龍くんは欲が無いなぁ。もうちょっとお高いお店でもいいのよぅ?」
「お高いお店は飯優先で長居しにくいもん。次の本の構想練りの相談したいし」
「ま。龍くんがいいならそうしよっか」
車で10分程の距離にある行きつけの喫茶店。喫茶店とはいうが、ファミレス並みにメニューもボリュームもあってディナータイムにはそこそこの客入りがある。すべてボックスタイプの席で、ホールの店員が良い感じにやる気が無く、長居しても邪険にされないし適当に放っておいてくれるなかなか居心地の良い店だ。
入店時に注文をしてから空いている奥のボックスシートを陣取る。
「テストお疲れさま。それでさ、本題なんだけど、龍くん進路とかそろそろ考えてる?」
なるほど。こっちが本題か。さては母さんに頼まれたな?
「進学するよ?」
デザートメニューを弄んでいた愛梨姉が、え? あれ? とメニューと俺の顔を何度も見比べる。
「えーと、あの。進学先とかってもしかしてもう決めてあったり、とか?」
「文系の大学。まだはっきりとは決めてないけど、俺の学力で入れてくれるところ」
「そっか。じゃ、龍くんは、大学卒業後は就職希望?」
「ううん。大学卒業までにお金稼いで、漫画の描き方を教えてくれる大学か専門に入り直す。大学進学はそれまでの生活基盤の安定化と母さんへのカモフラージュ」
ぱちぱち、と音が聞こえそうな程真ん丸な瞳を瞬かせた愛梨姉は、一気に破顔した。
「そっか。そうだよね。龍くんは龍くんの生きる道、諦めちゃ駄目だもんね」
「うん。他にやりたい仕事とか無いし」
「それ聞いてちょっとほっとした。あ、来たよ。食べよ食べよ」
肩の荷が下りたのか、愛梨姉はいそいそとスプーンを手に取った。
「あー。それにしても龍くんはもう進路決めちゃってたのかぁ。進路相談とかバリバリ乗る気だったのにな」
「肩透かし?」
「ちょびっとだけね。姉さんとの方針の違いで揉めるのは目に見えてたから。でも龍くんにはやりたいこと諦めたりなんてしてほしくないし。その点、龍くん自身がちゃんと将来のこと考えてたのがわかって、頼ってもらえなかったの残念半分、成長を見届けられて嬉しいの半分ってとこ」
「俺が決めたっていうより、深町の提案にタダ乗りした。でもその分、学費稼ぐために今よりもっと良い話描いて本売ってかなきゃ」
「進学するなら学業とも両立させないといけないしね」
「うん。愛梨姉はすごいよね。保育士さんと同人作家両立させてて」
「私は資格取る方に重点置いて、創作活動は一時期規模縮小して調整してたからね。さ。そうと決まったら、龍くんの創作活動に本腰入れないとね」
「……それなんだけど、ちょっと手詰まり状態で」
スプーンの先でオムライスの端をもじもじとつつく。
「珍しいね。スランプ?」
「かも。描いててほんとに面白いのか、自分でよくわかんなくなってきた」
「ああ……。締め切り前とか完成間近とか、追い詰められた時によく陥る奴だ」
「こういうのってどうしたらいいの?」
「んー。手っ取り早いのは過去作の読み返しとか、他の作品の読み漁りとかかな」
「それやってみたんだけど、駄目だった」
「駄目だったかぁ」
「何読んでも、何書いても、無理矢理話を進行させるために人物を動かしてる感じが抜けなくて。なんていうか、生きてる人間ぽくない」
ふむ、と考え込む愛梨姉。
「描けてるとこまででいいから、ちょっとネタ帳見せてもらっていい?」
「うん」
持参したネタ帳を渡す。
「キャラは可愛い系受けとスパダリ攻め?」
「そう。でも、なんかテンプレっぽいっていうか、話の展開が最初で読めちゃうし、くっつくまでがあっさりしすぎてて都合良すぎるし、自分で描いてて面白いと思えなくて」
「うーん。ちょっとテンプレから外れたキャラにチャレンジしてみるのもいいかもね。あとは当て馬とか」
そう言って愛梨姉はネタ帳をめくる。
「ふふ。龍くんは、ほんとに深町くんのこと好きだよね」
嬉しそうに笑う愛梨姉は既に主人公達が描き込まれていないページを開いている。
「違うよ? 俺じゃなくて、深町が俺のこと好きなの」
「んぇ? 深町くんが?」
「うん。そう言われた」
「ちょ! まさかの急展開!? それでそれで!? 龍くんは何て答えたの!?」
「うるさい、って」
テーブルに身を乗り出していた愛梨姉が一旦動きを止めてから、しゅるる、と大人しく席に座り直して顔を赤らめる。
「……ごめん。恋バナ好き過ぎてちょっと興奮した。お恥ずかしい」
「愛梨姉のこと言ったんじゃなくて、深町に。好きって言われた時、『うるさい』って答えた」
「え? ええええ? いやなんで告白のお返事がそんな邪険な感じなの?」
「眠かった。で、ちゃんと次の日謝った」
「う……うん。そか。ちゃんと謝れたの、偉いと思うよ。えと、謝って、仲直りして、両想いー、とかには……」
「なってない」
「えええ? なんでよーぅ? ネタ帳のデッサンほとんど深町くんばっかじゃない。ちゃんと証拠はあがってんのに」
愛梨姉は、ほれほれ、と刑事の尋問のごとくネタ帳を開いて突きつける。
「深町は眉毛とか鼻筋とかの形が良いからデッサン練習にちょうど良い。あと、丈夫肩だ。三角筋とか腕橈骨筋とか伸筋群の盛り上がりとか、手もでかくて血管が浮いてるとこ格好良い」
「ああもう! それだけ顔とボディーが良くて、あとは何が足りないっていうの!?」
「胸。無いって言ったら、もう少し鍛えるって言ってた」
「…………。そっか。龍くんにとって大事なのはそこだったか……」
愛梨姉が頭を抱え込む。
「うーんと。じゃあ仮に、深町くんが鍛えて胸筋ムキムキになったら、龍くんは好きになれそう?」
「何言ってるの? 別に深町のこと嫌いじゃないよ」
「じゃ……じゃあ、お付き合いっていう話に発展は……」
「しない」
「しなかったかぁ……。多様性の時代でもこればっかりはなぁ」
「そも、深町見ても全然ドキドキしない。スパダリとかでもないし」
「まぁ、お友達として仲良くしてくれるなら、それはそれで重畳なんだけどさ。でも龍くんとしては、後悔しない? お友達のままだったら、この先深町くんに彼女とかできちゃうかもよ? そうなれば、今みたいに一緒にいられる時間とかは無くなっちゃうかも。龍くんの目から見てスパダリには見えないかもしれないけど、他の子から見れば深町くんてなかなかの好物件だろうし」
愛梨姉は思わせぶりな言い回しで俺の様子を伺うが、言われなくてもそんなことくらいわかってる。
「先手は打った」
「先手?」
「既成事実化」
「…………」
愛梨姉がテーブルにネタ帳を置いてバッグからスマホを取り出し、不穏な笑みを浮かべる。
「……龍くん。何があったのか教えてくれる? 事と次第によっちゃ、明日一人地球上から消滅するかもしれないけど」
「深町を消しちゃ駄目。結局失敗したし。でも、言質は取ったよ。俺が深町のこと嫌いにならない限り、離れたりしないって言ってた」
「んあぁぁっ!! もうっ!! なんでそこまでなって付き合ってないのぉっ!?」
「言ったじゃん。ドキドキしないって。好きになったらドキドキするんでしょ?」
途端に愛梨姉がやっと合点がいった様子でスマホをテーブルに置く。
「龍くん。"好き"って、いつもドキドキするような劇薬みたいな物だと思ってるでしょ」
「違うの?」
「違わない人もいる。けど、それだけが正解じゃない。一緒にいることで安心できたりするのも、他の人に取られそうになったら不安になるのも"好き"」
思い返してみれば、深町と一緒にいると安心する。結局勘違いに終わったが、隣のクラスの女子と笑っている深町を見て焦燥感に駆られたのも事実だ。
「……あー……。なるほど」
俺、好きだったんだ。深町のこと。
納得した途端、すべてが腑に落ちた気がする。と同時に、過去の自分の言動が明らかにメンヘラじみていたことに気付いて恥ずかしさと自己嫌悪に陥って、たまらずにテーブルに沈み込む。
「えぇぇ? でも、俺がぁ? 深町をぉ? えええぇぇぇ?」
「何? 今更自覚?」
素直に好きだと自覚できた深町と比べ、俺のはなんてひねくれた"好き"なんだろう。
「……。"好き"って結構、イライラするもんなんだね。もっとふわふわして楽しいものだと思ってた」
こんなに不格好で、わがままで、全然綺麗な感情でもなくて。
むぅ、と口を尖らせる俺を、愛梨姉が笑い飛ばす。
「ドキドキもイライラも安心も、全部ひっくるめて"好き"の構成材料。それが自覚できたんなら、もっと良い話が描けるようになるよ」
口角を上げた愛梨姉はネタ帳に挟んであったルーズリーフを広げて見せた。
「大丈夫。深町くんは龍くんのこと好きなんだし、あとは龍くんが"好き"を楽しめばいいだけ。でしょ?」
「……むぅ」
無意識に額に手をあてる。
夕方夢と現実の境目で額に触れた温かく柔らかい感触。
思い違いでなければ、あれは、きっと。
急に深町が触れたと思しき感触の名残を感じ、額にほわりと優しい熱が生まれたように感じた。

