ORANGE×BOY【完結】



しばらく走って、ようやく人通りの少ない道まで来たところで、咲良は立ち止まった。

「……っ、はぁ……っ、はぁ……」

 息が切れ、心臓がうるさい。

 でもそれは、走ったせいだけじゃなかった。
 昇降口で、あんなに近くで顔を見てしまったから。

 笑っている目も、長いまつ毛も、少し低めの声も、全部がやけに鮮明に残ってしまっている。

「……もう、一体何なの」

 ひとりで呟いて、咲良は唇を噛む。

 関わりたくない。
本当にそう思っている。

 怖いし、調子を狂わされるし、あんなふうに勝手に距離を詰められるのも心臓に悪い。

 なのに、"やっと会えた"だなんて。

 そんなふうに嬉しそうに笑われたら、困ってしまう。
 まるでずっと自分を探していたみたいな顔で見つめられたら、どういう反応をしていいのか正直わからない。

「……意味わかんない」

 綾瀬 蓮のことなんて、何も知らないし。
 ただのヤンキーだとしか思ってない。

 けれど、ただのヤンキーなら、どうしてあんな優しい顔で笑うのだろう。
 どうして、あんな無防備で、真っ直ぐな目をするのだろう。
 初夏の風が、ふわりと髪を揺らす。
 見上げた空はどこまでも青くて、白い雲がゆっくり流れていた。
 その明るさの中で、咲良は胸元をぎゅっと押さえる。
 鼓動はまだ速いまま。
 腹が立つのに。
 逃げ出したくなるのに。

 どうしてか、あの笑顔ばかり浮かんでしまう。

「……ほんと、最悪」

 ぽつりとこぼした声は、少しだけ弱かった。

 最悪だ。
 学園一のイケメンヤンキーに見つかってしまったことも。
 名前を知られていたことも。
 追いかけられたことも。

 (全部、全部最悪。)

 だけどきっと、いちばん厄介なのは――
 あの人のことを、ただ“嫌い”の一言では片づけられなくなりそうな、自分のこの胸のざわつきなのかもしれない。