インフルエンサー

 年明け早々、俺は高校近くにある小さな神社の鳥居の前に立っていた。
『もうすぐ着く』
 震えたスマホにはメッセージが一件。少しだけ高揚感が増して、『もう待ってる』とだけ返す。
 クリスマスイブの夜、大衡と名前のない関係から恋人同士になった。あれからお互いバイトやら、友達との約束やらでなかなか予定が合わず、直接会うのはあの日以来だ。
 そわそわする心をやり過ごそうと、いつもの癖でSNSを開く。タイムラインを適当に遡ってから、Takaくん――大衡のアカウントをタップする。数日前に『恋人ができました』という報告とともにアップされたクリスマスツリーの写真は、大量の祝福コメントが書かれて見事に万バズを果たしていた。本当に付き合っちゃったんだな、と自覚してむずむずする。
 何度もスマホで時計を確認していると、大衡が遠くから小走りで駆けてくる姿が見えた。ちょっと人目を気にして、小さく手を振る。
 俺の前で足を止めた大衡の肩は軽く弾んでいた。
「無駄に早いな、お前」
「大衡だって今日も早いじゃん」
 走ってきたのかな。早く会いたかったから……だったら嬉しいかもとか思ったり、思わなかったり。俺が早めに来ていた理由もそれだけど、面と向かっては言えそうにない。
「ちょっと久しぶりだな」
「うん、元気だった?」
「まあ、フツーに」
 大衡がふっと笑う。意地悪じゃない笑顔を向けられると胸のどきどきが大きくなった。
「えっと……晴れて良かったな」
「そうだな」
 今までどんな話してたっけ。妙に緊張してしまって当たり障りのない雑談しか思い浮かばない。
 汗ばんできてマフラーを外すと、大衡は俺を見つめながら口を開いた。
「小山、その服……」
「ああ、うん。この前の。どう?」
 今日の俺の服はボアジャケットにニット、テーパードパンツ。ジャケットとパンツは大衡からのクリスマスプレゼントだ。
「……いいんじゃねえの」
 大衡はそっぽを向きながらも、目線だけでちらちら俺を見ている。これは……褒められたんだよな。
「あ、ありがと」
「……ん」
「……」
「……行くか」
「……う、うん」
 なんなんだ、この雰囲気は……!
 世の中のカップルってみんなこうなのか? 照れくさくてどうにかなりそうだ。
 大衡は俺の前を歩き出した。コートの袖から覗く指先に、あの日重ねた手の温かさを思い出す。
 ……手、繋ぎたいな。でも人前で繋いでいいんだろうか。いやでも、スケートの時は人前だったし……いやいやでも、あれはそういうアレじゃなかったし……。
「……っ」
 遠慮がちに大衡の左手を握ってみた。驚いた顔で振り向いた大衡は、繋いだ手をしばらく見つめると、指と指を絡めてきた。
「これでいいだろ」
 こくりと頷く。今が冬だと忘れそうなほど顔が火照っていた。

 鳥居をくぐると、落ち着いた空気感に自然と背筋が伸びた。いつもは閑散としている境内には、今日はそこそこ参拝客がいる。
 賽銭箱の前に立ち、周りの人の見よう見まねで二回礼をして手を合わせる。
 大衡もしっかりと目を閉じて手を合わせていた。神様なんて信じてなさそうなのに意外だ。
 横目で見ていると大衡の目が開き、俺を捉えた。
「何だよ」
「どんな願い事した? フォロワー百万人目指すとか?」
「普通に受験だよ、受験」
 マジか。ますます意外だ。
「早くね? 三年になってからでもいいじゃん」
「お前、呑気だな……来年は初詣行ってる時間ねえだろ」
「うう……考えたくない……」
 来年の今頃は受験の追い込みの時期だ。現実から目を逸らしていたけれど、時間は止まってくれない。
「小山は何願ったんだよ」
「俺は……」
 答えかけて、慌てて口を噤む。
「……やっぱり言わない。秘密」
「またかよ。お前、アカウントもなかなか教えなかったよな」
「そ、それは別の話だろ。とにかく俺は言わない」
「俺のは聞いたくせに……」
 大衡は眉を顰め、しかしすぐににやりと笑った。
「ああ、そうか。身長伸びるといいな」
「違うわ!」
「じゃあ友達ができますように、か」
「それも違う! つーか絶対教えないからな!」
 アカウントは教えるしかなかったけれど、今回ばかりは勘弁してほしい。だって、大衡ともっと仲良くなれますように、なんて恥ずかしすぎる願い事は、絶対口に出せないのだから。

 観光名所でもなく出店も出ていない神社の参拝はすぐに終わった。
 他の予定は特に決めていない。このまま解散するのは惜しいけれど、近場の駅ビルもショッピングモールも正月休みだ。
 繋いだ手は参拝の時に離したきりで、すうすうする右手が物足りなさに拍車をかける。
「大衡、このあと暇? まだどっか行く?」
「んー……」
 大衡は曖昧な返事をしながらスマホを取り出した。すらりとした指が画面の上をスワイプしている。何か検索でもしているのかと思ったら、ボアジャケットのポケットに入っている俺のスマホが震えた。大衡からのメッセージが届いていた。
 一緒にいるのになんでわざわざ? 疑問に思いながらも通知を開くと、そこには一文だけ。
『今日親いないけど』
「……えっ」
 思わず声が出た。隣に顔を向けると、大衡はスマホの画面を向いたまま、目だけを動かして俺を見た。視線が交わった瞬間、心臓がどきりと跳ねる。
「えっ……と」
 これって要するに、大衡の部屋に誘われてるんだよな。俺の勘違いじゃないよな。
 もう一度メッセージを見て、大衡の顔を見て……何度か目線を彷徨わせる。静かな境内に響く心音を聞きながら、俺はおずおずと口を開いた。
「……行く」
 消え入りそうな声だったが、ちゃんと届いたようだった。
 大衡の手が伸びてきて、俺の右手をきゅっと握る。繋ぎ直した手からは緊張が伝わってきた。



 神社から少し歩いたところにある閑静な住宅街。その一角に佇む二階建ての一軒家の前で俺たちは足を止めた。
「ここ?」
「ああ」
 白い柵に囲まれたウッドデッキにはガーデニングの鉢植えがたくさん置いてあった。どれもしっかり手入れされていて、色々な種類の花が咲いている。
「入れよ」
「お、お邪魔します」
 そろりと玄関に入ると、ヴィンテージ風のシューズボックスの上に、アロマディフューザーやら多肉植物やらのインテリアが綺麗に並んでいた。まさにオシャレな家の実例といった感じだ。
 大衡に続いて階段を上がり、部屋に通される。白地の勉強机に椅子、ベッド、全身が映る大きな鏡。小洒落た物だらけの部屋を想像していたが、案外シンプルだ。
 壁際の大きなハンガーラックには以前SNSに投稿されていたコートや帽子、バッグなどが収納されている。俺がプレゼントしたイヤホンケースは机の上に置かれていた。
「これ、使ってくれてるんだ」
「ああ、使い勝手いいから」
 がんばって選んだものを気に入ってもらえるのって嬉しいな。今日の俺の服装を見た大衡も、嬉しく思ったのかな……。せっかくだからと着てみた服が、もっと深い意味を持った気がした。
「とりあえず、突っ立ってないで座れよ」
 大衡はローテーブルの前に腰を下ろし、隣のクッションをぽんぽんと叩いた。俺もぎこちない動きでそこに座る。
 付き合いたての相手の部屋で、二人きり。緊張しないはずがない。深く考えすぎなだけかもしれないけれど、色々意識してしまう。
 でも俺と違って、大衡は普段通りの涼しい顔をしている。自分の部屋に呼ぶのは何ともないのか、それともただ顔に出ていないだけなのか……。俺が逆の立場だったら平常心ではいられない。
「喉渇いてるか?」
「や、今は大丈夫」
「分かった」
 すぐに会話が途切れてしまう。友達の家ならゲームをやったり漫画を借りたりするけれど、今は何をすればいいのか分からない。部屋の中をじろじろ見るのも失礼だし……。
 何となく指先を弄っていたら、大衡はローテーブルに置いてあったタブレットを差し出してきた。画面にはサブスクの映画ランキングが表示されている
「小山、映画好きか?」
「うん、でもしばらく行けてないな。なんか見る?」
「俺は何でもいいから、どれか選べよ」
「えっ、えーと……」
 ランキング上位には、人気のシリーズ作から恋愛映画、アニメ、漫画の実写作品など幅広いジャンルが並んでいる。何を選べばいいんだ? 大衡が楽しめそうなのはどれだろう。
「お前、漫画とかゲームとか好きなんだろ。じゃあこういうのも好きなんじゃねえの?」
 大衡が指差したのは俺の好きなアニメ映画だった。左右田と一緒に映画館まで見に行った作品だ。
「好きだけど……俺に合わせなくていいよ。どれにする?」
「俺の好みじゃなくて、お前の好みを訊いてるんだよ」
「でも大衡はアニメ興味ないだろ」
「そういうこと言ってるんじゃねえ」
 大衡は画面から目を離さずに続けた。
「お前の好きなもん、教えろよ」
「……!」
 俺が大衡について知りたいと思うように、大衡も同じことを思っているんだ。
 それなら、ちゃんと応えたい。
「じゃあ……これ。俺のおすすめ」
 恋愛要素がなく、アクションシーンの多いバトル系のアニメ作品は、きっとデート向きではないだろう。でも俺は今、これを大衡と見て、好きなものを共有したいと思った。
「これ知ってる?」
「タイトルだけな」
「原作の漫画も面白いんだよ」
 ローテーブルにタブレットを立て、再生ボタンをタップする。壮大なBGMとともにプロローグが流れ始める。
「大衡って好きな俳優とかいるの?」
「いない……つーか、よく知らねえ」
「じゃあ、字幕派? 吹替派?」
「こだわりねえけど、強いて言えば字幕」
「俺は吹替かなぁ」
 他愛のない雑談をしている間もストーリーは進んでいく。主人公とライバルが言い争いをするシーンだ。
『へえ、お前が期待の新人かよ。大したことねえな』
『オレも安心したよ。オマエはもっと強い奴だと思ってたから』
 この二人は最初こそ仲が悪いけれど、旅を通じて友情が生まれていく。なんか……俺と大衡みたいだな。俺たちは友情を飛び越えてしまったけど。
 こっそり大衡の横顔を見てみると、形の良い唇が目に入った。温かくて柔らかな、初めてのあの感触は忘れられない。
 俺、大衡とキスしちゃったんだよな。今日もするのかな……。って、俺はそれ目当てじゃないけど! 期待もしてないけど!
 ……でもせっかく二人きりだし……恋人っぽいことをしてみてもいいと思う。大衡に振り回されてばかりじゃ悔しいし。
 小さく息を呑み、そーっと身体を寄りかからせてみた。触れた肩がぴくりと跳ね、視線がこちらに向いたのを感じる。スピーカーから流れるセリフが聞こえなくなるくらい、心臓がうるさく暴れている。
「お、重くない……?」
「重くはねえけど……俺、試されてんのか?」
「え、何を?」
「……」
 俺の問いに返ってきたのはため息だけだった。ちらりと上目遣いになれば俺を見つめる瞳と交わり、慌ててタブレットに目を戻す。意識的に画面だけを視界に入れるが、顔が熱くて仕方ない。
 その気になればすぐに離れられる。でも俺の心は「離れたい」とは言っていなくて、結局その体勢のまま、全然ロマンチックじゃない映画を見続けた。



 二時間の映画が体感三十分くらいで終わってしまったのは、作品の面白さゆえなのか、違う意味でのドキドキ感ゆえなのか……たぶん両方だ。
「どうだった?」
「まあまあだな」
 まあまあ、という言葉の割に大衡は満足げだった。完全に俺の趣味で選んだ作品だったけれど、楽しんでもらえたみたいで安心した。
 寄りかかった肩はまだ触れ合ったままで、伝わる体温に胸の中まで温かくなっていく。
「……小山」
 小さく呼びかけられ、隣に目を向ける。
「お前、進路決めたか?」
「いきなりなんだよ」
「いや……お前もこの主人公みたいに、目標とかあんのかなって」
「うーん……大それた目標じゃないけど、とりあえず家から通える大学目指すかな」
「漠然としてんな」
「三年になるまでにはちゃんと考えるよ」
「ずいぶん余裕こいてるけど、もうすぐ三年だぞ」
 クラス替えまで三ヶ月を切っている。高校生活もあと一年ちょっと、まだ卒業の実感は遠いけれど、きっとあっという間なんだろうな。
「俺たち、次も同じクラスになるのかなぁ」
「さあ、分かんねえけど。お前がいたらまたうるさいな」
「大衡が変に絡んでこなきゃ静かだろ」
 今は学校で毎日顔を合わせているけれど、違うクラスになればそうもいかない。大学生になったら、クラスどころか進路自体が別々だ。こんな小競り合いすら懐かしく思う日が来るのかもしれない。
「そういえば、大衡って志望校どこ? まだ聞いてなかったよな」
「……そうだな」
「どうせ頭いいとこ行くんだろ? 今から神様に願うくらいだもんな」
「……」
「……何?」
 俺、変な質問してないよな?
 大衡は胡座をかいていた足を組み直すと、ぽつりと呟いた。
「俺の第一志望は――」
 大衡が挙げたのは、隣県にある難関大学。もし俺が受験したとしても、受かる可能性は万にひとつもない。改めて頭の出来が違うのだと思い知らされる。
「マジか……すごいな」
「そういうのは受かってから言えよ」
「だって俺じゃ目指そうとも思わないし。……あれ、でも結構遠いよな。電車大丈夫なの?」
 以前、毎日電車に乗りたくないと苦々しげに言っていた。混雑した電車に長時間乗るなんて耐えられるのか?
 しかし大衡は、僅かな間を置いて「あー……まあ」と言葉を濁した。
「なんだよ、今の間は」
「何でもねえよ」
「気になるだろ。つーかさっきからなんか変だよ。隠し事?」
「じゃねえけど……」
 大衡は言い淀み、口を閉じてしまった。こいつ、大事なことほど言うのを躊躇いがちだよな。
 急かしたくなるのを堪えて待っていると、大衡はしばらく考え込んだ後、息を吐いた。
「……一人暮らしするつもりなんだよ」
「……え?」
 思わぬ言葉に驚いて顔を上げる。
「高校卒業したら家を出て、大学の近くに住もうと思ってる」
「……初めて聞いたけど」
「初めて言ったからな」
 さっきまでとは違う種類の動悸が、呼吸を乱す。別々の大学に進学するだろうとは予想していた。でもそこまで物理的に距離が離れるとは思っていなかった。
「な、なんで黙ってたんだよ」
「別に隠してねえよ。まだ何も決まってねえし、半端なこと言うのも無責任だろ」
「そ……そうかもしれないけどさ、少しくらい何か言ってくれてもいいだろ……」
 たぶん、大衡の言うことは間違っていない。でもそう簡単に受け止めきれなかった。目の前がじわりと滲み、胸が苦しくなっていく。
 高校生活はいつまでも続かない――分かっていたはずなのに、置いてけぼりを食らった気分だった。
「つーか、そんな遠くまで行かなくても、大学ならいっぱいあるじゃん。なんでわざわざ……」
「小山、寂しいのか?」
「んな……っ!」
 図星を指されてぎくりとした。
「全然寂しくなんかねえし! むしろ清々するわ!」
「そうかよ」
 大衡は喉の奥で笑っている。くそ、ムカつく……。こんな時までからかいやがって。
「そういうお前はどうなんだよ! 実は寂しいんじゃねえの!?」
「……だったら悪いかよ」
「ふん、誤魔化そうとしたって……え?」
 聞き間違いかと耳を疑う。しかし俺を見つめる顔は思っていたよりも真剣だった。
「小山」
「な……なに」
「俺、やりたいことがあるんだよ。だからそのために進学する」
「やりたいことって……?」
 大衡の視線が一瞬俺から外れ、またすぐ戻ってくる。
「店だよ」
「店……? なんの?」
「服とか、雑貨とか。セレクトショップだな」
 就職に有利な大学に進み、アパレル業界で人脈を広げ、そして将来自分の店を経営する……そんな夢を語る大衡は、どこか照れくさそうだった。
「お前と離れたいわけじゃない。でも、もし夢が叶わなかった時、お前を言い訳にしたくねえんだよ。だからやれることは全部やりたい」
 大衡の言葉からは誠実さが伝わってきた。ぶっきらぼうで不器用でも、俺とのことを真面目に考えてくれているんだと分かる。
「なんか、すごいな……」
「まだ目標にしてるだけだろ」
「それでもすごいよ。俺、将来の夢とか全然決めてないし」
「俺だって、具体的に決めたのは最近だけどな。元々アパレルに興味あったけど、SNSで発信してるうちに、少しずつ考えるようになってた」
 一度言葉を切ってから、大衡は俺をまっすぐ見つめた。
「お前が俺の服真似したり、お前に似合う服選んだり……そういうのが重なって、もっと本気でやりたいと思ったんだよ」
「俺がきっかけ……?」
 俺みたいなちっぽけな存在でも、大衡に影響を与えられたんだと思うと、くすぐったい気持ちになる。
「お前が泣くんじゃねえかと思って、いつ言うか迷ってたけどな」
「だ、誰が泣くかよ!」
「……でも、思い切って今日言って良かった」
 大衡の右手が俺の頬に優しく触れた。あの日の観覧車と同じ手つきだった。
「まだ一年以上先のことだけど、俺はそれなりに覚悟してる。でもずっと離れたままでいるつもりもない。大学卒業したら、絶対お前のそばに戻ってくるから」
「そんな約束、今しちゃっていいのかよ。半端なこと言うのは無責任なんだろ」
「いいだろ。手放す気ねえし」
 ついさっきまで忘れていた緊張が蘇る。こんなに静かな部屋では鼓動の音が大衡に聞こえてしまいそうだ。
 大きな手のひらが頬から顎のラインを撫で、端正な顔が近づいてくる。
 あ、これ、キスするんだ……。そう察して、息を止めながら目を閉じると、唇に温かい感触があった。すぐに離れ、視線がぶつかる。
 俺は心の中で絡まり合う感情を隠すように大衡の胸に顔を埋めた。
「……大衡がいなくても寂しくねえし」
「ああ」
「……むしろ清々するし」
「そうかよ」
 背中に腕が回る。温かく包み込まれて全身が熱くなる。片腕で腰のあたりを抱き寄せられると、さらに身体がぴたりとくっついた。
「俺は、大衡に毎日会えなくても平気なんだよ。だから……だから、がんばれ」
 顔を上げ、大衡の項に腕を回す。初めて自分から唇を重ねると、俺の背中に添えられた手に力が込められた。
 会えないのは寂しい、遠くに行かないでほしい――そんな気持ちが全くないと言えば嘘になる。でもそれ以上に、大衡を応援したい思いが強かった。
 大衡は俺をぎゅっと抱きしめると、深いため息をついた。
「……決心が鈍りそうになるな」
「な、何言ってんだよ。簡単に揺らぐな!」
「揺らがねえし、諦めねえよ。将来のことも……お前のことも」
 優しく笑う顔を見ていると、不思議と安心感が広がった。少しの間、少しの距離が離れていても、きっと大丈夫だと信じられる。
「小山も、やりたいこととか決まったら教えろよ」
「うーん、なんだろう……難しいな」
 漫画は好きだけど絵が描けないし、ゲームも特別上手くはない。他に趣味といえば……食べることとか? おいしいご飯を自分で作れたら嬉しいかも……。
 自分に何ができるのか、何をしたいのか。分かっているようではっきりしない。でも、俺もいつか目標を見つけてみたい。大衡に感化されたのかな。
「ああそうだ、身長伸ばす薬の研究なんてどうだ?」
「は? なんだよそれ」
 大衡は薄ら笑いを浮かべ、俺の頭を撫で回した。
「自分を実験台にすればちょうどいいだろ。もう成長期来ねえだろうし」
「はあ!? これからまだまだ伸びるんだよ!」
 甘い空気はどこへやら、また小競り合いが始まった。抱き合いながら喧嘩をするなんて、まったくおかしな話だ。
 でも何となく、これが俺たちらしさなのかもしれないと思った。
「あー、やっぱりムカつく、お前」
「いちいちキレんなよ、馬鹿」
「大衡がキレさせてるんだろーが、ばーか!」
 この先どんな未来が待っているのかは分からない。たくさん喧嘩もするだろう。だけど大衡となら上手くやっていけると思う。
 俺は憧れのインフルエンサーみたいにはなれそうにない。でもきっと、俺たちはお互いに影響し合いながら、同じ時間を重ねていく。