水に還る


 濡れた足跡は、七つで止まった。
 最後の一つがゆっくりと床に滲み出てから、もう何も現れない。廊下の奥は暗いままで、水音だけが細く響いている。
 誰も動かなかった。湊のライトを握る手が震えていて、光の輪が小さく揺れている。旭が口を開きかけて、閉じた。蓮司は足跡の列を見つめたまま、一歩前に出て床に手を伸ばした。蓮司の指先が濡れた跡に触れる。
「……冷たい」
 蓮司が呟いた。指を持ち上げると、透明な水が少し持ち上がってしずくになって落ちる。八月の旧校舎の中で、その水だけが真冬のように冷たかった。蓮司はその指先を、無意識にズボンで拭った。
 陽翔のカメラだけが、まだ回っている。
「戻ろう」
 蓮司が全員を見回して言った。
 陽翔が即座に首を振った。
「いや、……いや、待って。今の撮れてる。これだけで企画になるって」
「企画どころじゃないだろ」
「だからすごいんすよ。すげぇ、こんなの見たことない。本物じゃん」
 陽翔の目は怖がりと興奮が半々だった。カメラを抱えるようにして、液晶画面を覗き込んでいる。
 旭が引きつった笑いを漏らした。
「いや、マジでやばすぎるだろこれ。でも……まあ、確かに足跡だけだし。何かされたわけじゃないし」
 自分に言い聞かせるような口調だった。湊は何も言わず、横にいる冬馬の腕をつかんでいた。指に力がこもっている。朔夜は壁に寄りかかったまま、二人を見ていた。
 冬馬は何も言わなかった。戻ろうとも、進もうとも言わなかった。
 結局、陽翔が押し切った。
「もう少しだけ見て回ろう。三十分、いや、二十五分だけ! それで絶対帰る」
 蓮司が「二十分だけだ」と念を押し、陽翔が「それで手を打ちやす」と素早く返した。湊は何も言わなかったが、冬馬の腕から手を離さなかった。