水に還る


 八月二十八日。夏休みの残りが三日になった。
 朝。テレビは消したまま。もうニュースは聞きたくなかった。
 窓の外には、灰色の雲が幾層にも重なって空を覆っていた。光はどこか遠く、部屋の中まで淡い陰りが滲んでいる。蝉の声もここ数日ではっきりと痩せ細っていた。
 夏が目減りしている。昨日まで世界を焼いていた熱は輪郭を失って、代わりに水を含んだ重い空気が、じわりと肌に貼りついていた。午後から雨になる。そんな直感が、朝から頭をよぎっていた。
「冬馬」
「なに」
「今日、どっか行く?」
「……ちょっと行きたいところがある」
 朔夜がソファから顔を上げた。冬馬を見ている。
「二人で?」
「いや。ごめん。すぐ戻るから」
 朔夜は少し黙った。冬馬が一人でどこかに行く。不安がよぎる。消える人間はいつも「すぐ戻る」と言って戻らなかった。
 陽翔が「もう一回撮ってくる」と言って消えた。蓮司が「自分で確かめる」と言って消えた。
 でもどこに行くのか、と朔夜は聞けなかった。
「……待ってるから」
「ん、待っててね」
 冬馬は笑った。その笑顔を見て、朔夜の張りつめていた表情が少しだけほどけた。冬馬は相手が欲しいものを、正確に差し出すのだった。