冬馬の飲んだコップの水面が、いつもとは違っていた。
揺れが激しくなっている。以前はかすかな波紋だった。海面が凪いだ時のような。今は違う。水が跳ねるように揺れる。隠さないと朔夜にも気付かれそうなくらいだった。
それはまるで、冬馬が離れていくことを危惧しているようだった。
この四年間、からっぽだった僕を埋めてくれた凪を選んできた。凪のために人を送った。凪を独りにしないために。でも朔夜の「いなくならないよな」が耳に残っていた。今にも泣きそうになりながら思いをぶつけた朔夜のことが、目に耳に焼きついていた。
死んだ凪と共に手を血で染めてきた。冬馬は人間の温度を失った。もう後戻りは出来ない。
だけど、朔夜は今、熱を持って冬馬の隣にいる。冬馬と同じで生きている。同じ空気を吸って、同じ夏の中にいる。
手を伸ばせば触れられる。名前を呼べば振り向く。抱きしめれば、同じ力で抱きしめ返してくる。凪にはもう返せないものを、朔夜は返してしまう。
冬馬は、それが怖かった。
朔夜を思わず抱きしめてしまったあの時。凪もこうやって冬馬に助けて欲しかったのかもしれない。水の中から伸ばしたその手とこの手を繋いで。
冬馬はどちらかを選ばなければならなかった。
見捨てたくないと思った。凪を。そう思ってしまった時点で、もうどちらかを選んでいるのだと、冬馬は気づいた。
この夏が終われば全部が終わる。永遠のように感じられた夏の寿命は、ゆっくりと、でも確かに迫っていた。
