水に還る


「冬馬ってば」
 朔夜の声が、頭の中の景色を断ち切った。リビング。テレビ。昼になろうとしていた。いつの間にか一時間が経とうとしている。
「なに」
「ずっと黙ってるけど」
「……考え事してた」
「さっき言ってた、昔の友達のこと?」
 冬馬は少し黙った。
「そうだよ」
「死んだって言ったよな。その人」
「そうだね」
「そいつと、旧校舎と、関係あるのか」
 朔夜にしては珍しく、踏み込んだ。蓮司がいなくなった後、朔夜は一度も踏み込んだ質問をしていなかった。
 でも今日は聞いた。テレビで解体工事のニュースが流れた後、冬馬がずっと黙っていたから。
 冬馬は朔夜を見た。答えるべきか逡巡(しゅんじゅん)した。
「……あるかもしれない」
 嘘ではなかった。
 朔夜は冬馬を見つめた。数秒。それから目を逸らす。聞かなかった。それ以上聞いたら、答えが来る。その答えが、朔夜が見ないふりしてきたものの全部を照らしてしまうから。
「……そうか」
 朔夜はそれだけ言って、テレビに視線を戻した。指が、コーヒーカップの縁をなぞっている。冬馬はそんな朔夜の横顔をずっと見ていた。
 それから二人は、リビングのソファへ移り、両端に移動して姿勢を崩して座った。
 朔夜はコーヒーカップを片手に、冬馬は大きなクッションを胸に抱えたまま、朔夜とお揃いのカップをそっと手の中に包んで。
 テレビが流れ続けている。冬馬が少し冷えたコーヒーを飲み干した。冬馬はたぶん、猫舌だ。
 これが誰も欠けてない夏のワンシーンであったら。そう思ってしまうほど、手放したくない時間がゆっくりと過ぎていった。