朔夜の家のリビングで長い間、冬馬は窓の外を見ていた。
「冬馬」
朔夜の声。テレビはまだ流れている。
「ん、なあに」
「大丈夫? さっきから何も食べてない」
「……うん。大丈夫」
冬馬はパンを一口かじった。味がしなかった。
朔夜はそんな冬馬を見ていた。
それからまた少し経って、冬馬が口を開いた。自分から。
「昔、友達がいたんだ」
朔夜が少し驚いた顔をした。冬馬が自分から過去を話すことは、ほとんどなかった。
「小学生のとき、夏に会った。年上の人。プールで」
「……うん」
「その人が死んだ。それで、僕はおかしくなっちゃったみたい」
冬馬はそこで黙った。それ以上は言わなかった。言えなかった。凪の名前も、死に方も、自分が見ていたことも。
朔夜は何も聞かなかった。なぜ話してくれたのかとも、それが誰だったのかも。冬馬が差し出した分だけを、静かに受け取った。
「その後に、朔夜が声をかけてくれた」
「……覚えてるよ」
「あれがなかったら、僕はたぶんもっとだめになってた」
朔夜は少し黙って、それからぽつりと言った。
「声かけてよかった」
冬馬は朔夜を見た。朔夜の顔は横のテレビに向かっていた。テレビの光が朔夜の顔を少しだけ照らしている。
冬馬が語ったのはそれだけだった。凪の名前も、水が嫌いな理由も、四年間のことも、何も言わなかった。でもこれが冬馬にとっての精一杯だった。朔夜に渡せる、冬馬の最大限の真実。
