水に還る


 テレビから声が聞こえた。
 朔夜の家のリビング。朝のニュース番組。朔夜が台所で二人分のパンを焼いている間、冬馬はソファに座ってぼんやり画面を見ていた。ローカルテレビ局のニュースコーナー。アナウンサーの声が部屋に流れている。
「——旧水南高校の校舎解体工事が、来月初旬から開始されることが発表されました。旧校舎で卒業した地元の方たちから大変惜しまれながらも四年前に閉鎖されて以来、老朽化が進んでいた校舎は——」
 冬馬の指が、机の上で止まった。
 画面に旧校舎が映っている。立入禁止のテープ。灰色の外壁。草に覆われた校庭。あの場所。数週間前に六人で入った場所。蓮司を沈めた場所。
 高校生失踪についてはよくある家出と見なされたのか、触れられていなかった。まるで最初から何も無かったみたいに。
「——解体に先立ち、来週から内部の安全確認と残存物の撤去作業が行われる予定で——」
 来週。
 封鎖区画が開かれる。地下への階段が降りられる。貯水槽が見つかる。水の底にあるものが見つかる。
 冬馬は画面を見つめていた。この夏が終われば全部終わる。最初からわかっていたことだった。
 台所からトースターの音がした。朔夜が皿を持ってリビングに入ってくる。テレビの画面を見て、一瞬だけ足を止めた。旧校舎が映っている。
「……解体、始まるんだな」
 朔夜が静かに言った。冬馬の隣に座った。パンの皿を机に置いた。
「そうみたい」
 冬馬はそれだけ答えた。テレビの画面が次のニュースに変わった。天気予報。明日も晴れ。明後日も晴れ。八月の終わりまで晴れが続く。
 朔夜はパンをかじった。冬馬はパンに手をつけなかった。
 テレビの音が流れている。天気予報の後にバラエティ番組が始まった。誰かが笑っている。明るい音楽が流れている。朔夜の家のリビングに、知らない人間の笑い声が満ちている。
 冬馬は窓の外を見ていた。快晴。残酷なほど空が青い。蝉の音で飽和している。確か、五年前の夏も、こんな空だった。