少し経って落ち着いた朔夜が、恥ずかしいのを誤魔化すためにテレビをつけた。音量を絞って、流しっぱなしにした。画面の光が薄暗い部屋を青く照らしていた。
蓮司の声が、朔夜の中でまだ響いていた。
「見ないふりしてるだろ」。あの言葉。あの日の部室で突きつけられた言葉。冬馬と肩を寄せ合ってテレビを眺めながら、蓮司の声が頭の中で回っている。
朔夜は気づいている。
冬馬が何かを隠していること。蓮司があれだけ丁寧に並べた証拠。冬馬が否定しなかった沈黙。四年前の凪の死と冬馬の変調の一致。突然の蓮司の失踪。全部が、朔夜の腑に落ちている。
組み合わせれば答えが出る。パズルのピースは揃っている。嵌めるだけでいい。朔夜にはそれができる。蓮司ほどの頭脳はなくても、断片は全部手元にある。
でも朔夜は嵌めない。
嵌めたら絵が完成してしまうから。完成した絵が見せるものが怖いから。冬馬が何をしているのか。その答えが出てしまったら、冬馬の隣にはいられない。母を失い、四人を失い、最後に残った冬馬まで失うことになる。
母がいなくなった朝を思い出す。小学二年の朝。起きたら誰もいなかった。台所のテーブルにコーヒーカップが一つだけ残っていた。父の分だけ。母の分はなかった。その日から、朔夜の世界は一人分少なくなった。
あれを繰り返したくない。朝起きて、学校から帰ってきて、家に母がいない。その恐怖が、朔夜の全てを支配している。冬馬を失うくらいなら、知らないままでいる方がいい。知らない方が、明日も隣にいられる。知ったら終わる。終わるとわかっていて、自分から終わりに手を伸ばすことは、朔夜にはできなかった。
それが愛なのか、臆病なのか、朔夜自身にもわからない。わからないまま、冬馬と肩を寄せ合わせている。蓮司に「見ないふりしてるだろ」と言われた時、朔夜は怒った。怒ったのは、正しいことを言われたからだ。正しいことを認められなかったからだ。認めたら、三年間築き上げたものが全部崩れる。それに耐えられない。
蓮司は正しかったのかもしれない。正しくて、だから消えたのかもしれない。蓮司はあれだけ正しいことを言って、正しく調べ、正しく確かめようとして、それで消えた。正しいことの先に何があったのか、朔夜は知らない。何も知りたくない。
朔夜は間違っている方を選んでいる。見ないふりを選んでいる。それが間違っているとわかっていても、それでも冬馬の隣にいたかった。正しさは人を救わなかった。それだけが朔夜の選択だった。
