水に還る


 部室に二人で座っている。
 椅子は六脚ある。座っているのは二脚。三脚は壁際に寄せてある。蓮司が片付けたのが最後で、それから誰も触っていない。蓮司が座っていた椅子だけが、斜めに引かれたまま部屋の真ん中に残っている。椅子の座面に薄く埃が積もり始めている。
 扇風機の羽が空気を切る音だけが、室内の沈黙を埋めている。窓の外は快晴で、隅から隅まで青い。だが、窓を開けても風は入ってこない。部屋に入るのを拒んでいるようだった。代わりに蝉の声だけが大きく聞こえた。
 部室の匂いが変わった気がする。六人いた時は汗と日焼け止めと、陽翔のカメラの金属の匂いと、旭が持ち込む駄菓子の匂いが混ざっていた。今は扇風機の風が回す学校特有の匂いだけが、ぬるく漂っている。
 何をするわけでもない。でも気付いたら集まっている。一人でいるより二人の方がまし。それだけの理由で、毎日この部室に来ている。
 朔夜が冬馬の隣に座った。椅子を少し引いて、肩が触れる距離に。六人いた時は意識しなかった距離が、二人になると嫌でも意識させられる。肩が触れている。服の布一枚を挟んで、体温が伝わってくる。
「今日も暑いな」
 朔夜が言った。
「うん」
 それだけ。でもこの「うん」のために、朔夜は毎日ここに来ていた。冬馬の声を聞くために。冬馬がまだここにいることを確認するために。