水に還る


 蓮司が朔夜に向き直った。
「朔夜、お前にも聞きたいことがある」
 窓際にいる朔夜の胸元まで詰め寄った。腕を組んでいる。表情は——読めない。
「お前が誰よりも冬馬のことをよく見てる。中一からずっと隣にいる。冬馬が水のことになると変だってことも知ってる。旧校舎で冬馬の様子がおかしかったことも気づいてたはずだ」
 朔夜は何も言わなかった。
「お前、考えないようにしてるだけだろ」
 空気が変わった。
 扇風機の風がカーテンを揺らした。蝉の声が遠くなった。部室の中だけが、別の温度になった。
 朔夜の目が蓮司を捉えた。奥まで見透かそうとする蓮司の目。相手の心臓を素手で掴もうと狙う声。
「してないです」
「してる。冬馬に何かがあることを、お前は知ってる。中一の時から、ずっと。冬馬が何かを抱えてることに気づいていて、それでも踏み込まなかった。お前なりの優しさかもしれない。でもその優しさの結果、四人が消えた」
 朔夜の拳が白くなった。
「先輩に何がわかるんですか」
 声が荒かった。朔夜がこの声を出せるのを、冬馬は知らなかった。感情が爆発する寸前の声。
「わからない。だから聞いてる。でもお前が見ないふりを続ける限り、ずっとわからないままだ。陽翔も湊も旭も、消えたまま。蓮司先輩がどうにかしてくれるだろうって思ってるなら、言葉にしてやる。俺だってわからないんだよ。だから、こうして全部調べて、お前らに聞いてるんだ」
 蓮司の声が、最後だけ少し震えた。冷静さを保とうとして、保ちきれなかった。蓮司も怖いのだ。わからないことが。守れなかったことが。それでも投げ出さない。投げ出したら、陽翔や旭、湊に、申し訳が立たないから。
 朔夜が口を開きかけた。何か言おうとした。言葉にならなかった。蓮司の言っていることが正しいのかもしれないと、朔夜自身がわかっているから。わかっていて、認められないから。認めたら、冬馬との三年間が全部崩れるから。
 冬馬が口を開いた。
「蓮司先輩」
 蓮司が冬馬を見た。
「朔夜は何も知らない。朔夜は関係ない」
 冬馬の声は静かだった。
「もういい。言わなくたって。」
 蓮司は開いたままだったノートを持ち上げて、ページをめくって二人に見せた。最後の付箋がついたページ。
「もう一つ。旧校舎のプールには、地下貯水槽から配管で水が供給されていた。繋がっているんだ。覚えてるか、あの日、封鎖区画の扉の隙間から水音がしてただろう。冷たい風と一緒に。あの下に、校舎全体に水を送るための貯水槽がある。俺たちがまだ一度も入っていない場所だ」
 蓮司は冬馬を数秒見つめた。
「お前が雨宮凪との間に何を隠してるのかは、俺が自分で確かめる」
 蓮司はノートとスマホを鞄に入れて、立ち上がった。部室のドアを開けて、振り返らずに出ていった。ドアが閉まる音が、静かな部室に響いた。