その夜、旭は自室のベッドに横になって、スマホを見ていた。
陽翔とのチャット履歴をスクロールしている。一ヶ月前、二ヶ月前、三ヶ月前。動画の企画案を出し合っていた。ほとんどがくだらないもので、実現しなかったものばかりだ。「学校の七不思議にこっそり不思議を追加して八不思議にしてみた」「百円で一ヶ月過ごす」「自転車で崖降り時速100キロチャレンジ」「先生の声マネで湊に通話ドッキリ」。どれも陽翔が思いついて、旭が乗って、結局途中でだるくなってやめたやつばかり。そのやり取りの一つ一つに、二人の声が聞こえるようだった。テキストの向こうに、陽翔の笑い声が残っている。
一番古いメッセージまで遡ると、中学の時のやり取りが出てきた。
——明日ヒマ?
——ヒマ
——じゃあ来い
——どこ
——知らん、来たらわかる
そういう関係だった。何も決めていないのに、気がつけば隣にいた。「消しゴム貸して〜ン♡」なんて言ってくる奴と仲良くなるとは思わなかった。でもなった。理由はなかった。言葉にするなら、陽翔がいると面白かったから。それだけで良かった。
旧校舎の企画は、その中で実行されただけのものだった。何事も無く終わり、通過していくだけのイベント。だけどそれが最後のものになった。
チャットの最後のメッセージを見る。持ち物リスト。カメラ二台、ライト、三脚。その下に旭が「度胸」と送って、湊がスタンプで泣いていた。最後の会話がこれ。これで最後になるなんて思わなかった。
くだらなくて、楽しくて、何も特別じゃない会話。特別じゃなかったから、気づけなかった。それこそがとても特別で大事なものだったと。
今日、冬馬と朔夜に言ったこと。肝心なこと話してないだろ、と。言いたいこと言えよ、と。自分で言っておいて、自分に返ってくる言葉だった。陽翔にも、言っていないことがたくさんあった。ありがとう、とか。お前といるから楽しい、とか。言わなくてもわかってると思っていた。わかってたはずだ。たぶん。でも確かめる方法は、もうどこにもなかった。
冬馬と朔夜に言ったあの台詞を、あいつらに言ったのか、自分に言ったのか、もうわからなかった。でも言えてよかったと思う。陽翔の話も。焼肉の話も。三脚の話も。言葉にすると、陽翔がまだどこかにいるような気がした。言葉の中に残っているような。消えていないような。
旭はスマホを置いて、天井を見た。自室の天井は白い。部室の一定間隔で穴が空いた変な天井より全然綺麗だ。蛍光灯の傘に虫の影が一つ張り付いている。この天井を、何年見てきただろう。中学から同じ部屋で、同じ天井を見て、同じベッドに寝て。その間ずっと、隣には陽翔がいた。物理的にここにいなかったときも、スマホの向こうにいつもいた。メッセージを送ればすぐ既読がついた。既読が早くて、返信は無い。でも駆け付けて来るのは早い。それが陽翔だった。
今は既読すらつかない。
時計を見た。午後十時半。母親が三十分前に「お風呂沸いてるからね」といつもより優しく声をかけてきた。返事をしないまま放置していた。そろそろ入らないと。明日も朝から集まる。蓮司が映像を見直すと言っていた。何か見つかるかもしれない。無駄に終わってしまうかもしれない。でも四人で集まる。陽翔と湊を諦めない仲間が心強かった。
今日は少しだけ笑えた。コンビニでアイスを食べて、祭りの提灯を見て、陽翔のことを話して。泣きそうになったけど、笑えた。こういう日をもう少しだけ重ねて。お前を探していけば、いつか。
重い体を起こして、タオルと着替えを持って階段を降りた。
家の中は静かだった。居間のテレビが小さく点いている。母親はソファで寝落ちしていた。リモコンが床に落ちている。テレビからはバラエティ番組の笑い声が、ボリュームを絞った状態で流れていた。いつもの風景。自分が生まれて育った場所。
陽翔だけが、いなかった。
