水に還る


 部室を出た後、自販機の前で二人きりになった。
 他の四人は先に階段を降りていて、冬馬と朔夜だけが部室棟の裏手に残っている。校舎裏の自販機は日陰になっていて、少しだけましだった。それでも空気はぬるく、日陰の中にも熱がこもっている。コンクリートの壁に背中をつけると、蓄熱した壁がシャツ越しに背中を灼いた。蝉の声がうるさすぎて、逆に二人の間の沈黙が近くなる。
「嫌なら断れ」
 朔夜が言った。ボタンを押して落ちてきた麦茶のペットボトルを取りながら、冬馬の方を見ずに。
「大げさだって。別にそこまで——」
 冬馬の言葉を、朔夜が遮った。
「お前、昔から水のことになると変だよ」
 短く、静かに。
 冬馬は少しだけ笑った。自分でも硬いとわかる笑い方だった。
「変じゃないし、水の事故って怖いんだよ」
「……」
 朔夜は数秒、何か言いかけるように口を開きかけたあと、冬馬の目を見て、それからわずかに視線を逸らした。
 麦茶のキャップを開けて、一口飲んで、「まあいいけど」とそこで言葉を止めた。
 朔夜はいつもそうだ。冬馬のことを、たぶん他の誰よりよく見ている。でも、どこかで線を引いてその線から近付こうとはしない。
 それは最初からそうだった。中学一年の夏休み明け、教室の隅でぼんやり窓の外を眺めている冬馬を見た時、朔夜は足が止まった。何かを失くした人間の目、顔をしている、と思った。毎朝鏡の前で見る目、自分と同じだと思った。朔夜は「何かあった?」と聞いて、冬馬が首を振っただけで、それ以上は踏み込まなかった。それから三年以上、朔夜は冬馬の隣にいるが、冬馬の奥には触れようとしない。
 冬馬は朔夜の横顔を見た。汗で首筋が光っている。髪の先が風で揺れている。
「行こうよ。みんな待ってる」
 冬馬はそう言って歩き出した。朔夜は少し遅れてついてきた。並び始めた二人の距離は、腕がぶつかるくらい近くなった。どちらも避けなかった。