水に還る


 部室の椅子は六脚あるが、使われているのは四脚だけだった。
 陽翔がいつもカメラを大事そうに飾っていた机の角は空のままで、湊が座っていた場所にも何もない。
窓の外は快晴だ。蝉は今日が最期の日とばかりに一際大きく鳴いている。室内では扇風機の風がぬるく回っていて、汗だけが肌を伝う。空いた椅子の上にも、同じ風が当たっていた。
 湊がいなくなってから、数日が経った。
 警察が動いていた。陽翔と湊、二人の高校生が続けて失踪したことで、地域ニュースでも名前の出ないかたちで事件が触れられ始めている。旧校舎は警察の立ち入り調査が入ったが、陽翔が消えた教室からはやはり何も見つからなかった。水溜まりも靴跡も、何も。陽翔が消えた教室は、ただの埃っぽい空き教室に戻っていた。
 湊のスマホは警察に提出した。公園の池も調べられたが、本格的には調べられなかった。水深は三十センチほどしかなく、人が沈む深さではない。警察には、まず蓮司が何かしたのではないか、と疑われる始末だった。
 蓮司は陽翔のカメラも警察に提出したが、コピーを自分のスマホに残した。連日、事情聴取で拘束されていた蓮司は目に見えて疲れ切っていた。
 その蓮司が最後にドアを開けて入ってきた時、部室の中を見回した。無意識だったかもしれない。人数を数えるような目の動き。四人。四人しかいない。蓮司はそれを確認して、いつもの場所に座った。
「今日は旧校舎には行かない」
 蓮司が言った。「警察が調べている以上、俺たちが入る意味がない」
 冬馬は頷いた。それだけだった。行くべきだとも、行かなくていいとも言えなかった。
「今日は、普通にしよう」
 蓮司が言った。「集まって、普通にしよう。何もない日にしよう」
 普通。その言葉が、数日前とは違う重さを持っていた。普通にしようと宣言しなければならない時点で、もう普通ではなかった。
 でも蓮司はそれを言った。残った人間を守ろうとする人間の、精一杯の言葉だった。蓮司はいつもそうだった。一番辛い時に、自分のことは後回しにして、周りを見る。代表という肩書きがそうさせるのか、蓮司の性格がそうなのか。たぶん両方だった。
 旭は蓮司より先に来ていた。旭が部室に入った時、一瞬だけカメラの予備バッテリーだけが置かれた陽翔の机を見て目を逸らしたのを冬馬は見ていた。今はパイプ椅子に座って、天井を見ている。いつもの姿勢。
旭のTシャツは新しいものに替わっていた。昨日と違う服を着ている。それだけで、少しだが日常が戻っている気がした。
 冬馬と朔夜は窓際にいた。朔夜が先に座って、冬馬がその隣に座る。椅子の間隔が、数日前よりまた少し狭かった。