水に還る


 六人だった夏が、四人になった。
 陽翔と湊。二人が続けていなくなった。
 蓮司が警察に報告した。陽翔に続いて二人目の失踪。警察も今度は動きが速かった。公園の池は調べられたが、水深は三十センチほどしかなく、人が沈む深さではなかった。湊は見つからなかった。警察は首を傾げていた。
 部室に残った四人が座っていた。エアコンのぬるい風が回っている。椅子が二つ余っている。
 旭が黙っている。昨日から言葉が少ない。陽翔がいなくなった時はまだ「迷ってるだけだ」と言えた。でも湊まで消えて、もうその言い訳は使えなかった。
 旭は椅子に深く座って、天井を見ていた。この部室で天井を見るのは旭のいつもの姿勢だったが、今日のそれは昨日までとは違った。何かを考えているのではなく、考えることを止めている顔だった。
「偶然じゃない、よな」
 旭が言った。天井を見たまま。膝の上で拳を握っている。
「なあ。陽翔と湊が続けていなくなるって、偶然じゃないよな。旧校舎に行ったから、こうなったのか。俺たちが行かなきゃ、二人とも——」
 声が途切れた。旭は拳をさらに強く握った。爪が掌に食い込んでいるのが見えた。
「あの日行こうって言ったの、俺もだし。陽翔の企画に乗ったの、俺だし。面白そうって言った。面白そうって。なんだよそれ」
 蓮司が「旭」と名前を呼んだ。それ以上は言わなかった。言えることがなかった。
 蓮司は窓の外を見ていた。窓に映る自分の顔が見えていたのかもしれない。
「俺が電話に出ていれば」
 一度だけ、蓮司が呟いた。声が低かった。普段の落ち着きとは違う、押さえつけているだけの静かさだった。
「先輩のせいじゃないっすよ」
 旭が言った。昨日、蓮司に同じことを言われた人間が、今度は言う側になっている。
 蓮司は答えなかった。鞄の中の陽翔のカメラに手を伸ばし、少し触れて、やめた。
 冬馬の隣に座っていた朔夜のいつもより冷たい手が、冬馬の手の甲にほんの一瞬だけ触れた。指先が重なって、少しの間そうしていた。冬馬は少しだけ目を閉じて、それを受け入れた。
 まだ八月だった。窓の外では蝉が鳴いている。まだ夏の途中。でもいつも一緒にいた六人は、もう欠けた四人になっていた。蓮司は映像をもう一度確認すると言った。何かを見落としているはず、と。カメラをエナメルバッグから取り出して、液晶画面を見つめた。まだ電源は入る。まだ映像は残っている。あの日撮ったもの全てが。
 蓮司の目が、画面の中の六人を追っている。五人を映す陽翔のカメラ。もう回す人間がいないカメラ。蓮司は音量を少し上げた。画面の中から、あの日の足音と笑い声が小さく流れてきた。陽翔の声が聞こえる。湊のびびった声も聞こえる。二人とも、まだそこにいる。画面の中にだけ。
 夕方になった。四人は明日も早く集まることを約束して別れる。
 冬馬と朔夜が並んで帰る。蝉の声がまだ聞こえる。夕日がアスファルトを橙に染めている。住宅地の屋根が光っている。どこかの家の夕飯の匂い。いつも通りの風景。いつも通りのはずの風景。
 でもその中に、もう湊はいない。明日「冬馬先輩、おはようございます」と言う声はない。蓮司の背中を追って小走りで駆ける姿はない。
公園の外灯がいつの間にか点いていた。虫がその光に集まっている。夏の夜の音が、人の声が消えた町の空白を埋めていく。
 その中を冬馬と朔夜は何も言わずに並んで歩いた。腕がぶつかるくらい近い。どちらも避けなかった。朔夜は、冬馬を失うことが怖くなっていた。