旧校舎は、昨日のままそこに立っていた。
灰色の外壁、草に覆われた校庭、板で塞がれた窓。近づくと蝉の声が薄れて、あの湿った空気が体を包む。昨日と何も変わっていない。変わっていないことが、逆に不気味だった。
昨日と同じ窓から中に入る。蓮司が先頭、冬馬と朔夜が続き、旭と湊が後ろ。陽翔がいないから、カメラを回す人間がいない。撮影目的ではなく、純粋な捜索になっていた。
陽翔が消えた教室に直行した。
二階の廊下を進み、あの教室のドアを開ける。
何もなかった。
水溜まりは跡形もなく消えていた。床は乾いた埃に覆われている。机と椅子がばらばらの向きに並んでいるだけ。昨日あれだけ広がっていた冷たい水が、一滴も残っていない。陽翔の靴跡も消えていた。三歩分の足跡が刻まれていたはずの床は、何事もなかったように埃をかぶっている。
「ここだよな? 間違いないよな?」
旭が聞いた。声が硬い。
「間違いない」蓮司が答えた。
「水、どこ行ったんだよ。昨日あんだけあったのに」
誰も答えられなかった。蓮司が床に手をついて確認した。乾いている。湿り気すらない。
「蒸発にしたって、一晩でこんなに?」
蓮司が呟いた。独り言だった。誰にも向けていない問いだった。
校舎の中を一通り探した。一階の教室、二階の教室、廊下、トイレ、理科室、保健室。昨日歩いたルートを全て辿った。
理科室を覗いた時、湊は昨日ほど怯えなかった。骨格模型はまだ棚から飛び出したままだったが、今はそれよりもっと怖いものがあることを知ってしまったから。
蓮司が「ここにはいないな」と言って、足早で一人で別の教室に進んだ時、湊が小さく「先輩」と呼んだ。
「なんだ」
「いえ、なんでもないです。……ちゃんといるか確認しただけです」
「いるよ」
蓮司は振り返らずに答えた。ただし歩く速度を、また少しだけ落とした。
保健室を過ぎ、二階の奥まで行った。封鎖区画の扉も確認した。板は昨日のまま打ちつけられていて、触った形跡はない。板の隙間からは相変わらず冷たい風が吹いている。水音も聞こえる。ただし昨日より弱い気がした。気のせいかもしれない。
屋上への階段は鍵がかかっている。蓮司が取っ手を引いたが動かなかった。
陽翔は、旧校舎のどこにもいなかった。その事実だけが、あの水溜まりのように五人の足元に溜まっていった。
探索中、湊はずっと蓮司のそばにいた。蓮司が教室のドアを開けるたびに、湊は半歩後ろで身構えて、中を覗き込む蓮司の背中を見ていた。何もないとわかると、小さく息を吐く。その繰り返し。
蓮司が暗い廊下の角を曲がる時、一度だけ後ろを振り返った。湊がちゃんとついてきているか確認するように。目が合うと、蓮司は何も言わずに前を向いた。湊は少し走って蓮司に追いついた。
「先輩、ここ暗いです」
「うん。足元気をつけろ」
蓮司がライトを湊の足元に向けた。短いやり取りだけが静寂に響いた。
