水に還る


 陽翔からの連絡は、朝になってもなかった。
 グループチャットの最後のメッセージは、昨日の昼に陽翔が送った「持ち物リスト」のままだ。電話をかけても、昨日の夜と同じく繋がらなかった。
 部室に集まったのは、昨日より二時間早い午前十時だった。
 窓の外は快晴。蝉が鳴いている。エアコンのない部室は相変わらず蒸していて、昨日と同じ夏のはずだった。ただし、椅子が一つ余っている。陽翔がいつもカメラを大事そうに飾っていた机の角が空いている。それだけで部室の空気が違った。
 旭が一番先に来ていた。パイプ椅子に座って、スマホの画面を見つめている。普段は遅刻気味で、いつも誰よりも後に来る。今日は誰よりも早かった。目の下に隈があった。着ているTシャツが昨日と同じだった。
「寝てないだろ」
 蓮司が部室に入りながら優しく言った。旭は顔を上げて、笑おうとした。
「まあ、ちょっと」
 笑えていなかった。唇の端が持ち上がっただけで、目はスマホの画面に戻った。地元密着型のネット掲示板を上から下まで見たと思ったら、陽翔のチャットを何度も開いては閉じている。
 既読がつかないことを確認する行為を、昨日の夜からずっと繰り返していたのだろう。画面をスクロールすると、二人の過去のやり取りが出てくる。くだらない動画のリンク。企画のアイデア。ふざけたスタンプの応酬。全部が昨日までの陽翔だった。
 湊は少し遅れて来た。入り口で一度立ち止まり、部室の中を見回してから入ってきた。陽翔がいないことを確認するように。蓮司の姿を見つけると、少しだけ肩の力が抜けた。
「おはようございます」
「おはよう。よく来たな」
 蓮司が言うと、湊は小さく頷いた。「来ないって選択肢はないです」と言って、蓮司の近くの椅子に座った。
 朔夜と冬馬は一緒に来た。朔夜は冬馬の半歩前を歩いて部室に入り、いつもの窓際に座った。冬馬がその隣に座る。いつもと同じ配置。ただし、いつもより近い。椅子の間隔が少しだけ狭かった。
「昨日の夜も何度もかけたけど、やっぱり繋がらない」
 旭が言った。声がかすれている。昨日の旧校舎で「喉カラカラだ」と笑っていたのとは違うかすれ方だった。
「何回かけた」と蓮司が聞く。
「六十三回」
 誰も笑わなかった。