水に還る


 二階の廊下の奥まで行って、突き当たりにあった階段を降りると、その扉が目に入った。
 他の扉と違って、板が三枚打ちつけてある。釘は錆びて赤黒くなり、板の表面には「立入禁止」と書かれた紙が貼られていた。紙は水に濡れたように波打っていて、文字の半分は読めなくなっている。
 板の隙間から、冷たい空気が流れてきた。今までの湿気とは違う。もっと深い場所の、地下の温度だった。水音がここでは明確に聞こえた。ぽたり、ぽたりではない。もっと低く、広い水面を持つ音。どこかに大量の水が溜まっている。
「ここ絶対撮りたい」
 陽翔がカメラを向けた。蓮司が手で制した。
「これ以上は危ない。床の状態もわからないし、封鎖されてるのには理由がある」
「昔からかっこいい蓮司先輩、お願い! ちょっとだけ」
「絶対駄目だ」
 蓮司の声は静かだったが、語尾が硬かった。陽翔は数秒だけ粘ったが、蓮司の目を見て引き下がった。「絶対駄目じゃ仕方ないか」 とか言いながら、板の隙間にカメラのレンズだけを押し込んで、数秒だけ回した。蓮司はそれ以上は止めなかった。
 湊は扉に近づこうとしなかった。壁に張りついたまま、扉の方を見ないようにしていた。
 冬馬は扉の前に立って、板の隙間を見ていた。隙間の向こうは暗くて何も見えない。ただ、今は冷たい空気だけがゆっくりと体にまとわりついていた。