廊下の奥へ進む。陽翔が先頭で実況をしながらカメラを構え、その横で旭が相槌を打ちながら、蓮司が最後尾で全体を見ている。冬馬と朔夜は真ん中、湊はその少し後ろからライトを照らしていた。
教室を一つずつ覗いていく。最初の教室には、机と椅子がばらばらの向きに残されていた。壁の時計は二時十七分で止まっている。床に古い教科書が数冊落ちていて、陽翔がカメラを向けると、旭がそれを拾い上げた。
「見てこれ、落書きある。すげえ下手な似顔絵」
ページの隅に、丸い顔と棒人間が描かれていた。横に名前のような文字があるが、湿気でにじんで読めない。
「これ、卒業した生徒のやつか。何年前だよ」
旭がページをめくる。数学のノートだった。途中から白紙になっていて、最後のページにだけ「もう学校いやだ」と小さく書いてあった。旭はそれを見て、静かにノートを閉じた。冗談を言いかけた口が、「ごめん」と言ってそのまま閉じた。陽翔もばつが悪そうにカメラを少し下げた。
次の教室は窓が一枚だけ割れていて、そこから蔦が入り込んでいた。緑の葉が教卓の上まで伸びていて、四年という時間を突きつけるようだった。壁には掲示物が残っていたが、紙が水を吸って波打ち、画鋲だけが光っている。「体育祭スローガン」と書かれた紙の下半分は、黴で黒くなっていた。
理科室では、骨格模型が棚から半分飛び出した状態で引っかかっていた。腕の部分が外れて床に落ちている。湊がそれを見た瞬間、小さく悲鳴を上げて冬馬の背中に顔を押しつけた。
「先輩、無理です。あれ無理です」
「勝てるよ、お前には肉もついてる」旭が笑った。
「触るな、崩れる」蓮司が釘を刺した。
陽翔はもちろんカメラを回している。湊のびびりっぷりを撮って「これ使えそう」と満足そうだった。湊が「使わないでくださいよ!」と泣きそうな声を出し、その声がまた廊下に反響した。
保健室のベッドは、マットレスが湿気を吸って膨らんでいた。押すとじわりと水が滲む。枕はカビで黒ずんでいて、そこだけ空気が特に重かった。カーテンが一枚だけ残っていて、風もないのにわずかに揺れていた。揺れているのか、目の錯覚なのか、見ているうちにわからなくなる。
「ここ、やばくない?」
旭が鼻を覆った。
「空気が違うっつーか。息が重い」
「湿度かな」朔夜が言った。「換気されてないんだから当然だ」
その説明は正しいはずだった。正しいはずなのに、廊下に出ると、さっきまでなかった場所に水溜まりができていた。小さな、靴の底ほどの水溜まり。天井に染みはあるが、雫が落ちている様子はない。どこから来たのかわからない水。
誰もそれに触れなかった。避けるように歩いた。
冬馬だけが、一瞬だけそれを見下ろして、目を逸らした。
廊下の途中で、旭が足を止めた。
「はは、やばい。なんかうまく声出ない」
旭が自分の喉に手を当てて笑った。笑っているのに声がかすれている。
「緊張してんのかな。喉カラカラだ」
旭は苦笑いして、冬馬の方を見た。
「冬馬ごめん、水ある?」
冬馬は鞄からペットボトルを出した。旭が受け取って、二口飲む。
「うまー。生き返る」
「あ、ずるい。俺にもくれ」
陽翔がカメラを片手に持ったまま横から手を伸ばした。旭から奪うようにペットボトルを取って、がぶりと飲んだ。喉が動くのが見える。
「お前ら遠慮しねえな」
蓮司が呆れた顔で言った。冬馬が「先輩も飲みます?」と聞くと、蓮司は「いや、俺は自分の持ってきてる」と背負っているエナメルバッグを揺らした。
朔夜は自分の麦茶を飲んでいた。ペットボトルのラベルが違う。冬馬のものには手を出さなかった。
陽翔がペットボトルを冬馬に返す。冬馬はそれを鞄に戻した。
