蛇口から落ちる水が、鈍色の流し台の底を叩いている。
冬馬はしばらくそれを見つめていた。透明な筋が排水口に吸い込まれていくのを目で追いながら、指先だけが妙に冷たいことに気がつく。八月の台所は蒸していた。換気扇が回っていても空気がまとわりつくように重く、窓の外では蝉が鳴いている。水に触れている右手だけがいつまでも温まらなかった。
排水口の暗い穴を見ていると、ときどき、底の方から何かが見返しているような気がする。
気のせいだと言い聞かせる。いつものことだと。
水を止めた。タオルで手を拭きながらスマホを取ると、部活動のグループチャットが動いていた。
——今日部室行く?
——暑すぎて死ぬ
——アイスおごれ
——おごらん
くだらないやり取りが午前中からずっと続いている。スマホの画面の隅で、天気アプリが「34℃」を示していた。
夏休みの真ん中。八月の半ば。予定のない男子高校生が、ただ集まるための口実を探しているだけの会話だった。
冬馬は短く「行く」とだけ打って、家を出た。
玄関を出ると、アスファルトの照り返しが目を刺した。空は白に近い水色で、雲はほとんどなく、空気そのものが熱を持って肌に纏わりついてくる。自転車のサドルは素手で触れないほど熱く、ハンドルのゴムも柔らかくなっていた。タオルを敷いてからまたがり、ペダルを踏む。漕ぎ出した瞬間に額から汗が落ちた。
鞄の中で、ペットボトルの水がかすかに揺れた。
