【シナリオ】封じられ虐げられ続けた異能姫は、仇の家へ嫁ぐ

〇瑞原家・澄乃の部屋・夜
夜更けの部屋。
寝台に横たわる澄乃は、疲れからか深く眠っている。
その頬はまだ痛々しく赤く腫れている。

真紘がその枕元に静かに座り、切なげに澄乃の寝顔を見つめている。
腫れた頬に、そっと手を伸ばしかけ――触れられずに、その手を引く。
真紘の脳裏に、遠い日の記憶が蘇る。

(回想)

〇(回想)瑞原家・庭~居間・昼(十八年前)
抜けるような青空。青々とした木々。
幼い真紘(五歳)と、同じ年の少年・陸が庭を駆け回っている。


「待って! 真紘!」

真紘(幼少期)
「いやだよ、陸が遅いんだろ」

二人が笑いながら転がると、縁側から穏やかな声が響く。
美しい和服をまとった女性・紗江が、お盆を手に微笑んでいる。

紗江
「けんかをしないの。さあ、ふたりとも食事にしましょう」


「はーい、お母様!」

真紘(幼少期)
「紗江さま、今日のおやつは何?」

紗江の隣には、和服を端正に着こなした瑞原の先代当主が、優しく二人を見守っている。
斬代(きりしろ)家の息子である真紘と、瑞原家の息子である陸。二人はいつも兄弟のようにここで過ごしていた。

陸が紗江の着物の袖を引っ張り、目を輝かせる。


「ねえ、お母様。あとどれぐらいで私たちの妹に会えるのですか?」

紗江はふっくらとしたお腹に手を当て、慈しむように微笑む。
真紘もまた、紗江の足元で嬉しそうにその答えを待っていた。

(回想終わり)

〇瑞原家・澄乃の部屋・夜
真紘、静かに目を開ける。
目の前で眠る澄乃の姿。

真紘(心の声)
「……もし、あの時の子が生まれていたら、澄乃ぐらいの年だったはずだ」

やるせない感情が胸を突き上げる。
真紘は血がにじむほど、自分の拳を強く、強く握りしめた。

真紘(心の声)
「十八年前、瑞原の地を襲ったあの火は……一瞬にして、瑞原を灰にした」

当主家族を失った瑞原一族は急速に衰退し、事実上、断絶。
浄化の力を失った瑞原の地からは穢れが広がり、やがて国中へと及び始めた。
皇族は、最上位の裁定一族である「斬代家」の息子――すなわち真紘に、瑞原の立て直しを命じる。

真紘(心の声)
「いくら武力で穢れを抑え込もうとしても、根本的な解決にはならなかった。だが、その裏で不自然に力をつけていく者がいた」

守宮家。
穢れを武力で抑え込む立場だった彼らは、瑞原の滅亡によって「国が依存せざるを得ない唯一の存在」へと成り上がっていった。

真紘(心の声)
「守宮の台頭には、無視できない因果関係がある。……核心はあるのに、決定的な証拠がない」

真紘は、真相を突き止めるために自ら父(斬代家当主)に願い出た時のことを思い出す。

――『俺が瑞原の当主になります』
父は悩み、苦渋の決断の末にそれを許可した。

真紘(心の声)
「守宮の牙城を崩すため、陛下に婚姻の命を出していただき、守宮の娘を瑞原へ縛り付けた。優しく良き夫を演じ、裏から情報を引き出す……そのつもりだった」

真紘、寝台の澄乃を見つめる。
瑞原の冷遇にも耐え、健気に、ただ真っ直ぐに生きようとする彼女の姿。

真紘(心の声)
「なぜ、おまえなんだ。なぜ、澄乃……おまえのような娘を、俺は巻き込んでしまった」

葛藤に胸をかきむしられながらも、真紘は自分に言い聞かせるように冷徹な目を向けようとする。

真紘(心の声)
「……いや、同情は捨てろ。こいつは親友の、瑞原の命を奪った家の娘だ。危険な地に囮として立たせることも、すべては調査のため……。凪代(なぎしろ)の国に、表向きの安定をもたらすための、ただの『芝居』だ」

真紘の脳裏に、祝言の前に交わした澄乃との会話が響く。

――『仲睦まじい夫婦を演じることに、協力してほしい』
そう告げた時の、澄乃の少し寂しげな、けれど覚悟を決めた瞳。

――『……わかりました。この結婚に意味があるのなら、私でお役に立てるのであれば、喜んで演じます』

真紘、小さく息を吐き、部屋の闇に呟く。

真紘
「澄乃……おまえは親友を、瑞原を滅ぼした男の娘だ。なのに、俺は……」

その声は、夜の静寂に切なく消えていった。

(暗転)

〇守宮家・当主の間・夜
重苦しい闇の中。
恒一が机を前に、苛立ちを隠せず激しく足を踏み鳴らす。

恒一
「どうすればあの娘を瑞原から引き離せる……! あのまま瑞原に居座られては、すべてが水の泡だ」

恒一の脳裏に、十八年前の記憶がどす黒く蘇る。

(回想)

〇(回想)守宮家・当主の間・夜(十八年前)
若き日の恒一が、忌々しげに拳を机に叩きつけている。

この国を支える三つの一族。
頂点に立つのは、皇族の血を引く「斬代家」。
その下に、武力を司る「守宮家」と、浄化を司る「瑞原一族」。

恒一(幼少期・心の声)
「なぜだ。命を賭して前線で穢れと戦っているのは我ら守宮だというのに、なぜ斬代の下に甘んじ、瑞原の力に依存せねばならんのだ」

野心に駆られた恒一は、瑞原の先代当主に接触し、密かに持ちかけた。
――『共に手を組み、斬代に代わって我らが頂点に立とうではないか』

しかし、瑞原当主は眉をひそめ、きっぱりとそれを拒絶した。
――『守宮殿、二度とそのような妄言は口にされぬよう』

恒一(心の声)
「拒まれた。ならば、いずれこの企ては斬代に漏れる。……斬代を正面から引きずり下ろすのが無理ならば、国を支える浄化の根幹――瑞原そのものを消し去ればいい!」

瑞原を亡ぼせば、穢れに対処できるのは守宮の武力のみとなる。
国は守宮に依存せざるを得なくなり、やがて斬代に取って代わる。
恒一は暗い笑みを浮かべ、瑞原排除の計画書を握りつぶした。

(回想終わり)

〇守宮家・當主の間・夜
恒一、現実に戻り、冷酷な眼差しで虚空を睨みつける。

恒一
「……彩華ではもう、瑞原 真紘の妻の代わりにはならんか。あの男、何かを感づいているようだが……所詮は瑞原を継いだだけの平民風情。あそこから澄乃を引き離すなど、簡単なことだ」

恒一の口元が、醜く歪む。

恒一
「澄乃を消せばいい。今まで何度も失敗したが……今度は必ず、確実に息の根を止めてやる」

(暗転)

〇瑞原家・中庭・昼
里帰りから戻り、いつもの静かな時間が流れ始めていた。
澄乃は畑の傍らに佇み、ぼんやりと空を見上げている。

守宮家で彩華や父に浴びせられた言葉が、胸に鋭い棘となって刺さったままだ。

――『望まぬ相手を娶らされたのだぞ』
――『おまえは最初から、そこにいてはならぬ存在だったのだ』

澄乃(心の声)
「真紘様は迎えに来てくださった。……けれど、私のために望まない結婚をさせてしまったのなら、私は本当に、ここにいていいのだろうか……」

葛藤に押しつぶされそうになりながら、澄乃は小さくため息をつく。

(暗転)

〇瑞原家・書院の前・昼
澄乃が廊下を歩いている。
その手には、また屋敷に届いていたあの不審な封書。

澄乃(心の声)
「またこの手紙……真紘様にお渡ししなくては」

姿を探して廊下を進むと、少し開いた書院の襖の奥から、低く緊迫した声が聞こえてくる。
澄乃が足を止め、隙間から中を覗き込む。

そこには、普段の軽い態度とは全く違う、鋭く冷徹な表情をした朔弥。
そして、その周囲を固める見知らぬ数人の男たち。
その中心に、これまで見たこともないほど冷徹で、威厳に満ちた「斬代の若き至高者」としての顔をした真紘が立っていた。

真紘
「もう少しだ。守宮の当主は焦っている。必ず自ら次の行動を起こすはずだ」

男の一人
「しかし……奥様(澄乃)はご存知なのですか? ご自身が、守宮を炙り出すための『囮』になっていることを」

澄乃、はっと息を呑み、思わず口元を両手で押さえる。
心臓が破裂しそうなほど激しく脈打つ。

澄乃(心の声)
「私が……囮……?」

真紘は何も答えない。その沈黙が、何よりの肯定だった。

朔弥
「真紘様。どうか危険を冒すようなことはお避けください。あなた様は本来、国の中枢にいるべき人だ」

真紘
「わかっている」

澄乃の頭が、真っ白になっていく。
手から封書がハラハラと床へ落ちる。

真紘が自分に近づいた理由。
優しくしてくれた理由。
あの祝言の意味。

澄乃(心の声)
「私は、お父様の悪事を暴くための、ただの囮……。真紘様は、そんなにも身分の高い、遠いお方だったの……?」

裏切られた絶望と、自分の存在が真紘を騙していたという事実に、胸が引き裂かれそうになる。
これ以上、その場にいることができず、澄乃は涙を流しながら、夢中でその場から走り出した。

廊下を走る澄乃の足音が、遠ざかっていく。

(暗転)

〇瑞原家・結界すぐ外
激しい息を乱しながら、澄乃はただひたすらに走り続ける。
視界は涙で歪み、足元がおぼつかない。
そして、決して出てはならないと言われていた、結界の外だと気づく。

澄乃「……外?!ダメだと言われたのに!!」
そこで澄乃は暗い闇に吸い込まれてしまう。