【シナリオ】封じられ虐げられ続けた異能姫は、仇の家へ嫁ぐ

〇凪代中央府迎賓館・控室・昼
大きな鏡の前に、澄乃は落ち着かない面持ちで立っていた。

身にまとっているのは、幾重にも薄布を重ねた純白のドレス。
胸元には瑞原家の意匠をあしらった繊細な装飾が施され、結い上げた髪には、控えめながらも上質な髪飾りがそっと添えられている。

侍女
「とてもお似合いです、奥方様」

澄乃
「……そうでしょうか」

澄乃は鏡の中の自分を見つめた。

守宮家で身につけるものといえば、古びた着物ばかりだった。
こんな華やかな衣装を着る日が来るなど、かつて一度も想像したことはない。

澄乃(心の声)
【……本当に、これが私なのかしら】

その時、控えめなノックの音が響いた。

侍女
「真紘様がお見えです」

澄乃ははっとして振り返る。

扉が開き、真紘が姿を現した。
そして彼は、澄乃を見た瞬間、わずかに言葉を失う。

純白のドレスに包まれた澄乃は、窓から差し込む光を受けて、息をのむほどに美しかった。

真紘(心の声)
【……綺麗だ】

けれど、その想いが言葉になることはない。

真紘
「そろそろ時間だ」

澄乃
「は、はい」

緊張のあまり、歩き出した澄乃の足元がふらつく。
慣れない長い裾が足に絡んだ。

真紘
「気をつけろ」

真紘はごく自然に手を差し出した。
澄乃は目を見開く。

澄乃
「……え」

真紘
「転ぶぞ」

戸惑いながらも、澄乃はそっとその手に自分の手を重ねる。
真紘は何も言わず、そのまま歩き出した。

手のひらから伝わる温もりに、澄乃の胸のざわめきが少しずつ静まっていく。

〇凪代中央府迎賓館・大広間・昼
国の中心に建つ迎賓館。
高い天井には幾重にも連なるシャンデリアが輝き、磨き上げられた大理石の床には華やかな光が落ちている。

この日、守宮家と瑞原家の婚姻を祝う公式祝賀会が開かれていた。

来賓たちの視線が、一斉に大階段へと集まる。

真紘にエスコートされながら、純白のドレスに身を包んだ澄乃が姿を現した。

女客A
「……あの方が、瑞原家当主夫人」

男客B
「なんとお美しい……」

女客C
「まるで物語から現れた姫君のよう」

澄乃は戸惑いながらも、静かに頭を下げた。

誰も嘲笑しない。
誰も蔑まない。
向けられるのは、祝福と称賛の言葉ばかりだった。

澄乃(心の声)
【どうして……】
【皆、こんな私に優しくしてくださるの……】

少し離れた場所から、真紘はそんな澄乃を見つめていた。

つい先ほどまで強張っていた表情が、今は懸命に微笑みを浮かべ、来賓一人ひとりに丁寧に挨拶を返している。

真紘(心の声)
【あれほど人目を恐れていたのに】
【……よく頑張っている】

気づけば真紘は、無意識のうちに澄乃の姿を目で追っていた。
その視線の意味に、まだ本人だけが気づいていない。

一方、会場の隅では――彩華の表情が徐々に歪んでいく。

彩華(心の声)
【……なに、あれ】
【話が違うじゃない】

彩華が聞かされていたのは、瑞原家は滅びかけ、真紘は粗暴な平民、そして澄乃は厄介払い同然で嫁がされる――そんな話ばかりだった。

だが、現実は違う。

来賓たちは澄乃を祝福し、
真紘は誰よりも人目を引いている。

彩華(心の声)
【本来、あそこに立つのは……】
【私だったのに】

握りしめた拳に、力がこもる。

その隣で、恒一は別のものを見ていた。

会場を満たす穏やかな気配。
祝賀会が始まってからというもの、この場を覆っていた重苦しさが、目に見えて薄れている。

恒一(心の声)
【やはりそうか……】
【澄乃に力がある……!】

冷たい汗が、背を伝った。

【このまま瑞原へ置いてはならん】

暗転。

〇迎賓館・応接室・夕
祝賀会の後。
応接室で、恒一と真紘が向かい合って座っている。

恒一
「ひとつ、お願いがございます」

真紘
「何でしょう」

恒一
「娘を数日、里帰りさせていただきたいのです」

真紘
「お断りします」

恒一の表情が、ぴたりと固まる。

真紘
「澄乃殿は、すでに瑞原家の人間です」
「当面、守宮へ帰すつもりはありません」

恒一は口元に笑みを浮かべた。

恒一
「……そうですか」

だが、その目は少しも笑っていなかった。

暗転。

〇迎賓館・回廊・夜
祝賀会も終わりに近づいた頃。
澄乃は静かな回廊をひとり歩いていた。

そこへ、守宮家の家臣が慌ただしく姿を現す。

家臣
「澄乃様」

澄乃
「どうしましたか」

家臣
「佳代様がお倒れになりました」

澄乃
「お義母様が……?」

家臣
「至急、お戻りいただきたいとのことです」

澄乃は不安げに眉を寄せながらも、やがて小さく頷く。

そしてそのまま、守宮家の馬車へと乗せられてしまう。

〇守宮家・離れ・夜
薄暗い部屋。
澄乃は畳の上に座らされていた。

佳代
「返事は?」

澄乃
「……」

彩華
「離縁すると言いなさい、と言っているの」

佳代
「お前みたいな役立たずが、どうしてあんな素敵な真紘様の隣に立てるのよ」

澄乃はうつむいたまま、何も言えない。

彩華
「祝賀会で笑っていたわね」
「あんな場所で」
「まるで、自分が選ばれた人間みたいに」

澄乃
「私は……」

彩華
「黙って!」

乾いた音が響く。
澄乃の頬が打たれる。

彩華
「本来、あそこに立つのは私だったのよ!」

佳代
「そうよ」
「真紘様だって、本当はお前なんか望んでいない」
「離縁される前に、自分から身を引きなさい」

その時、恒一が静かに口を開いた。

恒一
「真紘には、もともと想い人がいた」

澄乃の肩がびくりと揺れる。

恒一
「陛下の命だから従っただけだ」
「お前を愛しているわけではない」

佳代
「聞いたでしょう?」

彩華
「お前は代役なのよ」
「代役のくせに、幸せになろうなんて思わないで」

澄乃(心の声)
【代役……】
【私は……】
【やっぱり】
【不要な存在なのかもしれない……】

彩華が澄乃の腕を乱暴に掴む。

彩華
「離縁すると言いなさい!」

佳代
「そうすれば、全部丸く収まるのよ!」

彩華
「返してよ!」
「私のものを!」

暗転。

〇守宮家・離れ・翌日
澄乃は監視され、離れに閉じ込められていた。

佳代と彩華は執拗に離縁を迫り、
抵抗するたび、責め立てる言葉を浴びせる。

やがて、彩華がまた澄乃の頬を打とうと手を振り上げた、その時――

真紘
「――手を離せ」

低く、鋭い声。

彩華の動きが止まり、その場の全員が振り返る。

そこに立っていたのは、真紘だった。

彩華
「ま、真紘様……」

真紘
「何をしている」

佳代
「これは守宮家の問題で――」

真紘
「違う」

有無を言わせぬ声音。

真紘
「澄乃は、俺の妻だ」

佳代も彩華も言葉を失う。

真紘はそのまま澄乃の前へ進み出た。

腫れた頬。
乱れた髪。
震える肩。

それを見た真紘の目が、険しさを増す。

真紘
「来い」

だが、澄乃は動けなかった。

守宮で浴びせられた言葉が、胸の奥に絡みついて離れない。

彩華
「騙されないで!」
「その人は、お前なんか好きじゃない!」

佳代
「そうよ!」

恒一
「身の程を知れ」

澄乃の瞳が揺れ、じわりと涙が滲む。

真紘
「澄乃」

その名を、真紘は初めてはっきりと呼んだ。

真紘
「お前は、どうしたい」

静寂が落ちる。

長い沈黙の末――

澄乃
「……帰りたい」

ぽろりと涙がこぼれる。

澄乃
「瑞原へ……」
「帰りたいです」

真紘の表情が、ほんのわずかに和らぐ。

真紘
「そうか」

真紘はそっと澄乃を抱き寄せた。

真紘
「帰ろう」

暗転。

〇馬車の中・夜
瑞原へ向かう帰路。

張りつめていた糸が切れたのか、澄乃は真紘の隣で眠ってしまっていた。

真紘は、そんな澄乃を静かに見つめる。

腫れた頬。
疲れ切った寝顔。

真紘(心の声)
【……すまない】

真紘はそっと手を伸ばし、乱れた髪に触れた。

暗転。

〇瑞原家・澄乃の部屋・深夜
月明かりが差し込む、静かな部屋。

真紘は眠る澄乃を寝台へそっと横たえ、その寝顔をしばらく見つめていた。

やがて静かに目を閉じる。

脳裏に浮かぶのは、十八年前。
まだ幼かった頃の記憶。

瑞原の血を引く妹の誕生を、心待ちにしていたあの日の光景だった――。