【シナリオ】封じられ虐げられ続けた異能姫は、仇の家へ嫁ぐ

〇瑞原家・食堂・朝

朝餉の席。真紘が箸を置き、向かいに座る澄乃を見つめる。

真紘「外へ出てみるか」

澄乃「外、ですか」

真紘「屋敷の中にいても、何をすればいいかはわからないだろう。瑞原がどんな場所か、見ておいた方がいい」

澄乃は少し迷い、それから小さくうなずく。

澄乃「……はい。ご一緒しても、よろしいですか」

真紘
「ああ」

〇瑞原家・中庭・朝

二人が中庭に出る。
朝露に濡れた石畳。手入れはされているが、庭木の葉色はどこか悪く、地面も痩せて見える。

隅には小さな花壇がある。
だが土は黒ずみ、植えられていたらしい草花はほとんど枯れていた。

澄乃は足を止める。

澄乃「……ここも」

真紘「驚いたか」

澄乃「いいえ……でも、少しだけ」

澄乃はしゃがみこみ、そっと土を見つめる。
乾いているわけではない。手入れを放棄された荒れ方とも違う。
けれど、生きものを拒むような重たさがある。

真紘「昔は違ったらしい」

真紘も花壇に目を向ける。

真紘「瑞原はもともと、水も土も豊かな土地だった。社を中心に人が集まり、花も作物もよく育った」

澄乃「……今は」

真紘「穢れの影響が、土にまで残っている」

その言葉に、澄乃はそっと手を引っ込める。

真紘「人が暮らす場所には結界を張っている。だから命に直接の害は抑えられている。だが、土地そのものに沈んだ穢れまでは、完全には払えていない」

澄乃は枯れた花の茎に触れる。
ぱきり、と乾いた音がして折れた。

(地の文)
生きようとして、それでも生ききれなかったもの。
澄乃には、その姿がどこか自分に重なって見えた。

澄乃
「……何か、植えてみてもだめなのでしょうか」

真紘
「試した者いる。何度も」

真紘は少し先の棚を示す。
そこには小さな鉢や道具が整然と並べられている。
使われてきた痕跡だけが、諦めきれていない人の気配を残していた。

真紘「育っても、すぐ弱る。芽が出ないことも多い」

澄乃は棚の上の小袋に目を留める。
草花の種らしい。

澄乃「……これ、使ってもいいですか」

真紘「種か?」

澄乃「少しだけ、試してみたくて」

真紘は意外そうに澄乃を見る。

真紘「花を育てたことがあるのか」

澄乃「大したものではありません。昔、台所の隅で葱や薬草を少し……」


澄乃心の声【守宮家で与えられたものは少なかった。だからこそ私は、ほんの少し残った根や種から、新しく何かを育てることを覚えた】

真紘「……なら、好きに使うといい」

澄乃は小さく頭を下げ、棚から種袋をひとつ取る。
枯れた花壇の隅、まだましに見える場所を選んで、指先で土をやわらかくほぐしていく。

衣の袖が汚れるのも構わず、石をよけ、小さな窪みをつくる。
その手つきは慣れていて丁寧。

真紘は黙って見ている。

澄乃「……せっかくお庭があるのですから、何もないのは少し寂しいですね」
誰にというわけでもなく、澄乃は呟く。
真紘「寂しい、か」
聞こえていたことにハッと我に返る澄乃。しかし、すぐに言葉を紡ぐ。
澄乃「はい。花でも、薬草でも。少し緑があるだけで、気持ちが違う気がします」

澄乃はそう言って、土に種を落とし、そっと指で覆う。
最後に両手を合わせるようにして、軽く土を押さえた。

その瞬間。


黒ずんでいた土の色が、ほんのわずかにだけ、やわらいだ。

澄乃自身は気づかない。
だが、すぐそばで見ていた真紘の目は、それを見逃さなかった。

真紘の表情がかすかに変わる。

真紘(心の声)【……今、何をした?】

澄乃は何も知らぬまま立ち上がり、手についた土を払う。

澄乃「芽が出るといいのですが……」

真紘
「……そうだな」

彼の声は静かだが、その視線は先ほどより深い。

〇瑞原の地・集落への道・午前
屋敷を出て、結界の内側にある集落を歩く二人。人の数は多くない。だが、静かに日々を営んでいる気配
はある。
洗濯物を干す女、井戸水を汲む老人、子どもが小さな桶を抱えて走っていく。
皆、澄乃の存在に気づくと驚いたように目を向けるが、真紘が隣にいるのを見ると深くは詮索しない。
澄乃「......人が……」
真紘「少ないがな」
澄乃「逃げた方が多いのですか」
真紘
「ああ」
真紘は前を見たまま答える。
真紘「穢れが濃くなり始めてから、土地を離れた者は多い。結界の外に近い場所ほど被害も大きかった。家を
捨てた者、親類を頼った者、それぞれだ」
澄乃は遠くの空き家を見つめる。板の打たれた戸、草の伸びた庭、暮らしの残骸。
真紘「残ったのは、ここで生きるしかない者たちと......それでも瑞原を見捨てたくないと思った者たちだ」
その言葉に、澄乃は胸の前でそっと手を握る。

〇瑞原の地・畑跡・午前
かつて畑だった場所。畝は残っているが、土はまだらに黒く、育ちかけた作物はほとんど茶色くしおれて
いる。
一人の年配の男が鍬を手に、黙々と土を返している。
しおれた葉を見つめる澄乃。まだ生きようとしている緑が、余計に痛々しい。実らぬと分かっていても、泥にまみれて鍬を振るい続ける男の背中に、澄乃は胸を締め付けられるようにじっと見入る。

澄乃心の声【ここに暮らす人たちは、だれもまだ諦めていない……】
澄乃は苦しそうに唇を噛み、そっと畑の端に歩み寄る。
澄乃「......あの、何か、お手伝いできることはありますか」
男は二人に気づき、驚いたように目を丸くして、深く頭を下げる。
男「これは......真紘様。......そちらは、新しい奥様でございますか。いえ、奥様、滅相もございません。このような汚れる場所へ......」
澄乃「少しだけでも、させてください」
澄乃はそっと畑の端にしゃがみ、崩れた土を手で寄せる。弱った苗が倒れないように、根元へやわらかく
土をかける。その仕草はとても慎重で、壊れものに触れるようだ。
澄乃(心の声)【せめて、この子たちが少しでも立っていられるように】
胸元で手を握りしめた、そのとき。

畑の土に沈んでいた濁りが、またほんのわずかだけ揺らいだ。葉先が、かすかに持ち上がる。

男「......?」
澄乃は気づかず、ただ苗の姿勢を整えている。
真紘の目が鋭く細まる。
真紘(心の声)【......異能がないと聞いていた。守宮家でも、そう扱われていたはずだ。それなのに】
真紘は土に視線を落す。一瞬だけ、確かに穢れの気配が薄れた。
真紘(心の声)【......偶然、ではない】
男は首を傾げつつも、少しだけ明るくなった苗を見て目を細める。
男「......気のせいか、さっきよりましに見えるな」
澄乃「本当ですか」
男「ええ。気休めでも、ありがたいことです」
澄乃はようく少しだけ表情をゆるめる。
澄乃「育つといいですね」
男「ありがとうございます。奥様」
真紘は何も言わない。だが、その沈黙は先ほどまでとは違う意味を持っていた。


〇瑞原家・廊下~中庭・夕方
夕方。澄乃は一人で廊下を歩いている。ふと朝に種をまいた花壇のことを思い出し、中庭へ向かう。
花壇の隅。朝とまったく同じように見えるが、よく見ると、土の表面がわずかにやわらかくなってい
る。
澄乃
「......気のせい、でしょうか」
しゃがみこみ、そっと水をやる。桶いっぱいではなく、種を流さないように少しずつ、丁寧に。
澄乃(心の声)
【芽が出なくてもいい。せめて、ここに植えたことが無駄じゃなかったと思えたら】
そのとき、背後から声。
真紘
「また見に来たのか」
澄乃は驚いて振り返る。
澄乃
「申し訳ございません、勝手に......」
真紘
「だから、謝らなくていい」
澄乃は少しだけ困った顔になる。
澄乃
「......癖になっているようです」
真紘
「知っている」
真紘も花壇に視線を向ける。
真紘
「植物は好きか」
澄乃
「好き、というほど立派ではありません。ただ......何もないところに、少しずつ色が増えていくのを見るの
が、好きです」
真紘「色が増える、か」
澄乃
「はい。少しだけでも、そこが生きているように見えるので」
真紘は澄乃の横顔を見る。その言葉は、庭のことだけを指しているようには聞こえない。
〇瑞原家・食堂・夜
夜の食事は昼より簡素だが、温かい。澄乃は昼より少しだけ自然に箸を持っている。
真紘
「今日はもう休め」
澄乃
「ですが、何かお手伝いを――」
真紘
「必要ない」
澄乃
「......はい」
真紘
「早く寝なさい」
それは命令のようでいて、どこか優しい響きを含んでいた。澄乃は小さく目を見開く。
澄乃
「......わかりました」
(地の文)休んでいい。無理をしなくていい。早く寝なさい。そんな言葉を向けられるたび、澄乃の中
の“当たり前”が少しずつほどけていく。

〇瑞原家・澄乃の部屋・夜
部屋に戻った澄乃は、そっと戸を閉める。静かな室内。今日もまた、誰にも怒鳴られない夜。
澄乃は寝台の端に腰かけ、両手を膝の上で重ねる。
朝から今まで、誰にも否定されなかった。何をしても責められず、失敗を先回りして咎められることもなかった。
澄乃(心の声)
【変な一日......】
少しだけ、口元がやわらぐ。
澄乃(心の声)

【でも、こわいくらいに穏やかで......少しだけ、安心してしまった】
今日のことをひとつずつ思い返す。台所での言葉、外を歩いたこと、畑の人の顔、花壇にまいた種。そし
て、真紘の「謝るのは君ではない」という声。
澄乃はそっと胸元に手を当てる。

澄乃(心の声)【この場所は......今までとは違う】
そのまま、静かに目を閉じる。昨日よりも少しだけ安らいだ表情で、澄乃は眠りにつく。


〇瑞原家・真紘の自室・夜
暗い私室。机の上には書状が数通、開かれたまま置かれている。だが真紘はそれに目を落とさず、窓辺に
立って夜の庭を見下ろしている。
月明かりの下、中庭の花壇がぼんやりと浮かぶ。
真紘【あの土が和らいだのは、一度じゃない】

朝の花壇、昼の畑。どちらも澄乃が触れたあとで、穢れの気配がわずかに薄れた。
真紘は目を細める。
真紘(心の声)【異能を持たぬ娘。守宮家でそう扱われ、本人もそう信じている。だが、もしあれが異能なら――】
彼の脳裏に、澄乃の戸惑った顔と、静かに苗を支えた手が浮かぶ。

真紘「......澄乃」
その名を、探るように呟く。
真紘「君は、何者なんだ」
夜風が障子を揺らす。答えはまだ、どこにもない。

けれど瑞原の地は確かに、彼女が来てから、わずかに変わり始めていた。

(第五話・了)