【シナリオ】封じられ虐げられ続けた異能姫は、仇の家へ嫁ぐ


〇守宮家・離れの廊下・朝
守宮家の朝。
使用人たちが慌ただしく行き交う中、本邸の側はどこか華やいだ空気に包まれている。
今日は――守宮家の娘が嫁ぐ日。
だが、その祝いの空気は、奥の離れへ近づくほどに薄れていく。

本邸から大きく外れた、薄暗い渡り廊下の先。
澄乃(18)の暮らす離れだけが、静まり返っていた。
古びた木の引き戸。冷え切った畳の上には、花嫁の支度用具など何一つ用意されていない。

その部屋から、澄乃が慌ただしく廊下へ出てくる。
朝から休む間もなく、屋敷中を行き来させられているのだ。
他人の着替えを運び、湯を替え、髪飾りを探し――。
まるで自分の婚礼ではなく、ただの使用人として酷使されている。

佳代の声が、廊下の奥から鋭く響き渡る。

佳代(声)「澄乃! 何をもたもたしているの。彩華の用意がまだ揃っていないでしょう!」
澄乃「申し訳ありません、ただいま!」

澄乃が小走りで廊下を戻り、重い化粧箱を抱えて彩華の部屋へと向かう。

〇守宮家・彩華の部屋
扉を開ける澄乃。
三面鏡の洋風化粧台。大きな姿見。薔薇柄の壁紙に、繊細なレースのカーテン。
陽光の差し込む、贅を尽くした華やかな洋室。

すでに支度の途中らしく、守宮彩華(16)は美しく髪を結い上げ、完璧な化粧まで施されている。
その姿は、まるで彩華自身が主役として嫁ぐかのようだ。
(なぜ自分の結婚の日に、妹がここまで着飾るのか)と、澄乃は内心で冷たい疑問を抱く。

彩華「ちょっと、遅いわよ。私の帯紐、早くしてちょうだい」

澄乃は持ってきた箱から高級な帯紐を取り出し、彩華へ手渡そうとする。
彩華は澄乃の手に目を留め、あからさまに表情をゆがめる。

彩華「それにしても、その手……。あかぎれて赤くなって、本当に見苦しいわね。そんな薄汚い手で、よく人前に出るつもりになれるわ」

澄乃は侮蔑の言葉に反射的に袖で手を隠そうとする。その拍子に、帯紐が手元から滑り、床へと落ちてしまう。

彩華「ちょっと! 私の大切な帯紐をどうして汚すのよ!」

澄乃心の声【それならば自分でやればいい――そう思うけれど、今更そんなことを言っても何一つ始まらない】

澄乃「申し訳ありません……」
彩華「早く今度は髪飾りの箱を取りなさいよ!」

せき立てられ、澄乃は隣にある大きな漆塗りの箱を手にする。中にはきらびやかなリボンや、鼈甲(べっこう)のかんざしが詰まっている。
そこへ、後妻の佳代が冷然と歩み寄ってくる。

佳代「本当にどんくさいわね! やることなすこと、すべてが遅いのよ!」

佳代はそう言い放つと、澄乃の肩を乱暴に突き飛ばす。
体勢を崩した澄乃はよろめき、抱えていた大きな箱を床へ落としてしまう。ガシャリと音を立てて、櫛や布紐が四方八方へ散らばる。

彩華「ああ、もう……不愉快極まりないわ!」

彩華が苛立った顔で一歩踏み出す。

彩華「あんたみたいな無能のために、こちらがわざわざ支度をしてあげているのに、邪魔をするなんて本当に最低ね」

散らばった道具を拾おうと、澄乃が床にしゃがみ込もうとした瞬間。
彩華がその小さな手を、足先で軽く払うようにして――冷酷に踏みつけた。

澄乃「……っ!」

痛みに顔をゆがめる澄乃。

彩華「これで荒れた汚い手も、少しは刺激されて良くなるんじゃないかしら?」

元々あかぎれていた澄乃の指先から、じわりと赤い血が滲み、鋭い痛みが走る。

佳代「彩華、おやめなさい。お前の清らかな足袋が、その無能の汚れた血で汚れてしまうわ」
彩華「あら、そうですわね……」

彩華がフンと鼻で笑って足を退ける。澄乃は痛む手を胸元でそっと押さえ、じっと耐える。

澄乃心の声【いつものことだ。侮られることも、理不尽に命じられることも、傷つけられることも。今日だけが特別なわけじゃない。……けれど、今日は私がこの家を去り、嫁ぐ日なのに】

澄乃は何も言い返さず、唇を噛み締めながら、静かに散らばった髪飾りを拾い集めた。

〇守宮家・広間(昼前)
佳代と彩華の豪華な支度が終わり、ようやく澄乃に婚姻用の着物があてがわれる。
だがそれは、白無垢などではなく、彩華が使わなかった古い反物を仕立て直しただけの、ひどく簡素で地味なものであった。

佳代は澄乃の襟元を直すふりをして、細い爪をその首筋にぐっと食い込ませる。

佳代「せいぜい、その平民上がりの男に夜通し可愛がられたらいいわ」
彩華「ふふ、ずいぶんと年が離れているそうですから、お父様のように、お姉様を『おもちゃ』として可愛がってくれるかもしれませんわね」

澄乃心の声【それは確実に、新たな瑞原の当主を見下し、同時に私をどこまでも貶めるための言葉だった】

醜く嘲笑う二人。
澄乃はただ俯いたまま、きつく拳を握りしめる。
彩華はふと、澄乃の血の気の引いた頬を見つめ、無遠慮にその顎をくいと持ち上げる。

彩華「その顔色の悪さ、どうにかならないの? 本当に幸の薄い死人みたいな顔。まあ、瑞原は国一番の穢れの地。お似合いよ、本当にただの死人になるかもしれないわね」

顎に爪が食い込み、澄乃は痛みに顔をしかめるが、決して抵抗しない。
そして、彩華のその言葉がただの脅しではなく、本物の生命の危機を意味していることを分かっていた。

佳代「まったく、どうして最後の最後まで、こちらが手を焼かなければならないの。平民上がりのくだらない男の迎えなど、我が家の門をくぐらせる必要もないというのに」

――そのとき。
広間の向こうの廊下で、突然、凄まじいざわめきが沸き起こる。
複数の慌ただしい足音が近づき、守宮家の家臣が血相を変えて襖を開け放ち、床にスライディングするように頭を擦りつけた。

家臣「奥様! お、お大変です! 瑞原家からの、お迎えの御方が……既に、門前に到着しております!」

佳代と彩華が驚愕して目を見開く。

彩華「もう!? いくら何でも早すぎるわ!」
佳代「聞いていた時刻より遥かに早いなんて……これだから礼儀の知らぬ平民上がりは!!」

佳代が憤怒の声を上げた、その瞬間。
広間の重い扉が、音もなく静かに開け放たれた。

そこに立っていたのは――瑞原真紘(25)。

隙のない漆黒の軍服を思わせる、圧倒的に端正な装い。
金銀の飾り立てた華美さはないのに、ただそこに存在するだけで、広間の空気を一瞬で支配するほどの苛烈な気配をまとっている。
四十過ぎの醜い老人と聞かされていた彩華は、そのあまりの美しさと気高さに思わず息を呑み、見惚れる。

佳代・彩華「(同時に)……話が、違うじゃない……」

不細工な平民の狂人などでは到底あり得ない真紘の佇まいに、完全に唖然とする二人。
真紘は、そんな彼女たちの動揺など眼中にないかのように、冷徹な視線で広間全体を静かに見渡し――そして最後に、床に座らされている澄乃の姿へ視線を止めた。

乱れた衣、赤く腫れて血の滲む指先、うっすらと残る顎の爪痕。
それだけで、この部屋で何が行われていたのか、真紘が察するには十分すぎるほどの証拠だった。

真紘「……なるほど」

声は低く、そして感情の濁りが一切ない。
だが、そのあまりの冷徹さが、かえって場の空気を極限まで凍りつかせる。

そこへ、異変を察知した守宮恒一が慌てて奥から進み出てくる。

恒一「これは瑞原殿。お迎え、ご苦労――」

真紘は恒一に一瞥もくれず、ただ澄乃から視線を外さない。

真紘「……私の妻になる者に、ここで何をしている」

広間が完全に凍りつく。

佳代「……っ!」
彩華「な、何って……! 私たちが、お姉様の支度を手伝ってあげているのが分からないの!?」

彩華は虚勢を張るように声を荒らげる。
真紘は彩華を怒鳴りつけたりはしない。だが、紡がれる一言一言が、相手の逃げ道を冷酷に塞いでいく刃のようだった。

真紘「花嫁の支度、と言うには――見事な装飾を施されているのはあなた(彩華)であり、床に這わされているのは、こちらのお嬢様(澄乃)ということですね」

真紘の射抜くような視線が彩華に注がれ、彩華は思わず息を詰まらせて一歩下がる。

恒一「瑞原殿、これは……その、我が守宮家の、家の中の事情ゆえ」
真紘「家の内の事情?」

真紘がようやく、恒一へ冷ややかな視線を向けた。

真紘「本日のこの婚姻は、陛下直々の、正式な国命によるものです。澄乃殿は今日この時をもって、瑞原家当主夫人となる御方だ」
佳代「ですが! この娘は我が家では何の異能も持たぬ無能で――」
真紘「ですが、何です」

真紘の遮るような一言に、佳代の言葉が完全に詰まる。

真紘「守宮家の内部の事情がどうであれ、国命で定められた婚姻、ひいては瑞原の当主夫人となる者を、守宮家自ら軽んじるというわけですか」

恒一の顔色が、一瞬にして土気色に変わる。

恒一「……そのような不敬なつもりはない」
真紘「ならば結構」

真紘の言葉はどこまでも穏やかであるのに、その存在感自体が圧倒的に重い。
プライドをへし折られた彩華が、苛立ちを隠せない瞳で一歩前に出る。

彩華「平民上がりの分際で、随分と大きな口をお叩きになるのですね!」
恒一「彩華、おやめなさい!」

恒一が焦って止めるが、真紘は眉一つ動かさない。

真紘「私の立場を決めたのは、他でもない陛下です」

真紘は静かな動作で、軍服の懐から二つの証を取り出した。
一つは、瑞原家当主の正統なる印。
もう一つは、最上位の国璽(こくじ)が鮮烈に刻まれた、正式な婚姻の書状。

真紘「この婚姻も、当主としての私の存在も、すべては絶対なる国命によるもの」

真紘は淡々と、しかし二度と言い訳を許さぬ調子で続ける。

真紘「これ以上の説明は、不要でしょう」

彩華の顔から完全に笑みが消え、佳代も恒一も、ぐうの音も出ずに黙り込む。
そこにあるのは、守宮の家格や感情など遥かに超越した、「陛下の名」そのものだったからだ。

真紘は証を仕舞うと、背後に控えていた黒装束の瑞原の従者たちに、静かに目配せをする。
即座に数人の従者が、巨大な白木の箱を厳かに広間へと運び込んできた。

佳代「……それは、何です?」

箱が静かに開け放たれる。
そこに収められていたのは――息を呑むほどに美しい、純白の白無垢。
繊細な銀糸で紡がれた瑞原の紋様。何枚も贅沢に重ねられた極上のシルク。
窓からの陽光を受けて、まるで新雪のように神聖な輝きを放っている。
守宮家の誰もが、その美しさに言葉を失った。

真紘「澄乃殿。あなたのために用意をしておきました。こちらにお着替えを」

真紘は澄乃へ視線を戻し、最後に守宮家の侍女たちを冷たく一瞥する。

真紘「……早く、支度を始めなさい」

その「支度を」という静かな一言に含まれた圧倒的な怒気とプレッシャーに、今まで縮こまっていた守宮家の侍女たちが、悲鳴を上げるようにして慌ただしく澄乃の周りへ動き出す。

真紘は背を向け、一足先に部屋を出て長い廊下へと向かう。
慌てて恒一たちもその後を追うが、怒りの収まらない彩華が後ろからヒステリックに声を張り上げた。

彩華「平民上がりのくせに、生意気よ!! あんな上等な最高級の着物、一体どこで盗んできたっていうのよ!」
佳代「そうですわ! 潰れかけの瑞原に、あのような贅沢品を用意できる資金などあるはずがありません!」

そのとき、襖が静かに開き、白無垢の着付けを終えた澄乃が姿を現した。
先ほどまで血色悪く見えていた澄乃だったが、真っ白な衣装を纏ったことで、彼女が本来持つ透き通るような色白の肌と、唇に差された鮮やかな紅の美しさが、息を呑むほどに際立っている。

真紘は澄乃を見つめ、静かに声をかけた。

真紘「……準備はいいか?」

澄乃は驚きに目を僅かに見開く。
これまでの人生で、自分に向けられた言葉はすべて「命令」だった。だが、目の前の美しい男は、自分に優しく「問いかけ」をしてくれたからだ。

一拍の間。
澄乃はしっかりと、真紘の瞳を見つめ返し、静かに一歩を踏み出す。

澄乃「……はい。よろしくお願いいたします」

その凛とした美しさに、彩華は嫉妬と困惑で佳代の袖を激しく引っ張る。

彩華「どういうことなの、お母様!? 瑞原の新しい当主は、粗野で、四十を過ぎた醜い男のはずでしょう!?」
佳代「そうよ……! あんた、一体何者なの!? 偽物でしょう!」

佳代が逆上して真紘を指差した、その瞬間。
真紘が冷徹極まりない鋭い視線で、守宮家の面々をバッと睨みつけた。

ドンッ!!!

広間全体に、物理的な風圧を伴うほどの凄まじい「霊力」が爆発的に吹き荒れる。

佳代・彩華「っ……あ……!?」

あまりの圧倒的な威圧感と霊力の重圧に耐えきれず、佳代と彩華、そして周囲の家臣たちが、その場にばさばさと崩れ落ちるようにひざまずかされた。床に手を突き、呼吸を荒くする一同。

恒一(恐怖に震え、小さく呟く)「な、何だこの霊力は……。どうして、瑞原の『平民』が、これほどの神域の力を持っているというのだ……」

その言葉の真意――真紘が瑞原の人間ではなく、最高位の「斬代家」の人間であるということ――にまでは誰も行き着くことができず、ただ守宮家は真紘の圧倒的な力に茫然自失となる。
佳代は床に伏したまま、激しい悔しさと恐怖の表情で澄乃を睨みつける。
恒一はただ、己の野心をへし折られたように苦々しく黙り込むしかない。

けれど、もう二人の門出を止める者は、この家に誰もいなかった。

〇守宮家・庭園~門前(昼)
守宮家の広大な日本庭園。
丁寧に刈り込まれた松。池に架かる風情ある石橋。洋館へと続く渡り廊下。
重厚な瓦屋根の本邸と、最新の西洋建築が混じり合うその景色を、澄乃は歩きながら改めて見つめる。

澄乃心の声【こんなにも、美しい場所だったのね。……だけど、この家で一度だって、私は“娘”として扱われたことはなかった。だから、どんなに綺麗でも、私には何の関係もない場所だったーー】

汚れなき白無垢姿の澄乃が、静かに庭の石畳を歩いていく。
その数歩前を、真紘が軍服の背中を正して無言で歩いている。
一定の距離。振り返ることもない、大きくて冷徹な背中。
周囲では、守宮家の使用人たちが遠巻きに深く頭を下げているが、祝いの言葉を口にする者は一人もいない。
ただ、静かに庭を抜けていく二人の足音だけが、重く響いていた。

やがて、守宮家の巨大な正門が見えてくる。
門前には、瑞原家の紋章が入った最高級の黒塗り自動車。
周囲には、瑞原の供の者たちが一糸乱れぬ態度で静かに控えている。

澄乃は、その巨大な門の前で一瞬、足を止めた。
長年、自分を不遇の檻として閉じ込めていた守宮の屋敷。
その敷居を一歩跨ぎ、外の世界へと越えた瞬間――。
澄乃は、自分でも気づかないほど、小さく、しかし確かな安堵の息を吐き出した。

真紘はわずかに視線を澄乃へ向けたが、何も言わない。
供の者が静かに車の後部座席の扉を開ける。真紘は紳士的なエスコートの動作で、澄乃に乗車を促した。
澄乃は静かに、車内へと乗り込んだ。

〇走行中の車内
重厚な扉が閉まり、静かに滑るように車が走り出す。
窓の向こうで、守宮家の巨大な黒い門が、少しずつ、少しずつ遠ざかり、やがて見えなくなっていく。

車内に流れる、重い沈黙。
澄乃は膝の上で、白無垢の生地をそっと指先で握りしめる。
やがて、何かを決意したように、隣に座る真紘へ向けて静かに口を開いた。

澄乃「……この度は、申し訳ありませんでした」

真紘が、前を見つめたまま視線だけを澄乃に向ける。

澄乃「私の妹や両親が、あなた様に対して大変に無礼な言葉を申しました。……守宮家の娘として、私から深くお詫び申し上げます」

澄乃は、膝に手を当てて深く頭を下げた。
真紘は一瞬、予想外の言葉に、端正な顔をわずかに驚きへと強張らせる。

真紘心の声【守宮家の娘が……この俺に、頭を下げて謝るというのか?】

先ほどまでの守宮家での光景が、真紘の脳裏をよぎる。
実の家族から使用人のように酷使され、誰からも祝われず、ただ冷遇されるがままに動いていた、傷だらけの少女の姿。

真紘「……私に謝る必要はない」

真紘の声は、どこまでも低く、冷たい声音だった。
澄乃はびくりと肩を揺らし、拒絶されたと感じて静かに目を伏せる。

澄乃「……出過ぎたことを申しました」

その縮こまる姿に、真紘は淡々と、凪代の現状を語るように口を開いた。

真紘「この婚姻は陛下の命だ。そして、明確な役割を持っている」
澄乃「役割、ですか……?」
真紘「現在の凪代は、裏で穢れが増加し、各地の結界が不安定になっている。三家による歪んだ均衡が崩れつつある事実に、気づいている者も少なくない」

澄乃は顔を上げ、真紘の横顔に黙って耳を傾ける。

真紘「そんな状況下で、武の守宮と、浄化の瑞原の婚姻は、表向きには国が手を取り合う“安定の象徴”として機能する」

車窓の外を、近代化の進む凪代の賑やかな街並みが流れていく。

真紘「だからこそ、人前においては、我々は仲睦まじい『理想の夫婦』を演じなければならない」

その言葉に、澄乃の表情がわずかに固まる。

澄乃心の声【当然だわ。彼だって、こんな無能な私との結婚なんて望んでいるはずがない。それでも、国の命令だから、役目のために受け入れているだけ――】

“夫婦を演じる”。
澄乃心の声【それはつまり、この婚姻には愛情など一切なく、冷徹な役目の上にだけ成り立つものだということ】

澄乃は再びうつむき、しばらく黙り込む。

澄乃心の声【夢を見る方が愚かしい。でも……】

けれど同時に、澄乃の胸の奥には、守宮家では決して芽生えることのなかった別の感情が静かに宿り始めていた。

澄乃心の声【それでも。もしこの結婚に、国を救うための意味があるのなら。私のような無能な人間にでも、果たせる役目があるというのなら――】

やがて澄乃はゆっくりと顔を上げ、隣に座る真紘を真っ直ぐに見つめた。


澄乃「……承知いたしました、瑞原様」

真紘が、わずかに切れ長の目を細める。
真紘「真紘でいい」

澄乃「かしこまりました。真紘様。この婚姻に国のための意味があり、私のような者でもお役に立てるのであれば――私は喜んで、あなたの妻を演じる努力をいたします」

その声音には、冷遇から逃れるための打算も、強者に媚びるような卑屈さも一切ないように思えた。

真紘の胸の奥が、その澄んだ瞳によってほんの僅かに揺れ動く。

真紘「……そうか」

短い返事。
だが、その冷徹なはずの瞳の中に、澄乃への小さくも確かな“関心”の光が生まれたことを、澄乃はまだ知る由もなかった。

(第2話・了)