【シナリオ】封じられ虐げられ続けた異能姫は、仇の家へ嫁ぐ


〇凪代・中央街・夕方
ガス灯が灯り始める街並み。
和装の男。洋装の婦人。
人力車と、黒塗りの自動車が同じ通りを行き交う。
瓦屋根の向こうを、蒸気機関車の黒煙が激しく横切る。

澄乃モノ「和と洋が入り混じる国――凪代(なぎよ)」

〇路地裏
華やかな大通りから一歩入った、薄暗い路地。
道端に咲いていた白い花が、一瞬にして黒く変色していく。
通行人の女が、その異変に気づき足を止める。

女「……え?」

花がボロボロと音を立てて腐り落ちる。
その奥の闇から、不気味に蠢く黒い靄(もや)のような“何か”が這い出てくる。

澄乃モノ「この国には、“穢れ(けがれ)”と呼ばれる異形が存在する」

女が悲鳴を上げて逃げようと振り返る。
次の瞬間。

ザンッ!!

鋭い白刃が閃き、黒い靄を一刀両断にする。
そこには、守宮(もりみや)家の紋章を背負った青年が、刀を鋭く振り抜いて立っている。
女が涙を流し、その青年に向かって何度も深く頭を下げる。

女「ありがとうございます……! 今のこの国には守宮様しか、希望がありません!」

澄乃モノ「凪代の国には、かつて三つの一族があった」

イメージ映像:古い社。清らかな水面に手をかざし、祈りを捧げる白装束の一族。

澄乃モノ「穢れを根源から鎮める、瑞原(みずはら)一族」

イメージ映像:異形へ刃を振るう武人たち。洋装と和装の意匠が交じる、機能的な戦装束。

澄乃モノ「穢れを武力で抑え込む、守宮一族」

イメージ映像:広大な屋敷の奥。静かに書を広げ、両家を静かに見下ろす高貴な存在。

澄乃モノ「二家を統括し、国の秩序と裁定を司る、斬代(きりしろ)一族」

画面に三家それぞれの紋章が並ぶ。
だが、その紋章のバランスに、パキリとひびが入るイメージ。

澄乃モノ「それが古くから続く、この国の約束だった。……けれど十八年前、何者かの手によって、その均衡は静かに崩れ始めた」

黒い靄が、土地に深く染み込むように広がっていく。

澄乃モノ「少しずつ、少しずつ」

人気のない路地。豪華な屋敷の裏庭。山中の古い祠。
各地で人知れず増殖していく穢れ。

澄乃モノ「時を経た今、国のあちこちで原因不明の穢れが増え、かつての秩序は確実に歪み始めていた。――そして、その歪みは、我が家である守宮の中にも確かに存在していた」

(暗転)

〇広大な守宮家の屋敷・外観(朝)
格式高い瓦屋根の本邸に、近代的な洋風の応接棟が渡り廊下で繋がっている。
格天井の長い廊下。色鮮やかなステンドグラスの窓。重厚なシャンデリア。
古くから続く名家としての威厳と、近代化の華やかさを併せ持つ圧倒的な邸宅。

――だが。
その裏手にある、日当たりの悪い使用人用の裏庭だけは、冷え切った空気が漂っていた。

〇同・使用人用の裏庭
薄暗い井戸。高く積み上げられた薪。湿った土間。
朝の刺すような冷気の中、守宮澄乃(18)が重そうな水桶を抱えて歩いている。
粗末な木綿の着物姿。冷水で赤く荒れた指先。
その姿は、およそ名家の令嬢には見えない。

使用人たちが澄乃とすれ違う。
だが、誰も澄乃と目を合わせようとせず、関わることを恐れるように視線を逸らして通り過ぎていく。

使用人A(ひそひそ声)「本当に守宮の娘なのかしら……」
使用人B(ひそひそ声)「異能も霊力もないのにね。形だけでしょ」
使用人C(ひそひそ声)「奥様も彩華様も、あれを家族とは思っていらっしゃらないわよ」

澄乃はそれらが聞こえていても、表情一つ変えない。

澄乃心の声【守宮家の娘など名ばかり】

澄乃、洗い終えた地味な布を黙々と抱える。

澄乃心の声【守宮の異能を持たない“無能”として、私はこの家で、ただ息をしているだけ】

一瞬、幼い頃の記憶がフラッシュバックする。
泣いている自分に差し伸べられない手。冷たく背を向ける父。

澄乃心の声【母の出自もわからない。ただそれだけで、私はずっと、この家にはいないものとされているーー】

そこへ、目の覚めるような華やかな絹の衣をまとった守宮彩華(16)が現れる。
その後ろには、お付きの侍女を数人従えている。

彩華「あら、まだそんなことをしていたの? 相変わらず手際が遅いわね」

彩華は澄乃の濡れた手元に視線を向け、あからさまに不快そうに表情をゆがませる。
澄乃は静かに視線を落とし、深く頭を下げる。

澄乃「申し訳ありません。すぐ片づけます、彩華様」
彩華「ほんとうに見苦しいわ。とても守宮の名を持つ人間とは思えない。……ああ、でもそうよね。お前の母親は身寄りのない孤児だものね。血が汚れているのかしら」

後ろの侍女たちが、口元を隠してくすくすと言い知れぬ笑い声を漏らす。

彩華「せめてお父様のお客様の目につかない場所にいてもちょうだい。家の恥ですもの」
澄乃「……はい」

彩華は満足そうに鼻で笑い、踵を返す。
その華やかな背を見送る澄乃の顔には、もう悔しさすら浮かばない。ただ、諦めに慣れきった瞳だけがあった。

〇守宮家・食堂(昼)
高い天井の洋風食堂。
大きな窓には重厚な刺繍の花柄カーテン。壁際には西洋風の飾り棚とアンティークの古時計。暖炉の上には金縁の大きな鏡が飾られている。
長い食卓には、美しく磨かれた銀食器が整然と並び、名家らしい格式と圧倒的な財力を感じさせる。

その中央。
守宮恒一が新聞へ厳しい目を落としている。
上質な和装に洋風のベストを合わせた姿。座っているだけで、この家の絶対的な支配者であることが伝わってくる。

その隣には、後妻の佳代。
優雅に紅茶を口にしながら、冷え切った目で給仕をする使用人たちへ顎で指示を飛ばしている。

さらにその傍らには、彩華。
淡い桃色の華やかな着物を着こなし、守宮家の“愛される令嬢”として何不自由なく育てられてきたことが見て取れる。

和と洋が混じり合った美しい空間。だが、そこにある空気だけは異様に張り詰めていた。

佳代「……あなた、どうなさったの? 先ほどからずいぶんと不機嫌ですけれど」
彩華「お父様、何かあったのですか?」

彩華も、いつもは自分に甘い父のただならぬ気配に首を傾げる。
恒一は新聞を重々しく机に置く。

恒一「陛下より、直々の文が届いた。……新たな瑞原家の当主が決まったそうだ」
彩華「へえ、あの一度は滅びたっていう、あの瑞原家? でも、あそこはもう呪われた土地なんでしょう? 今まで誰が当主になってもどうにもできなかったじゃない」

彩華は他人事のように、目の前の美しい菓子に手を伸ばす。

佳代「それが我が家となんの関係が? 穢れの討伐なら、我が守宮が十分に行っていますのに」
恒一「国命として、守宮家の娘を、その新たな瑞原の当主へ嫁がせよ、と――」

室内が一瞬、水を打ったように静まり返る。

佳代「嫁がせるですって!?」

佳代と彩華が驚いて目を見開く。しばしの重苦しい沈黙。
恒一は彩華をまっすぐに見つめる。

恒一「彩華、お前が嫁ぎなさい」

彩華の顔から一瞬で血の気が引く。

彩華「そんな……嫌ですわ!!」
恒一「陛下のご命令だ。我が守宮といえど、拒むことはできん」

彩華は勢いよく立ち上がり、食卓に身を乗り出す。

彩華「私は絶対に嫌です! 新しい当主って言ったって、どうせ今までみたいに、その辺にいた身寄りのない老人でしょう!?」

その問いに、恒一は苦々しく絞り出すように声を出す。

恒一「……平民上がりだが、異能の腕っぷしが相当に達者な男らしい」
佳代「なんですって!? それはただの、素性の知れない荒くれた平民ということではありませんか!」
彩華「嫌よ!! どうして私なの!? そんな恐ろしいところに嫁がせて、お父様は平気なのですか!?」

信じられないと言わんばかりに食ってかかる彩華。恒一は苦渋の表情で黙り込む。

彩華「……そうだわ、澄乃だって一応、この家の娘でしょう? あの子を行かせればいいじゃない!」
恒一「それは、できん」
彩華「なぜです!?」

恒一は佳代や彩華には言えない「瑞原に関する裏の事情」があるのか、一瞬だけ視線を険しく彷徨わせ、言葉を濁す。

恒一「陛下の命だ。あんな異能も持たない何もできない娘を我が家の代表として出せば、守宮の娘が『無能』だと世間に知られ、家の立場が……」
彩華「守宮の立場より、私の命の方が大切じゃないの!? 瑞原が国で一番穢れが蔓延る恐ろしい場所だってこと、お父様だって知っているでしょう!?」
佳代「そうですわ、あなた! 彩華は守宮の正統な令嬢です。瑞原の地に立ち入った者は、穢れに当てられて命すら落とすという噂もあるのですよ。そんな地獄へ彩華を遣わすなど……!」

恒一は、苛立ちを抑えるように拳を強く握りしめる。

恒一「陛下の御前での命令だと言っているだろう!」
佳代「陛下の御命は『守宮の娘との婚姻』でしょう!? それなら、ちょうどいい生贄がいるではありませんか! どうして彩華にばかりそんな残酷な話をなさるのです!」

恒一の表情が、さらに険しく歪む。
重苦しい、長い沈黙。
やがて、恒一は大きくため息をついた。

恒一「……仕方がない。澄乃を嫁がせる」

〇同・食堂の前
扉の向こうの廊下で、いつでもお茶を注げるようにと控えていた澄乃が、ぴくりと肩を揺らす。
エプロンの裾をギュッと握りしめる。

澄乃心の声(さっきまで、あれほど彩華が嫌がっていた恐ろしい場所への結婚……)

澄乃はそっと目を伏せる。

澄乃心の声(けれど、私が拒んだところで、何が変わるわけでもない……)

〇守宮家・食堂
佳代がふっと満足そうに口元を緩める。

佳代「……ええ、それがよろしいわ。あの子ならちょうどいい」
彩華「そうよ、お父様。澄乃も一応、この家の血を引く娘(むすめ)ですものね」
佳代「異能もない、ただの居候同然のあの子なら、向こうでどうなろうと痛くも痒くもありませんわ。むしろ彩華が嫁いで、万が一にも瑞原の力が大きくなれば、守宮が舐められてしまいますもの」

恒一は感情の読めない顔で大きく息を吐き出す。

恒一「澄乃。入りなさい」

扉が静かに開き、澄乃が姿を現す。

澄乃「……お呼びでしょうか、お父様」

恒一は澄乃を真っすぐに見据える。その眼差しに、父親らしい情愛は一欠片もない。

恒一「お前の婚姻が決まった」

澄乃の瞳がわずかに見開かれる。立ったまま、エプロンを握る手に力がこもる。

恒一「相手は、瑞原家の新当主だ」
佳代「名誉なことと思いなさい。無能なお前を、一族の当主様が娶ってくださるのだから」
彩華「お姉様には、ちょうどお似合いの不気味な場所ですもの。おめでとうございます」

澄乃「……瑞原家……ですか」

澄乃心の声【十八年前の火事で、瑞原の一族はすべて滅びたと聞いている。穢れを根源から抑える瑞原が焼かれたことで、あの地は荒れ果て、今の世は不安定になったーーー】

澄乃が黙り込んでいると、恒一が机を叩く。

恒一「不満か!?」
澄乃心の声(不満ですと答えたところで、私の行く場所なんてどこにもないのに)
澄乃心の声(でも、どこにいても同じね……。この守宮にいても、瑞原に行っても、私は誰の役にも立たない娘なのだからーー)

恒一「陛下のご命令だ! 守宮の娘として、大人しく従ってもらう!」
佳代「どうせこの家にいても、穀潰しで何の役にも立たないのだから、少しは家に貢献しなさい」

自分が心の中で思ったことと全く同じ冷酷な言葉をぶつけられ、澄乃の唇に自嘲気味な笑みが浮かびそうになる。

彩華「むしろ私たちに感謝してほしいくらいですわ。お姉様にもようやく、ゴミ以外の『存在意義』ができたのですもの」

澄乃は感情を悟られないよう、深く息を吐き出す。

澄乃心の声【守宮家の娘でありながら、守宮の力を持たない私。父にとっても、この家にとっても、私は最初から不要で、彩華の身代わりでしかないのだ】

恒一「返事は」

澄乃は一瞬だけ目を伏せ、それから静かに顔を上げる。その瞳には、諦めの中に奇妙な決意が宿っている。

澄乃「……承知いたしました」

彩華がホッとしたように、邪悪で美しい笑みを浮かべる。

佳代「フン、聞き分けだけはいいのね」
恒一「数日中には迎えが来るそうだ。荷物をまとめて支度をしておけ」
澄乃「はい」

澄乃は静かに、深く頭を下げた。

〇守宮家・澄乃の部屋・夕方
屋敷の最果てにある、ひどく狭く質素な小部屋。
小さな使い古された文机と、古い箪笥があるだけ。
澄乃は一人、小さな風呂敷に荷をまとめている。着替えも持ち物も、驚くほど少ない。

澄乃(小声で)「嫁ぐ……」

ポツリと呟き、小さく息を漏らす。

澄乃「そう言えば聞こえはいいけれど。これはただの、厄介払いね」

ふと、荷物を詰める手が止まる。
箪笥の奥から、幼い頃に母が遺してくれたという、古びた小さな髪飾りが出てくる。
澄乃はそれを愛おしそうに両手で見つめる。

澄乃「この家で、必要とされたことなんて、一度だってなかった」

脳裏に浮かぶ、父に激しく叱責される幼い自分。佳代に冷酷に見下ろされる姿。彩華に嘲笑われる日々。

澄乃心の声【もしかしたら、あの瑞原の地へ嫁いだ方が、今よりはマシなのかしら……】

だが、すぐにその微かな希望を打ち消すように首を振る。

澄乃心の声【……そんなわけないわね。私みたいな無能な人間が、穢れの巣窟である瑞原に入れば、明日をも知れぬ命。戦う術も、自分を守る術も、何一つ持たないのだから】

澄乃は自嘲気味に小さく笑い、その髪飾りをそっと荷物の奥へ仕舞い込む。
そして、窓の外の夕焼けに向かって、小さく深呼吸をした。

澄乃「お母様。あの日、なんとしても生き続けると約束したけれど……その約束、守れないかもしれません」

〇別の日・守宮家・廊下・夜
出立を明日に控えた、静まり返る夜。
澄乃が静かに廊下を歩いていると、向こうから彩華が現れる。結婚の押し付けに成功し、昼間よりも格段に機嫌が良い。

彩華「あら、お姉様」

澄乃、足を止める。

彩華「明日にはもう、この家を出ていかれるのね」
澄乃「……ええ」

彩華は満面の笑みを浮かべる。それは妹らしい親愛の情ではなく、完全な勝者の笑みだ。

彩華「安心いたしましたわ。これでようやく、明日から我が家がすっきりと美しくなりますもの」

澄乃は何も言わず、ただ静かに彩華を見つめる。

彩華「向こうへ行っても、守宮の名を汚さないでちょうだいね。まあ、お姉様に何ができるとも思えませんけれど。……あ、そうそう」

彩華は意地悪く目を細め、澄乃の耳元に顔を近づける。

彩華「知ってる? 瑞原の新しい当主は、もう歳が四十を超えた醜い男だとお父様から聞いたわ。人を人とも思わず、気に入らないことがあれば些細なことで部下を切りつける狂人だそうよ。せいぜい、初夜の前に首を切り落とされないように気をつけることね」

澄乃は、彩華の目を真っ直ぐに見据えたまま、静かに口を開く。

澄乃「……私が切られた方が、あなたにとっては嬉しかったんじゃないの?」
彩華「っ……!?」

初めて澄乃から明確に反抗的な言葉を返され、彩華はカッと顔を真っ赤に染める。
プライドを傷つけられた激昂のまま、彩華は手を振り上げる。

パチンッ!!!

激しい音が廊下に響き渡る。
澄乃の白い頬が、赤く腫れ上がる。
だが澄乃は悲鳴をあげることもなく、打たれた頬を静かに手で押さえながら、毅然とした瞳で彩華をじっと見据え続ける。
その揺るがない瞳に、彩華は逆に恐怖を覚えたように一歩後ずさる。

彩華「な、何よその目は……! あんたみたいな無能、瑞原の化物に切り刻まれて死ねばいいのよ!! あんな呪われた場所でね!!」

彩華は捨て台詞を吐き、激しい足音を立てて逃げるように去っていく。
静まり返る廊下で、澄乃は冷えていく頬を押さえながら、ただ静かに前を見つめていた。

〇瑞原の地・夜
月明かりが不気味に照らす、荒れ果てた広大な土地。
崩れかけた巨大な鳥居。打ち捨てられ、腐食した社。かつてここに大一族が生きていたという痕跡だけが、骸骨のように静まり返っている。
地に沈殿するような、重く濁った黒い気配。空気を吸うだけで肺が爛れそうなほどの穢れ。

その荒廃した地の中心に、一人の男が毅然と立っている。
身分の高い者、それも軍の重鎮であると一目でわかる漆黒の軍服。
一切の無駄がない美しい立ち姿。月光に照らされた、冷ややかだが恐ろしいほどに整った横顔。

その男――斬代真紘(25)。
現在は「瑞原真紘」としてこの地に君臨している。

真紘は、大地の底から這い上がってくる穢れの濃厚な気配を見下ろす。

真紘「……ひどい有様だな」

ゴォ、と不気味な夜風が吹き抜け、社の千切れた注連縄(しめなわ)が激しく揺れる。
真紘は、軍服の懐から一通の厳重に封印された書状を取り出す。そこには最高位である陛下の紋章。
そこに記された文字を、冷徹な瞳で確かめるように見つめる。

――“婚姻”。瑞原の名を継ぎ、その地で穢れを鎮めよ。
――そのうえで、守宮の娘を妻として娶れ。

真紘の薄い唇から、自嘲気味な低い息が漏れる。

真紘「ずいぶんと、こちらの思惑を見透かしたような無茶な命だ……」

ガルルル……と、遠くの闇から獣のような、だが人間が歪んだような不気味な異形の唸り声が響き渡る。
真紘は書状を静かに仕舞い、腰に帯びた漆黒の刀の柄へ、流れるような動作で手を添える。

真紘「平民上がりの荒くれ当主に、名門守宮の、異能を持たぬ不遇の令嬢、か」
真紘「向こう(守宮)にとっても、体面ばかりを気にする奴らにとっては愉快な話ではないだろうな」

バリバリと音を立て、社の奥の闇から巨大な蜘蛛のような形をした「穢れ」が実体化し、真紘へ向けて牙を剥く。
だが、真紘の瞳は微塵も揺るがない。まっすぐ前を見据えたまま、刀を静かに引き抜く。

真紘「……だが、そんなことは関係ない」
真紘「今の瑞原に必要なのは、腐った体面ではない。……生き残ることだ」

月光の下、真紘が一歩踏み出し、目にも留まらぬ神速の一閃で巨大な穢れを文字通り一撃で一刀両断にする。
激しい爆風とともに、黒い靄へと霧散していく穢れ。

闇と冷たい月光を背負い、刀の血を払う真紘の圧倒的な強者としての姿。
真紘は刀を鞘に収め、まだ見ぬ遠くの空を見つめる。

真紘「守宮の娘。――お前は、どんな顔をしてこの地へ来る」

冷徹な拒絶か、あるいは微かな期待か。
彼の凍てつく視線の先に、明日、過酷な運命とともにやってくる花嫁の姿があった。

(第1話・了)