【シナリオ】封じられた異能姫は、仇の家へ嫁ぐ

〇凪代の国・各所・朝~夜

和と洋が溶け合った、美しくもどこか不穏な国――凪代。

瓦屋根の上を走る影。洋館の窓辺に吊るされた札。人知れず蠢く、黒く濁った気配。

人々の暮らしのすぐそばに、誰にも知られてはならぬ“穢れ”がある。

澄乃モノ
「凪代の国には、表には知られていない三つの一族がある」

古い社。清らかな水面に手をかざす白装束の一族。

澄乃モノ
「穢れを根源から鎮める、瑞原一族」

異形へ刃を振るう武人たち。洋装と和装の意匠が交じる戦装束。

澄乃モノ
「穢れを武力で抑え込む、守宮一族」

そして、広大な屋敷の奥。静かに書を広げ、両家を見下ろす存在。

澄乃モノ
「二家を統括し、秩序と裁定を司る、斬代一族」

三家の紋が並ぶ。

澄乃モノ
「それが古くから続く、この国の約束だった」

その紋に、ひびが入るイメージ。

澄乃モノ
「……けれど十八年前、何者かの手によって、その均衡は静かに崩れ始めた」

黒い靄が、土地に染み込むように広がっていく。

澄乃モノ
「少しずつ、少しずつ」

人気のない路地。屋敷の裏庭。山中の祠。各地で増えていく穢れ。

澄乃モノ
「時を経た今、国のあちこちで原因不明の穢れが増え、かつての秩序は確実に歪み始めていた」

暗転。

澄乃モノ
「――そして、その歪みは、守宮の家の中にもあった」

〇守宮家・裏庭・朝

由緒ある守宮家の屋敷。だが表の華やかさとは裏腹に、裏庭の一角はひどく冷えて見える。

桶の水を運ぶ澄乃。地味な着物姿。手は赤く荒れている。

使用人たちが、澄乃を見ても目を逸らす。

使用人A(ひそひそ)
「本当に守宮の娘なのかしら」

使用人B
「異能もないのにね」

使用人C
「奥様も彩華様も、あれを家族とは思っていないでしょう」

澄乃は聞こえていても、表情を変えない。

澄乃モノ
「守宮家の娘、澄乃」

澄乃、洗い終えた布を抱える。

澄乃モノ
「けれど私は、守宮の異能を持たない“無能”として、この家で生きている」

一瞬、幼い頃の記憶。差し伸べられない手。背を向ける父。

澄乃モノ
「母の出自もわからない。ただそれだけで、私はずっと、この家の外にいる」

そこへ、華やかな衣をまとった彩華が現れる。後ろに侍女を従えている。

彩華
「あら、まだそんなことをしていたの?」

澄乃、軽く頭を下げる。

澄乃
「申し訳ありません。すぐ片づけます」

彩華、澄乃の手元を見る。濡れた布、荒れた指先。

彩華
「ほんとうに見苦しいわね。守宮の名を持つ者の手とは思えない」

侍女たちがくすくす笑う。

彩華
「せめて目障りにならない場所にいてちょうだい。お父様のお客様にでも見られたら、家の恥だもの」

澄乃
「……はい」

彩華は満足そうに踵を返す。

その背を見送る澄乃の顔に、悔しさは出ない。ただ、慣れきった静けさだけがある。

〇守宮家・座敷・昼

重々しい空気の座敷。守宮家当主である父、その隣に継母。少し離れて彩華が座っている。

家臣が、恭しく文を差し出す。

家臣
「陛下より、急ぎのご沙汰にございます」

父が書状を開く。目を走らせた瞬間、表情が変わる。

継母
「……あなた?」

彩華
「お父様、何があったのですか」

父は低い声で読み上げる。


「新たな瑞原家当主が決まった。国のため、守宮家の娘のいずれかを瑞原へ嫁がせよ――」

室内が静まり返る。

継母
「瑞原、ですって……?」

彩華の顔から血の気が引く。

彩華
「そんな……」


「陛下のご命令だ。拒むことはできん」

彩華、勢いよく身を乗り出す。

彩華
「嫌です!」

父も継母も、彩華を見る。

彩華
「あんな滅びかけの地へ行くなんて、絶対に嫌! どうして私なのですか!?」

継母
「そうですわ。なぜ彩華がそのような目に遭わねばならないのです」

父は眉を寄せる。


「守宮家の娘を出せとの仰せだ。当然、彩華――」

彩華
「いやです! 穢れまみれの土地へ嫁ぐなんて……しかも相手は、あの瑞原の新当主でしょう!? 平民上がりだと聞きました!」

継母
「守宮の正統たる彩華を、そんな場所へ? ありえません」

父、苛立ちを抑えるように拳を握る。


「陛下の命令だと言っている」

継母
「なら、なおのこと体面を考えるべきです。彩華は守宮家の顔。軽々しく差し出してよい娘ではありません」

父の表情が、さらに険しくなる。

重い沈黙。

そのとき父の脳裏に、ある顔がよぎる。


「……ならば」

彩華と継母が息をのむ。


「お前でいいだろう」

障子の向こうに控えていた澄乃が、ぴくりと肩を揺らす。

継母
「……ええ、それがよろしいですわ」

彩華、安堵したように息を吐く。

彩華
「そうですわ。澄乃なら」


「陛下の命を果たせる。守宮家の体面も保てる。彩華の立場も傷つかん」

継母
「異能もない、あの子ならちょうどいいではありませんか」


「澄乃。入りなさい」

障子が開く。澄乃、静かに座敷へ入る。

澄乃
「……お呼びでしょうか」

父は澄乃を見下ろす。その眼差しに父親らしい情はない。


「お前の婚姻が決まった」

澄乃の目がわずかに見開く。


「相手は、瑞原家の新当主」

継母
「名誉なことと思いなさい」

彩華は口元を押さえ、笑みを隠している。

彩華
「お姉様には、ちょうどお似合いですもの」

澄乃、彩華を見る。続いて父を見る。

澄乃
「……瑞原、へ」


「不満か」

澄乃
「いえ」


「陛下のご命令だ。守宮の娘として、従ってもらう」

継母
「どうせこの家にいても、何の役にも立たないのだから」

彩華
「むしろ感謝してほしいくらいですわ。お姉様にもようやく、存在意義ができたのですもの」

澄乃の袖の下で、指先がきゅっと握られる。

澄乃モノ
「守宮家の娘でありながら、守宮の力を持たない私」

澄乃モノ
「父にとっても、この家にとっても、私は最初から“代わりのきくもの”でしかない」


「返事は」

澄乃は一瞬だけ目を伏せ、それから静かに顔を上げる。

澄乃
「……承知いたしました」

彩華がほっとしたように笑う。

継母
「聞き分けだけはいいのね」


「明日には発て。余計なことは考えるな」

澄乃
「はい」

澄乃、深く頭を下げる。

その姿は従順そのものだが、伏せられた瞳の奥だけが、かすかに揺れている。

〇守宮家・澄乃の部屋・夕方

屋敷の中でもひどく質素な小部屋。小さな文机と、古い箪笥だけ。

澄乃は一人、荷をまとめている。着替えも、持ち物も、驚くほど少ない。

澄乃モノ
「嫁ぐ」

澄乃モノ
「そう言えば聞こえはいいけれど、これはきっと厄介払いだ」

ふと手が止まる。幼い頃に使っていた小さな髪飾りが出てくる。

澄乃、それを見つめる。

澄乃モノ
「この家で、望まれたことなど一度もなかった」

父に叱責される幼い自分。継母に冷たく見られる姿。彩華に笑われる日々。

澄乃モノ
「それでも……」

窓の外。夕焼けの向こう、遠くの空が不穏に黒ずんでいる。

澄乃モノ
「瑞原へ行けば、何かが変わるのだろうか」

澄乃は髪飾りをそっと荷に入れる。

小さく、深呼吸。

澄乃
「……変わる、のではなく」

澄乃、目を閉じる。

澄乃
「変えなければ」

自分でも意外そうに、その言葉を噛みしめる。

〇守宮家・廊下・夜

出立前の静かな夜。

澄乃が廊下を歩いていると、向こうから彩華が現れる。昼間よりも機嫌が良い。

彩華
「お姉様」

澄乃、立ち止まる。

彩華
「明日にはもう、この家を出るのね」

澄乃
「……ええ」

彩華は微笑む。その笑みは、妹らしいものではなく、勝者のものだ。

彩華
「安心したわ。これでようやく、家の中がすっきりするもの」

澄乃は何も言わない。

彩華
「向こうへ行っても、守宮の名を汚さないでちょうだいね。まあ、お姉様に何ができるとも思えないけれど」

澄乃
「そうですね」

彩華、わずかに眉をひそめる。言い返されると思っていたのかもしれない。

澄乃
「私は何も持っていませんから」

彩華
「……」

澄乃
「だからこそ、失うものもありません」

彩華が一瞬、言葉に詰まる。

澄乃は軽く頭を下げ、そのまま彩華の横を通り過ぎる。

彩華は振り返り、澄乃の背を見つめる。

彩華
「……何よ」

その背中が、なぜか少しだけ遠く見える。

〇瑞原の地・夜

月明かりに照らされる、荒れ果てた土地。

崩れかけた鳥居。打ち捨てられた社。かつて人が生きていた痕跡だけが、静かに残っている。

地に沈殿するような、濁った気配。空気が重い。

その前に、一人の男が立っている。

身分の高い者とわかる軍服。無駄のない立ち姿。冷ややかな横顔。

男――真紘。

真紘は、足元の穢れの気配を見下ろす。

真紘モノ
「……ひどいな」

風が吹き、社の注連縄がかすかに揺れる。

真紘、懐から一通の書状を取り出す。陛下の紋。

そこに記された文字を、確かめるように見る。

“婚姻”

真紘の目がわずかに細まる。

真紘モノ
「瑞原を継げ」

真紘モノ
「穢れを鎮めろ」

真紘モノ
「そのうえ、守宮の娘を娶れ――か」

彼は自嘲気味に小さく息を吐く。

真紘
「ずいぶんと、欲張りな命令だ」

遠くで、獣のような唸り声が響く。

真紘は書状をしまい、腰の得物に手を添える。

真紘モノ
「平民上がりの当主に、名門の娘」

真紘モノ
「向こうにとっても、愉快な話ではないだろう」

黒い靄が、社の奥でうごめく。

真紘、まっすぐ前を見据える。

真紘モノ
「だが、そんなことは関係ない」

真紘モノ
「今の瑞原に必要なのは、体面ではなく、生き残ることだ」

彼の前方、闇の中で穢れが形を成し始める。

真紘
「来るか」

月光の下、真紘が一歩踏み出す。

真紘モノ
「守宮の娘」

真紘モノ
「――お前は、どんな顔をしてここへ来る」

闇と月を背負った真紘の姿。

その視線の先に、まだ見ぬ花嫁の気配だけがある。