ユウキのBARは、もう閉店していた。
表の看板は落としてある。
シャッターを半分だけ下ろした店内に、カウンターの明かりだけが残っていた。
それでも四人は、まだ帰る気になれなかった。
営業中のざわつきが引いたあとの店は、妙に静かだ。
氷の溶ける音と、グラスの底が木に触れる小さな音だけが、やけに近く聞こえる。
カウンターにグラスが四つ並んでいる。
それだけで、なんとなく安心する夜があった。
MIUはスツールに座って、いつもより少しだけ背筋を伸ばしていた。
長い黒髪が、吊り下げられたランプの光を受けて、艶っぽく揺れる。
黒レースのミニワンピースは、店の照明だといつもより少しだけ大人びて見えた。
「似合うじゃん、その席」
カイが隣から言う。
「何、今日」
MIUが笑う。
「今日のMIUちゃん、なんかBARの女みたい」
「なにそれ、いつもより高く売れそうってこと?」
「そうそう」
「なんかやだぁ」
そう言いながら、MIUは楽しそうだった。
笑うたび、肩の細いストラップが少しだけずれる。
カイがそれを見て、すぐに指先で直す。
「いやでも、マジで今日かわいいって。髪つやっつやだし」
「ありがと。カイが乾かしてくれたからでしょ」
「そうだけど、そう言われると照れるな」
「おまえ、すぐ照れるよな」レンが煙草を咥えたまま言う。
そのくせ、自分はさっきからMIUの横顔ばかり見ている。
「レンくんは褒めないよね」
MIUが口を尖らせる。
「レンくん目が褒めてる、着た瞬間ガン見してたじゃん」
カイがすぐ横から刺す。
レンが少しだけ眉を寄せる。
「おまえうるせえな」
「図星じゃん」
「うるせえ」
言い返しながら、
レンは新しいグラスをカウンターの上で滑らせるみたいにMIUの前へ寄越した。
口は悪いのに、MIUの前の酒だけは、いつも切れない。
「ありがと」
MIUが自然に受け取る。
その受け取り方まで、もう何度も繰り返したものみたいだった。
ユウキはカウンターの向こうで、黙って氷を足した。
誰も頼んでいないのに、
MIUのグラスの氷が減るタイミングも、
レンの煙草の切れ目も、
カイが次に甘い酒を飲みたがることも、
もう身体が勝手に覚えていた。
考えなくても、四人でいる形になる。
それが、あまりにも自然すぎた。
ユウキは手元のグラスを拭き上げ、視線だけをカイに向けた。
「カイ、それ三杯目だろ」
「違う、二・五」
「なんだよ二・五って」
「半分はMIUちゃんが飲んだ」
「言い訳が小学生なんだよ」
ユウキが呆れたように鼻で笑うと、カイは救いを求めるように隣のMIUを振り返る。
「でも飲んだよね?」
「ちょっとだけ?」
「ほら」
「ほらじゃねえよ」レンが笑って、煙を細く吐く。
その煙がランプの光に溶けて、店の空気を少しだけやわらかくした。
店の中は静かだった。
部屋のネオンとは違う、少しだけよそ行きの空気。
でも四人だけになると、それもすぐ崩れる。
ここは、部屋とも外とも違う。
帰りたくない夜にだけ開く、
四人の避難所みたいな場所だった。
MIUがカウンターに頬杖をついて、
グラスの中の氷を指でくるくる回す。
「まだ帰りたくない」
ぽつりと落ちる。
たぶん誰かが先に言うのを、みんな少し待っていた。
その役を、結局いつもMIUが引き受ける。
レンが金髪をかき上げて、鼻で笑った。
「当たり前だろ」
少しだけ間を置いて、
グラスを持ち上げる。
「こんな夜、終わらせられるかよ」
誰も文句を言わなかった。
グラスが、カチンと小さく触れ合う。
MIUが笑うと、
それだけで三人の視線が自然にそっちへ寄る。
ユウキはその光景を、
カウンター越しに見ていた。
たぶん、ずっと見ていた。
見慣れているはずなのに、
その夜は妙に、全部が綺麗だった。
笑っている顔も、
グラスを持つ指も、
煙草の煙も、
カウンターに肘をつく姿勢も、
誰かが誰かに向ける視線も。
それぞれ勝手なのに、
なぜか四人でいる時だけ、ひとつの形になっていた。
完成されすぎている、と思った。
その言葉が先に浮かんで、
ユウキは少しだけ嫌な気持ちになった。
完成しているものは、
壊れる時も、たぶん綺麗に壊れる。
「てかさ」
カイが突然、カウンターの上のコースターをくるくる回し始める。
「この四人、客観的に見たらだいぶ変だよな」
「今さら?」
MIUが笑う。
「いや、でもさ。店の外から見たら、たぶん意味わかんないじゃん。女ひとりに男三人で、しかも全員距離感おかしいし」
「おまえが一番おかしい」レンが即答する。
「えー、俺だけ?」
「おまえだけじゃないけど、おまえはおまえで別方向に変」
「何それ」
「うるさいし」
「ひど」
カイが不服そうに頬を膨らませる。
その横で、MIUがくすくす笑っていた。
「でも、ちょっとわかる」
グラスの縁を指でなぞりながら、MIUが言う。
「なんか、普通ではないよね」
「不名誉すぎる」
「でも嫌じゃない」
その一言で、また少しだけ空気が静かになる。
誰も、嫌じゃなかった。
それどころか、
たぶん全員が、この形を気に入っていた。
好きだった、じゃなくて、
この形でいると、少しだけ生きやすかった。
それが四人とも同じだったから、
たぶん、余計に離れにくかった。
外へ出たのは、MIUが急に「ネオン浴びたい」と言い出したからだった。
「なにそれ」
ユウキが笑いながら言う。
「わかんないけど、今日なんか浴びたい」
「光合成みたいに言うなよ」
「歌舞伎町で育つ植物なんでしょ、私」
「いや、雑草でももうちょい健康だろ」
レンが言うと、MIUが肩を揺らして笑う。
カイは「それはそう」と勝手に頷いていた。
歌舞伎町の路地は、まだ熱を持っていた。
夜中なのに明るい。
どこを見ても、ピンクや青や紫の光がにじんでいる。
その真ん中を、四人で歩いた。
MIUが真ん中。
左にカイ。
右にレン。
ユウキは少し後ろ。
誰が決めたわけでもないのに、
自然とその並びになる。
ユウキは少し後ろから、その背中を見ていた。
黒髪がネオンを受けて、ところどころ紫っぽく光る。
カイの虹色は派手すぎるくらい派手で、
レンの金髪は夜の中でも妙に目立った。
その真ん中でMIUだけが、するりと輪郭を持っている。
三人とも全然違うのに、
真ん中にMIUがいるだけで、ちゃんと同じ画面に見えた。
MIUが黒レースのミニワンピースの裾を軽く摘んで、
「これ、今日かわいくない?」と振り返る。
「かわいいかわいい」カイがすぐに食いつく。
「その丈、神。足ほっそ」
「軽いんだよなあ」レンが言いながらも、
歩道の段差でふらついたMIUの腰を、当たり前みたいに支えた。
「危な」
「ありがと」
「その酒癖でヒール履くなよ」
「うるさい」
「しかもそれ、あと一歩でパンツ見えるだろ」
ユウキが後ろから言うと、MIUがすぐ振り返る。
「見えないもん」
「ギリギリすぎるんだよ」
「大丈夫だって」
「その“だいじょうぶ”毎回信用ならねえんだよな」カイが笑いながら口を挟む。
「でも今日のこれはマジで当たり。俺、今日のMIUちゃんかなり好き」
「ありがと」
「顔もいいし、髪もいいし、脚もいい」
「褒めすぎ」
「事実だから仕方ない」
「キモ」レンが即座に切る。
「でもレンくんもさっきからめっちゃ見てるじゃん」
「見てねえよ」
「見てる見てる」
「おまえらうるせえ」
MIUが笑う。
その笑い声につられて、ユウキも少しだけ口元を緩めた。
やり取りの全部が、もう手癖みたいだった。
カイがはしゃいで、
虹色の髪を揺らしながら前に出る。
「てかさ」振り返って、両手を広げる。
「ポリアモリーって言葉、めっちゃかっこよくない?」
レンが即座に笑う。
「また始まった」
「いや、ほんとに。なんかこう……」カイが酔った頭で一生懸命説明しようとする。
「恋愛ってもっと、チーム戦でよくね? みたいな」
「意味わかんねえ」
「いや、でもわかるかも」MIUが笑いながら口を挟む。
「なんか、私たちってさ」
そこで少しだけ言葉を探す。
それから、何でもないみたいに笑った。
「ちょっと変で、めっちゃ完成してるよね」
その言い方に、
三人とも一瞬だけ黙った。
誰も否定しなかった。
たぶん、全員少しだけ同じことを思っていた。
完成していた。
このまま、ずっと続くみたいに。
部屋も、酒も、夜も、
変な買い物も、喧嘩にもならない言い合いも、
誰かが酔って、誰かが世話をして、
気づけば朝になっているみたいな生活も。
何も約束していないのに、
たぶん全員、少しだけ信じていた。
だからユウキはその時、
理由もなく、急に残したくなった。
この並びを。
この光を。
この夜を。
なくなるかもしれない、と思ったわけじゃない。
むしろ逆だった。
あまりにも当たり前すぎて、
このままだと、永遠にあるものとして雑に扱ってしまいそうで、
それが妙にもったいない気がした。
それに少しだけ、
今ここで残しておかないといけない気もした。
理由は、わからなかった。
「待って」
声をかけると、三人が同時に振り返る。
ユウキはスマホを取り出した。
「なに、撮るの?」
MIUが嬉しそうに言う。
「今日のMIU、残しときたい」
言ってから、少しだけ気まずくなった。
カイがすぐに「うわ、言うじゃん」と笑い、
レンが「キモ」と小さく言う。
「でもわかる」カイがすぐ続ける。「今日、なんか完璧だもん」
「なにそれ」MIUが笑う。
「いや、ほんと。今日の四人、かなりいい感じ」
「四人って言い方もキモいな」
「レンくん、それ今日ずっと照れてるだけじゃん」
「うるせえ」
でも、誰も離れなかった。
むしろ自然に、いつもの形へ収まっていく。
MIUが真ん中で笑う。
レンが肩を抱く。
カイが腰へ腕を回す。
ユウキの手が、後ろから黒髪に少しだけ触れる。
ネオンの下で、四人の腕が自然に重なる。
誰も、欠けていない。
シャッター音が、小さく鳴った。
画面の中の四人は、
絡み合うみたいに寄り添っていた。
少し酔って、少し浮かれて、
でもその並びだけは妙に自然で、
最初からそういう生き物みたいに見えた。
MIUが写真を覗き込んで、
息を弾ませるみたいに笑う。
「あたりまえに狂ってて最高〜!」
「褒めてんのかそれ」レンが笑いながら肩を抱き直す。
カイが「最高だな」と言って、
MIUの髪をぐしゃぐしゃに崩す。
「やだ、やめて!」
「いや、こういうのもかわいい」
「やだ~」
笑いながら逃げようとするMIUを、
レンが雑に引き戻す。
「危ねえから走んな」
「走ってないし」
「いや、今のはちょっと走ってた」
「ユウキくんまで言う」
その夜は、まだ続いた。
どこかへ寄ったかもしれないし、
そのまま部屋へ帰ったのかもしれない。
帰ってから、また飲み直したかもしれないし、
ベッドの上でだらだら写真を見返して、
「これ盛れてる」「盛れてない」で揉めたかもしれない。
でも四人とも、たぶん少しも疑っていなかった。
また次もあると。
また、こういう夜が来ると。
終わるわけがないと思っていた。
──カイの寝息が、部屋に静かに響いている。
ユウキはソファの前で、立ち止まっていた。
『I♡歌舞伎町』のネオンは消していない。
その下の細い棚には、景品やキーホルダーが並んでいる。
壁に貼った一枚の写真の中で、
四人はまだ笑っていた。
ネオンのピンクが少し色を飛ばして、
あの夜の輪郭だけを、ぼんやり浮かび上がらせている。
誰も、欠けていない。
そのはずの形が、
今は紙の中にしか残っていない。
ユウキはしばらく動かなかった。
写真の中の四人は、
今にもまた同じ夜を始めそうな顔をしている。
それが少しだけ、腹立たしかった。
やがて、ゆっくりと息を吐く。
丸テーブルの上の缶チューハイに手を伸ばし、
プルタブに指をかける。
朝の光が、レースのカーテンの向こうで、
少しずつ白み始めていた。
(第4話「完成された夜」おわり)
表の看板は落としてある。
シャッターを半分だけ下ろした店内に、カウンターの明かりだけが残っていた。
それでも四人は、まだ帰る気になれなかった。
営業中のざわつきが引いたあとの店は、妙に静かだ。
氷の溶ける音と、グラスの底が木に触れる小さな音だけが、やけに近く聞こえる。
カウンターにグラスが四つ並んでいる。
それだけで、なんとなく安心する夜があった。
MIUはスツールに座って、いつもより少しだけ背筋を伸ばしていた。
長い黒髪が、吊り下げられたランプの光を受けて、艶っぽく揺れる。
黒レースのミニワンピースは、店の照明だといつもより少しだけ大人びて見えた。
「似合うじゃん、その席」
カイが隣から言う。
「何、今日」
MIUが笑う。
「今日のMIUちゃん、なんかBARの女みたい」
「なにそれ、いつもより高く売れそうってこと?」
「そうそう」
「なんかやだぁ」
そう言いながら、MIUは楽しそうだった。
笑うたび、肩の細いストラップが少しだけずれる。
カイがそれを見て、すぐに指先で直す。
「いやでも、マジで今日かわいいって。髪つやっつやだし」
「ありがと。カイが乾かしてくれたからでしょ」
「そうだけど、そう言われると照れるな」
「おまえ、すぐ照れるよな」レンが煙草を咥えたまま言う。
そのくせ、自分はさっきからMIUの横顔ばかり見ている。
「レンくんは褒めないよね」
MIUが口を尖らせる。
「レンくん目が褒めてる、着た瞬間ガン見してたじゃん」
カイがすぐ横から刺す。
レンが少しだけ眉を寄せる。
「おまえうるせえな」
「図星じゃん」
「うるせえ」
言い返しながら、
レンは新しいグラスをカウンターの上で滑らせるみたいにMIUの前へ寄越した。
口は悪いのに、MIUの前の酒だけは、いつも切れない。
「ありがと」
MIUが自然に受け取る。
その受け取り方まで、もう何度も繰り返したものみたいだった。
ユウキはカウンターの向こうで、黙って氷を足した。
誰も頼んでいないのに、
MIUのグラスの氷が減るタイミングも、
レンの煙草の切れ目も、
カイが次に甘い酒を飲みたがることも、
もう身体が勝手に覚えていた。
考えなくても、四人でいる形になる。
それが、あまりにも自然すぎた。
ユウキは手元のグラスを拭き上げ、視線だけをカイに向けた。
「カイ、それ三杯目だろ」
「違う、二・五」
「なんだよ二・五って」
「半分はMIUちゃんが飲んだ」
「言い訳が小学生なんだよ」
ユウキが呆れたように鼻で笑うと、カイは救いを求めるように隣のMIUを振り返る。
「でも飲んだよね?」
「ちょっとだけ?」
「ほら」
「ほらじゃねえよ」レンが笑って、煙を細く吐く。
その煙がランプの光に溶けて、店の空気を少しだけやわらかくした。
店の中は静かだった。
部屋のネオンとは違う、少しだけよそ行きの空気。
でも四人だけになると、それもすぐ崩れる。
ここは、部屋とも外とも違う。
帰りたくない夜にだけ開く、
四人の避難所みたいな場所だった。
MIUがカウンターに頬杖をついて、
グラスの中の氷を指でくるくる回す。
「まだ帰りたくない」
ぽつりと落ちる。
たぶん誰かが先に言うのを、みんな少し待っていた。
その役を、結局いつもMIUが引き受ける。
レンが金髪をかき上げて、鼻で笑った。
「当たり前だろ」
少しだけ間を置いて、
グラスを持ち上げる。
「こんな夜、終わらせられるかよ」
誰も文句を言わなかった。
グラスが、カチンと小さく触れ合う。
MIUが笑うと、
それだけで三人の視線が自然にそっちへ寄る。
ユウキはその光景を、
カウンター越しに見ていた。
たぶん、ずっと見ていた。
見慣れているはずなのに、
その夜は妙に、全部が綺麗だった。
笑っている顔も、
グラスを持つ指も、
煙草の煙も、
カウンターに肘をつく姿勢も、
誰かが誰かに向ける視線も。
それぞれ勝手なのに、
なぜか四人でいる時だけ、ひとつの形になっていた。
完成されすぎている、と思った。
その言葉が先に浮かんで、
ユウキは少しだけ嫌な気持ちになった。
完成しているものは、
壊れる時も、たぶん綺麗に壊れる。
「てかさ」
カイが突然、カウンターの上のコースターをくるくる回し始める。
「この四人、客観的に見たらだいぶ変だよな」
「今さら?」
MIUが笑う。
「いや、でもさ。店の外から見たら、たぶん意味わかんないじゃん。女ひとりに男三人で、しかも全員距離感おかしいし」
「おまえが一番おかしい」レンが即答する。
「えー、俺だけ?」
「おまえだけじゃないけど、おまえはおまえで別方向に変」
「何それ」
「うるさいし」
「ひど」
カイが不服そうに頬を膨らませる。
その横で、MIUがくすくす笑っていた。
「でも、ちょっとわかる」
グラスの縁を指でなぞりながら、MIUが言う。
「なんか、普通ではないよね」
「不名誉すぎる」
「でも嫌じゃない」
その一言で、また少しだけ空気が静かになる。
誰も、嫌じゃなかった。
それどころか、
たぶん全員が、この形を気に入っていた。
好きだった、じゃなくて、
この形でいると、少しだけ生きやすかった。
それが四人とも同じだったから、
たぶん、余計に離れにくかった。
外へ出たのは、MIUが急に「ネオン浴びたい」と言い出したからだった。
「なにそれ」
ユウキが笑いながら言う。
「わかんないけど、今日なんか浴びたい」
「光合成みたいに言うなよ」
「歌舞伎町で育つ植物なんでしょ、私」
「いや、雑草でももうちょい健康だろ」
レンが言うと、MIUが肩を揺らして笑う。
カイは「それはそう」と勝手に頷いていた。
歌舞伎町の路地は、まだ熱を持っていた。
夜中なのに明るい。
どこを見ても、ピンクや青や紫の光がにじんでいる。
その真ん中を、四人で歩いた。
MIUが真ん中。
左にカイ。
右にレン。
ユウキは少し後ろ。
誰が決めたわけでもないのに、
自然とその並びになる。
ユウキは少し後ろから、その背中を見ていた。
黒髪がネオンを受けて、ところどころ紫っぽく光る。
カイの虹色は派手すぎるくらい派手で、
レンの金髪は夜の中でも妙に目立った。
その真ん中でMIUだけが、するりと輪郭を持っている。
三人とも全然違うのに、
真ん中にMIUがいるだけで、ちゃんと同じ画面に見えた。
MIUが黒レースのミニワンピースの裾を軽く摘んで、
「これ、今日かわいくない?」と振り返る。
「かわいいかわいい」カイがすぐに食いつく。
「その丈、神。足ほっそ」
「軽いんだよなあ」レンが言いながらも、
歩道の段差でふらついたMIUの腰を、当たり前みたいに支えた。
「危な」
「ありがと」
「その酒癖でヒール履くなよ」
「うるさい」
「しかもそれ、あと一歩でパンツ見えるだろ」
ユウキが後ろから言うと、MIUがすぐ振り返る。
「見えないもん」
「ギリギリすぎるんだよ」
「大丈夫だって」
「その“だいじょうぶ”毎回信用ならねえんだよな」カイが笑いながら口を挟む。
「でも今日のこれはマジで当たり。俺、今日のMIUちゃんかなり好き」
「ありがと」
「顔もいいし、髪もいいし、脚もいい」
「褒めすぎ」
「事実だから仕方ない」
「キモ」レンが即座に切る。
「でもレンくんもさっきからめっちゃ見てるじゃん」
「見てねえよ」
「見てる見てる」
「おまえらうるせえ」
MIUが笑う。
その笑い声につられて、ユウキも少しだけ口元を緩めた。
やり取りの全部が、もう手癖みたいだった。
カイがはしゃいで、
虹色の髪を揺らしながら前に出る。
「てかさ」振り返って、両手を広げる。
「ポリアモリーって言葉、めっちゃかっこよくない?」
レンが即座に笑う。
「また始まった」
「いや、ほんとに。なんかこう……」カイが酔った頭で一生懸命説明しようとする。
「恋愛ってもっと、チーム戦でよくね? みたいな」
「意味わかんねえ」
「いや、でもわかるかも」MIUが笑いながら口を挟む。
「なんか、私たちってさ」
そこで少しだけ言葉を探す。
それから、何でもないみたいに笑った。
「ちょっと変で、めっちゃ完成してるよね」
その言い方に、
三人とも一瞬だけ黙った。
誰も否定しなかった。
たぶん、全員少しだけ同じことを思っていた。
完成していた。
このまま、ずっと続くみたいに。
部屋も、酒も、夜も、
変な買い物も、喧嘩にもならない言い合いも、
誰かが酔って、誰かが世話をして、
気づけば朝になっているみたいな生活も。
何も約束していないのに、
たぶん全員、少しだけ信じていた。
だからユウキはその時、
理由もなく、急に残したくなった。
この並びを。
この光を。
この夜を。
なくなるかもしれない、と思ったわけじゃない。
むしろ逆だった。
あまりにも当たり前すぎて、
このままだと、永遠にあるものとして雑に扱ってしまいそうで、
それが妙にもったいない気がした。
それに少しだけ、
今ここで残しておかないといけない気もした。
理由は、わからなかった。
「待って」
声をかけると、三人が同時に振り返る。
ユウキはスマホを取り出した。
「なに、撮るの?」
MIUが嬉しそうに言う。
「今日のMIU、残しときたい」
言ってから、少しだけ気まずくなった。
カイがすぐに「うわ、言うじゃん」と笑い、
レンが「キモ」と小さく言う。
「でもわかる」カイがすぐ続ける。「今日、なんか完璧だもん」
「なにそれ」MIUが笑う。
「いや、ほんと。今日の四人、かなりいい感じ」
「四人って言い方もキモいな」
「レンくん、それ今日ずっと照れてるだけじゃん」
「うるせえ」
でも、誰も離れなかった。
むしろ自然に、いつもの形へ収まっていく。
MIUが真ん中で笑う。
レンが肩を抱く。
カイが腰へ腕を回す。
ユウキの手が、後ろから黒髪に少しだけ触れる。
ネオンの下で、四人の腕が自然に重なる。
誰も、欠けていない。
シャッター音が、小さく鳴った。
画面の中の四人は、
絡み合うみたいに寄り添っていた。
少し酔って、少し浮かれて、
でもその並びだけは妙に自然で、
最初からそういう生き物みたいに見えた。
MIUが写真を覗き込んで、
息を弾ませるみたいに笑う。
「あたりまえに狂ってて最高〜!」
「褒めてんのかそれ」レンが笑いながら肩を抱き直す。
カイが「最高だな」と言って、
MIUの髪をぐしゃぐしゃに崩す。
「やだ、やめて!」
「いや、こういうのもかわいい」
「やだ~」
笑いながら逃げようとするMIUを、
レンが雑に引き戻す。
「危ねえから走んな」
「走ってないし」
「いや、今のはちょっと走ってた」
「ユウキくんまで言う」
その夜は、まだ続いた。
どこかへ寄ったかもしれないし、
そのまま部屋へ帰ったのかもしれない。
帰ってから、また飲み直したかもしれないし、
ベッドの上でだらだら写真を見返して、
「これ盛れてる」「盛れてない」で揉めたかもしれない。
でも四人とも、たぶん少しも疑っていなかった。
また次もあると。
また、こういう夜が来ると。
終わるわけがないと思っていた。
──カイの寝息が、部屋に静かに響いている。
ユウキはソファの前で、立ち止まっていた。
『I♡歌舞伎町』のネオンは消していない。
その下の細い棚には、景品やキーホルダーが並んでいる。
壁に貼った一枚の写真の中で、
四人はまだ笑っていた。
ネオンのピンクが少し色を飛ばして、
あの夜の輪郭だけを、ぼんやり浮かび上がらせている。
誰も、欠けていない。
そのはずの形が、
今は紙の中にしか残っていない。
ユウキはしばらく動かなかった。
写真の中の四人は、
今にもまた同じ夜を始めそうな顔をしている。
それが少しだけ、腹立たしかった。
やがて、ゆっくりと息を吐く。
丸テーブルの上の缶チューハイに手を伸ばし、
プルタブに指をかける。
朝の光が、レースのカーテンの向こうで、
少しずつ白み始めていた。
(第4話「完成された夜」おわり)
