運の悪いことに、その商売敵が『ウチ』の調査途中の土地に目をつけているらしい。なんでも、その土地のすぐ近くには有名な縄文時代の遺跡があり、もしかすると関わりがあるのかもしれないということだ。冗談じゃないと思った。
僕は社長直々の命によって(もっとも、これだけ小さい会社ならそんなことよくあるのだが)、事務所の名前が入った車を運転して現地調査に赴く運びとなった。まだ出社して一時間と経っていない。通勤にも車を使うし、日々の業務の約半分がデスクワークなのだからできるなら運転という座り仕事は回避したかった。しかし業務の一環なのだからしょうがない。
事務所から番号の札が付いた鍵を一つ借り受け、駐車場に停まっている銀色の古い型の車に乗り込んだ。乗り込もうとした。何者かが、開けようとしたドアを無理に閉じてしまったのだ。ぎょっとして手の伸びた方に向くと、僕の苦手な人物がいかにも不機嫌そうに立っていた。不機嫌そうな年増女は、名前を井上育子といった。はっきり嫌いな人物の一人だ。井上は僕の名前を不機嫌そうに一つ呼んで、呼んだ後にはそれが忌々しい呪文でもあるかのように唇を曲げた。
「これからどこへ行くの」
質問を投げてきた。僕は定石に従って返答をした。
「実地調査です。二週間前からの調査依頼をかけられているところで、縄文時代の遺跡が近いので付近に痕跡らしきものがないか調べに向かうんです」
そんなこと、と井上はわざとらしくため息をついてから言った。
「そんな仕事、あなたなんかに任せるわけないじゃない。あなたはまだここに来て二年目でしょ、二年目の、しかも年齢も二五の若い社員に一人きりで遠出させるわけない。あの土地のことなら私も知っています、ここから車で短くとも二〇分はかかるじゃない。そんな場所に、あなたを、単身向かわせるわけないでしょ。誰からの命令なの」
僕の年齢は、二七だ。初めて会った時に自己紹介している。この女の特技は、忘れることだ。
僕は社長の名前を出した。すると井上はわざとらしい、今時ドラマの大根役者もでしないような大袈裟な動作で両手を頬に押し当てた。驚いた、という格好をつくりたいらしかったが、生憎裏に隠している本性など見え透いていた。当人としては隠そうともしていなかったかもしれないが。
「何、社長の名前出すの。私が社長の命令なら、言い返せなくて困るかもしれないからって社長の名前出すの。あなたいつから嘘を得意になったの。いい加減なこと言って、そうやっていつも適当な仕事しているから私、心配で仕方ないのよ。ちょっとは私の心配、伝わってるかな」
「はい、いつもご心配をおかけして、申し訳ないと思っています」
「だったら」と、ここで井上は声を張り上げた。
「今の嘘は撤回しなさい。あなた、面倒くさくなった途端に偉い人の名前出すの、間違っているわよ。ええ、間違っている」
僕は社長直々の命によって(もっとも、これだけ小さい会社ならそんなことよくあるのだが)、事務所の名前が入った車を運転して現地調査に赴く運びとなった。まだ出社して一時間と経っていない。通勤にも車を使うし、日々の業務の約半分がデスクワークなのだからできるなら運転という座り仕事は回避したかった。しかし業務の一環なのだからしょうがない。
事務所から番号の札が付いた鍵を一つ借り受け、駐車場に停まっている銀色の古い型の車に乗り込んだ。乗り込もうとした。何者かが、開けようとしたドアを無理に閉じてしまったのだ。ぎょっとして手の伸びた方に向くと、僕の苦手な人物がいかにも不機嫌そうに立っていた。不機嫌そうな年増女は、名前を井上育子といった。はっきり嫌いな人物の一人だ。井上は僕の名前を不機嫌そうに一つ呼んで、呼んだ後にはそれが忌々しい呪文でもあるかのように唇を曲げた。
「これからどこへ行くの」
質問を投げてきた。僕は定石に従って返答をした。
「実地調査です。二週間前からの調査依頼をかけられているところで、縄文時代の遺跡が近いので付近に痕跡らしきものがないか調べに向かうんです」
そんなこと、と井上はわざとらしくため息をついてから言った。
「そんな仕事、あなたなんかに任せるわけないじゃない。あなたはまだここに来て二年目でしょ、二年目の、しかも年齢も二五の若い社員に一人きりで遠出させるわけない。あの土地のことなら私も知っています、ここから車で短くとも二〇分はかかるじゃない。そんな場所に、あなたを、単身向かわせるわけないでしょ。誰からの命令なの」
僕の年齢は、二七だ。初めて会った時に自己紹介している。この女の特技は、忘れることだ。
僕は社長の名前を出した。すると井上はわざとらしい、今時ドラマの大根役者もでしないような大袈裟な動作で両手を頬に押し当てた。驚いた、という格好をつくりたいらしかったが、生憎裏に隠している本性など見え透いていた。当人としては隠そうともしていなかったかもしれないが。
「何、社長の名前出すの。私が社長の命令なら、言い返せなくて困るかもしれないからって社長の名前出すの。あなたいつから嘘を得意になったの。いい加減なこと言って、そうやっていつも適当な仕事しているから私、心配で仕方ないのよ。ちょっとは私の心配、伝わってるかな」
「はい、いつもご心配をおかけして、申し訳ないと思っています」
「だったら」と、ここで井上は声を張り上げた。
「今の嘘は撤回しなさい。あなた、面倒くさくなった途端に偉い人の名前出すの、間違っているわよ。ええ、間違っている」

