僕はそれまで大したことのないと思っていた記憶を掘り起こした。幼い時の、虫取りの記憶だ。僕は当時が五歳ごろで、カマキリやバッタなんかを捕まえてひたすらにカゴの中に押し込んでいた。蝶々も例外ではなかった。僕は逃げてしまっては敵わないからと、羽をむしってカゴに放り込んでいたのである。なんとも浅ましい、とても文明人の行いではないと思った。僕は目の前の蝶々に対して、小さくではあるが明瞭な声で謝った。口をついて出た言葉、とはおそらくこういうものを言うのかもしれない。考えるより先に言葉にしていた、などと言えば手垢に塗れた表現になるのだろうが、とにかく謝罪した。そうしないことには気が済まなかった。蝶々はただ夜の森に舞い降り、静謐の中に己が存在感をこれ以上ないほどに焼き付けていた。肉食動物を思わせる存在感ではない。語って聞かせる強大さではなく、魅せることで成立する存在感をこの小さな生き物は持ち合わせているのだ。僕は、はっきり、手に取るように理解した。何者も、この生き物の休息を妨げてはならない。
しばしの間、僕と蝶々との言葉もないままの交流が続いた。彼女は(この蝶はメスだと僕は思った)僕の謝罪をどのように受け取ったのか、あるいは受け取らなかったのか知らないがずっと手のひらの上で呼吸していた。羽を使って呼吸をしていた。だから僕も彼女に倣い、ゆっくりと息を吸って吐いた。できる限り蝶の羽のリズムに合わせて胸を上下させた。そのうちに、彼女がこの僕を落ち着けるためにわざわざやってきたのではないかと勘違いを始めた。
そんなはずはないと否定したくなるが、否定しきれない。やはり僕のためだけに、わざわざ飛んできたのかもしれない。何せ蝶は、どれだけ時間が経過しても僕のそばを肩時も離れなかったのだ。いい加減、背中の土の感触が不愉快に思えても、彼女はただそこにいた。時折、白と橙の彼女は手のひらの上をまるでダンスでもするみたいに二歩か三歩、歩いて見せた。優雅にステップを踏む貴婦人を連想させる動きは、それと連動して手のひらに痺れるような特徴的な感覚をもたらした。蝶の手足の特殊な棘が僕を刺しているのだと知覚した。彼女たちに用意されているのは手指ではなく特殊なアシなのだ。細く華奢で、その代わりに無数の細かい棘のようなものが生えている。これを使うことで、樹木や葉っぱにぴたりと静止していられる。この棘を、人の肌にも通しているのだった。
やがて蝶は遠慮というものを忘れていくようになり、あちらこちら気の向くままの行進を楽しんだ。ただし、手のひらの上からは決して出ようとはせず、はみ出てしまいそうになった際には用心深く回れ右をしてみせた。あくまでこの手の上に居座る腹積りらしい。構わないよ、と僕はそっと語りかけてみた。やはり蝶は、ものを言わなかった。
しばしの間、僕と蝶々との言葉もないままの交流が続いた。彼女は(この蝶はメスだと僕は思った)僕の謝罪をどのように受け取ったのか、あるいは受け取らなかったのか知らないがずっと手のひらの上で呼吸していた。羽を使って呼吸をしていた。だから僕も彼女に倣い、ゆっくりと息を吸って吐いた。できる限り蝶の羽のリズムに合わせて胸を上下させた。そのうちに、彼女がこの僕を落ち着けるためにわざわざやってきたのではないかと勘違いを始めた。
そんなはずはないと否定したくなるが、否定しきれない。やはり僕のためだけに、わざわざ飛んできたのかもしれない。何せ蝶は、どれだけ時間が経過しても僕のそばを肩時も離れなかったのだ。いい加減、背中の土の感触が不愉快に思えても、彼女はただそこにいた。時折、白と橙の彼女は手のひらの上をまるでダンスでもするみたいに二歩か三歩、歩いて見せた。優雅にステップを踏む貴婦人を連想させる動きは、それと連動して手のひらに痺れるような特徴的な感覚をもたらした。蝶の手足の特殊な棘が僕を刺しているのだと知覚した。彼女たちに用意されているのは手指ではなく特殊なアシなのだ。細く華奢で、その代わりに無数の細かい棘のようなものが生えている。これを使うことで、樹木や葉っぱにぴたりと静止していられる。この棘を、人の肌にも通しているのだった。
やがて蝶は遠慮というものを忘れていくようになり、あちらこちら気の向くままの行進を楽しんだ。ただし、手のひらの上からは決して出ようとはせず、はみ出てしまいそうになった際には用心深く回れ右をしてみせた。あくまでこの手の上に居座る腹積りらしい。構わないよ、と僕はそっと語りかけてみた。やはり蝶は、ものを言わなかった。

