命取り

 問われ、即座に首を振った。
「そうできたらよかったけど、全部偶然です。本当に」
「そう、でもそれでも良いわ」
 いつまでも二人、蝶と花とを交互に眺めてうっとりしていた。
 後々これが、僕の人生の最も恥ずべきことだとは知らなかった。悲劇は、足音もなく忍び寄ってくるのだ。

 一週間後、菓彩愛菜は逮捕された。主の保存法に抵触しているとかなんとか、よく意味のわからない法律に捕まった。僕はこれを、インターネットのニュース記事によって報された。彼女は密猟者だった。千葉出身の女性で、以前から国内の貴重な動植物を密猟しては主に海外へ売り飛ばしているということだ。何気なくニュースを追っていたら近所の地名が出てきたので、驚いて開いてみればそのような話だ。目を疑い、立ってていられないほどに頭がくらくらしてくるのを感じた。
 菓彩愛菜は密猟者。北は北海道、南は沖縄まで日本の各地を転々と移動し、季節と場所を選んで主に小型の生物を乱獲していた。アジアの国々には、貴重な生物を飼育したり、標本にしてコレクションしたいと願っている人間が多いそうだ。時には法律で捕獲の禁じられている生き物を食べてみたいと願う者すらいる。そういった連中を相手に商売をし、最終的に稼いだ金額は五〇〇万円ということだ。現在彼女は警察に捕まり、事情聴取を受けているらしい。
 僕は日曜日のよく晴れた朝にスマートフォンを睨みながら、リビングのソファの上で硬直した。現実を直視したくないと脳が訴え、これを解析してみなくてはと眼球が労働を買って出た。両者の激しい乖離に板挟みになり、僕はどこに心を落ち着ければ良いか正常に判断できなくなった。
 最終的に下した結論は、この記事を信じるということだった。
 思い返せば、彼女の行動にはいくらか不安を感じずにいられないところがあった。どことなく危ない気配を漂わせていた。僕はもっと、油断をせず彼女と会話しなくてはいけなかったのだろうか。あるいは全く拒んで、最初からいない者として扱うべきだったのだろうか。そして、彼女の手伝いのようなことになってしまって、僕は警察官の仕事の対象になってしまうのだろうか。解明と、懐疑と、忙しい。
 悲報を受けて二ヶ月後、僕は仕事を退職した。もう仕事なんてとっくに手がつけられなくなっていたから。事務所の人間からは一度として悲しむ声は聞こえなかった。それが余計に僕の心を黒くした。
 僕は、仕事を捨て、登山用の道具を捨て、いつの間にか一人きりでお金を削る生活を開始した。故郷には家族と恋人も捨ててきた。僕は、どうしたら良かったのだろう。どうしたら、いつになったら、新しい人生を始められるのだろう。
 あんまり惨めで、涙が出てきた。ソファに寝転んで、天井を見るのも嫌になって、静寂の中で落涙した。涙にも、音は無かった。