「案内してくれませんか? アサギマダラはそれからということで」
構わない、と僕は言った。僕の見つけたのは黄色い花だった。草に咲くタイプの花で、樹木ではない。濃い緑の葉に黄色い花をつけるのが特徴で、眺めていて飽きることがない。僕はこれが咲いているのをどこか知っている。菓彩愛菜は知らない。優越感に似たものが去来し、僕は鼻の穴を大きくしたと思う。
僕が先頭に立って山を歩いた。以前とは見違えるような、慣れた足取りで進むので二度か三度、菓彩をその場に取り残していきそうになった。背後の方から少し待ってもらえないかという懇願の声が聞こえ、振り向くと二〇メートル後方に彼女の姿がある。僕はいよいよ、自惚れそうになる。
「そんなに足が速いなんて思っていませんでした。本当に、訓練していたんですね」
菓彩が追いついて、息を切らせて賞賛した。賞賛を真正面から受け止め、じっくり噛み締めた。
「一年近く経ったわけですから、このくらいどうというものでもないですよ」
そうかな、と菓彩は肩で息をしながら言った。僕たちは、気づけば談笑するようにして暗がりをただひたすらに歩いた。菓彩は道中、持っている情報のいくつかを僕に差し出してくれ、それはおおかた別の地域の山や川についての情報だった。あそこにはどんな生き物がいるとか、景色の綺麗な箇所があるとか、そんな話だ。僕がアサギマダラ以外には強く惹かれないのだと伝えると、彼女は声をあげて笑った。笑った顔の美しいこと、僕はこの自然環境において唯一の真実を見定めたような心地がしていた。次第に彼女の口は軽くなり、アサギマダラについて話をしてくれるようになった。季節的移動をする蝶は、この世界においてもかなり珍しい部類であること、どの時期から日本に渡ってきたのか正確な起源は知られていないこと。一九九九年ごろから一部の学者や愛好者によって、マーキングをはじめとした調査が行われていること、執筆された論文の多くが日本語であって、海外からの人気はそれほどないらしいということ。実に彼女は知識を多く蓄えている。僕に勝てそうなのは体力勝負くらいのものだと思わされる。
「そのうち、本も読んでみたら面白いと思いますよ」
菓彩はその言葉を締め括りにして、一旦情報の放流をやめた。
彼女が話をやめておおよそ五分ほどが経過した頃、僕らは目的の場所に辿り着いた。そこはちょっとした崖になっていて、足元には露出した灰色の岩たちが沈黙を守って整列していた。この岩を一歩でも越えたら、僕の身長よりも高い崖から真っ逆さまになって落下する。決定的なボーダーラインというものが、ごつごつとした格好で引かれていた。
構わない、と僕は言った。僕の見つけたのは黄色い花だった。草に咲くタイプの花で、樹木ではない。濃い緑の葉に黄色い花をつけるのが特徴で、眺めていて飽きることがない。僕はこれが咲いているのをどこか知っている。菓彩愛菜は知らない。優越感に似たものが去来し、僕は鼻の穴を大きくしたと思う。
僕が先頭に立って山を歩いた。以前とは見違えるような、慣れた足取りで進むので二度か三度、菓彩をその場に取り残していきそうになった。背後の方から少し待ってもらえないかという懇願の声が聞こえ、振り向くと二〇メートル後方に彼女の姿がある。僕はいよいよ、自惚れそうになる。
「そんなに足が速いなんて思っていませんでした。本当に、訓練していたんですね」
菓彩が追いついて、息を切らせて賞賛した。賞賛を真正面から受け止め、じっくり噛み締めた。
「一年近く経ったわけですから、このくらいどうというものでもないですよ」
そうかな、と菓彩は肩で息をしながら言った。僕たちは、気づけば談笑するようにして暗がりをただひたすらに歩いた。菓彩は道中、持っている情報のいくつかを僕に差し出してくれ、それはおおかた別の地域の山や川についての情報だった。あそこにはどんな生き物がいるとか、景色の綺麗な箇所があるとか、そんな話だ。僕がアサギマダラ以外には強く惹かれないのだと伝えると、彼女は声をあげて笑った。笑った顔の美しいこと、僕はこの自然環境において唯一の真実を見定めたような心地がしていた。次第に彼女の口は軽くなり、アサギマダラについて話をしてくれるようになった。季節的移動をする蝶は、この世界においてもかなり珍しい部類であること、どの時期から日本に渡ってきたのか正確な起源は知られていないこと。一九九九年ごろから一部の学者や愛好者によって、マーキングをはじめとした調査が行われていること、執筆された論文の多くが日本語であって、海外からの人気はそれほどないらしいということ。実に彼女は知識を多く蓄えている。僕に勝てそうなのは体力勝負くらいのものだと思わされる。
「そのうち、本も読んでみたら面白いと思いますよ」
菓彩はその言葉を締め括りにして、一旦情報の放流をやめた。
彼女が話をやめておおよそ五分ほどが経過した頃、僕らは目的の場所に辿り着いた。そこはちょっとした崖になっていて、足元には露出した灰色の岩たちが沈黙を守って整列していた。この岩を一歩でも越えたら、僕の身長よりも高い崖から真っ逆さまになって落下する。決定的なボーダーラインというものが、ごつごつとした格好で引かれていた。

