命取り

「あの時の、僕です。またここで会えるなんて、まさか夢にも思わなかった。菓彩さんは、やっぱり生き物探しですか」
「そうです、でもちょっと待ってください。会話は、もうちょっと待ってくれませんか」
 僕は言葉を慎んだ。口を固く閉じて彼女を待った。やはり、菓彩愛菜は手が離せない状態であるらしかった。茂みの向こうでがさがさ音を立てたのち、菓彩愛菜はようやく僕の前に姿を晒した。去年に見たのと何ら変化のない、あの登山服の装いだ。
「お待たせしました。随分変わりましたね」
 僕の頭から爪先までを観察し、菓彩はにやりと笑った。
「あれから、僕も山へ入るようになったんです。色々生き物を見たり、景色を楽しんだりして」
「目標にしていた蝶は見つかりましたか」
「いいえ、見つけていません。一匹も、どうしてか発見できないんです」
「一匹も?」菓彩は目を丸くした。
「あれから何ヶ月も経って、一匹も発見していないのですか」
「そうです。僕の探し方は、そんなにまずかったのでしょうか」
 どういうふうに探しているのか、と菓彩は詳細を知りたがった。僕は普段の山歩きの手順をできるだけ細かく話した。菓彩からは時間帯が悪いと指摘を受けたが、僕だってそれくらい承知している。しかし夜の間でなければ嫌なのだと伝えたら、それ以上追及らしきものはなかった。
「私はこの一年近くで、結構な数に遭遇しましたよ。アサギマダラ」
「写真はありますか」
 菓彩愛菜は優しく微笑みながら首を振った。
「なら、どこで発見したか、教えてくれませんか」
「別にいいけれど、ただで情報を与えるのは私の主義に反しています。あなたからも情報を一つ、教えていただかなくてはいけません」
「情報ですか。情報と言ったって、僕は生き物に詳しくなりたいわけじゃないんです。いつも目に見えたものをただ、自然の一部として楽しんでいるだけなんです」
 なるほど、と菓彩は腕組みをして何事かを考えていた。やがて思いついたことがあるらしく、スマートフォンを操作して何枚かの画像を僕の前に突き出してくる。スクロールするごとに写真が切り替わり、写っているのはどれも全く形の違う生き物だった。
「この写真の生き物たちは、私の探している子たちです。ですが、嫌われているのか全然出会えません。もしこれに見覚えのある子がいたら、どこにいたのか教えてください。それで、アサギマダラの居場所を教えます」
 僕は写真を一枚ずつ確かめていった。ミミズクや、蛇や、トカゲにムササビ、カモシカなんてものもいた。大多数が知らぬ存ぜぬの中で、唯一見覚えのあるものが目にとまった。人差し指で画面をつつき、「これです」と菓彩に教えてやる。
「どこで見かけたの」
 途端に顔色を変えて、菓彩は前に半歩出た。その分僕の方は後退した。
「この山です。少し奥の方に行けば、たくさん生えているはずです」