それと向き合うというのはつまり、僕の恐怖心を乗り越えられるかどうかという話になってくる。黒々とした塊に飲み込まれた心は、静かに淡々と語りかけてくる。「死ぬ覚悟があるのか」つまりこの一言だけだ。これからしようとしているのは、苦しく、辛く、耐え難く逃げようのない痛苦に自らの身を預けるという行為だ。勇気を振り絞ってそのような行いに走るのなら止めない。しかし一旦儀式を始めたら後戻りはできない。言うまでもなく、ここには誰の助けも来ないのだから。それでも、決心は固いのか。
僕はあっけなく、立ちすくんでしまった。情けない話なのだが、死ぬのが途端に怖くなった。それでも家族や恋人の顔を思い出すと、やはり死のうと言う絶望がにわかに頭をもたげてくる。やはり死のう、死んで、家族や恋人たちと永遠に距離を置こう。どんなに苦しかったとしてもそれは一〇分とない短い時間だけなのだ、やってできなくはない。僕は僕自身を奮い立たせた。
そして、処刑台に登った。登った途端、僕の身のうちにある絶望を凌駕するほどに恐怖が姿を大きくしていった。恐怖心は肥大をし続け、ついには絶望をも飲み込んだ。その感触がはっきりと伝わってきた。脚立のステップに立っていた足が震え出し、バランスを保てなくなるとすぐにでも落下した。斜めの地面の上を一度か二度ほど回転して、尖った根や葉に総身を突き刺された。悲鳴を上げる暇もない、わずかな間の出来事だった。僕は地面の上に仰向けに寝そべり、夜空を見上げて呆けた。呆けているうちに、ここに隕石の一つでも落下して脳を撃ち抜いてくらいないものかと訳のわからない妄想に取り憑かれてしまった。
しかし、現実とは存外面白いものである。少々星の見えている中空から、何か影のあるものが降り注いでくるのだ。僕は正体が掴めず、空から降ってくるそれを見上げていた。よく観察していると、それが降ってくるものではないのに気がついた。どちらかと言えば、舞っているのだ。夜の空を、まるで我が物であるかのように舞っている。優雅と称して何ら問題はないはずだ。それほどに夜の支配者を標榜する『何か』は美しい。
やがて支配者は僕の目と鼻の先までやってくると、だらりと投げ出している右の手のひらに着地した。僕は顔だけ傾けて、頬に土の当たるのを感じながら舞い降りたそれを見やった。正体は蝶々だった。蝶は一匹だけであり、垂直に羽を立てて休んでいる様子だった。一対ある羽の色は、共に白と薄い橙色をしていた。羽の上が白で、下半分が橙色の蝶。ゆっくりと呼吸するように、羽を上下させている。僕はこの時、初めて蝶の羽はどこまでも彼らの体の一部であって、臓器のようなものなんだと直感した。これをむしり取られたなら、たちまち困ってしまうのだろう。彼らにとって、この種族にとって羽とは生命線である。羽を失うのは、生きるのを捨たと同義であるのだ。
僕はあっけなく、立ちすくんでしまった。情けない話なのだが、死ぬのが途端に怖くなった。それでも家族や恋人の顔を思い出すと、やはり死のうと言う絶望がにわかに頭をもたげてくる。やはり死のう、死んで、家族や恋人たちと永遠に距離を置こう。どんなに苦しかったとしてもそれは一〇分とない短い時間だけなのだ、やってできなくはない。僕は僕自身を奮い立たせた。
そして、処刑台に登った。登った途端、僕の身のうちにある絶望を凌駕するほどに恐怖が姿を大きくしていった。恐怖心は肥大をし続け、ついには絶望をも飲み込んだ。その感触がはっきりと伝わってきた。脚立のステップに立っていた足が震え出し、バランスを保てなくなるとすぐにでも落下した。斜めの地面の上を一度か二度ほど回転して、尖った根や葉に総身を突き刺された。悲鳴を上げる暇もない、わずかな間の出来事だった。僕は地面の上に仰向けに寝そべり、夜空を見上げて呆けた。呆けているうちに、ここに隕石の一つでも落下して脳を撃ち抜いてくらいないものかと訳のわからない妄想に取り憑かれてしまった。
しかし、現実とは存外面白いものである。少々星の見えている中空から、何か影のあるものが降り注いでくるのだ。僕は正体が掴めず、空から降ってくるそれを見上げていた。よく観察していると、それが降ってくるものではないのに気がついた。どちらかと言えば、舞っているのだ。夜の空を、まるで我が物であるかのように舞っている。優雅と称して何ら問題はないはずだ。それほどに夜の支配者を標榜する『何か』は美しい。
やがて支配者は僕の目と鼻の先までやってくると、だらりと投げ出している右の手のひらに着地した。僕は顔だけ傾けて、頬に土の当たるのを感じながら舞い降りたそれを見やった。正体は蝶々だった。蝶は一匹だけであり、垂直に羽を立てて休んでいる様子だった。一対ある羽の色は、共に白と薄い橙色をしていた。羽の上が白で、下半分が橙色の蝶。ゆっくりと呼吸するように、羽を上下させている。僕はこの時、初めて蝶の羽はどこまでも彼らの体の一部であって、臓器のようなものなんだと直感した。これをむしり取られたなら、たちまち困ってしまうのだろう。彼らにとって、この種族にとって羽とは生命線である。羽を失うのは、生きるのを捨たと同義であるのだ。

