命取り

 僕は市街まで運転して大きな本屋に行き、昆虫図鑑を一冊購入した。蝶一匹のためだった。それなのに定価で三〇〇〇円を超えるのを見て愕然とした。よっぽど書店員に詰め寄って抗議でもしてやろうかと悩んだ。でも考えてもみれば、彼ら、彼女らが最終的な値段の決定をしているわけではなし、僕の言い分は出版元の番号にかけて訴えてみてくださいということになり、試してみれば呆気なくいなされてしまうのに相違ない。僕は奥歯を噛み締めて、レジ袋もつけてもらって本を一冊、買った。僕が人生で初めて買った本だった。何かの記念品にも、見えなくもない。
 帰宅し早速ページを繰った。目的の蝶の項目にさしかかり、写真が視野に収まった時、僕の心は一つ大きく跳躍した。下半分が橙色で、上半分が白。写真に掲載されている個体は白の部分の縁が黒くなっているものだったが、見紛うはずもなくアサギマダラだった。写真を眺めているとなんだかいても立ってもいられず、今日は休日なのだしと思えば足取りも軽く、そうして僕は一人で、またあの山に入ると決めた。
 アウトドア用品店に並んでいた適当な服を買い求め(これもはやはり、感情の昂るほどに金額を要求された)、日の沈む前には例の駐車場にたどり着いた。付け焼き刃のような山歩きの格好になって、今度こそ再会しようではないかと意気込んで登山道を進んだ。初夏の夜のことだった。山は季節に適合し、様相を変貌させようとしているらしかった。脱皮しようとしている巨大生物のような、妙に生々しい感触を得た。古くなってターンオーバーしようとしている表皮が、ある箇所でまだ懸命に肉体に張り付いている。そのために破けた服を着ているような、気持ちの悪い情けない格好を呈する羽目になって心身平穏でいられない。現状の息苦しさと、それを剥いだ瞬間の圧倒的な快感や自由を山は一つの生き物として希求しているに違いない。僕にははっきりと、山の気配なるものを感じ取れるような気がした。
 スマートフォンのライトを頼りにして、オレンジでも黒でもない、微妙な紺色の空の下で蝶々の探索をする。菓彩が同じ山のどこかにいるかもしれないと思ったら、鼓動がわずかに速まった。期待をしているのか、と我ながら恥ずかしい感情に乗せられているのを意識の端で知覚しながら、手当たり次第に葉っぱを裏返した。顔は、やはり赤くなっていたかもしれない。
 蝶は幾らか見つけたがどれもアサギマダラでなかった。蛾も発見したが、言わずもがな。途中で電池の切れたように集中力と活力が消え去って、二〇時には山を出た。それほど深く入り込んでもいなかったので登山道に復帰するのは容易だった。