彼女の名前は、菓彩愛菜と言った。年齢は二八で、僕の一つ年上だった。彼女は僕とほとんど歳が離れていないにも関わらず、ずいぶん立派な人間に見えた。夜中にバックパックを背負って生き物を探しているせいなのか、己の人生観について懸河の弁を振るったためか、それはわからない。そして菓彩愛菜はこの近辺の郵便局に勤務しているということも知った。僕は彼女から受け取った情報と近い種類の情報をなるべく返すように心がけて、こちらからも名前と年齢、職業を伝えた。菓彩愛菜は時々おもしろそうに僕の話に相槌を打って、適当なタイミングで質問も挟んできた。会話はそれなりに弾んでいたと言って問題はないだろう。
僕と彼女とは互いの情報を交換しあったわけだが、彼女だけが話す時間も少なくなかった。それはアサギマダラの話をする時だ。彼女の経験と知識から与えられる話を、僕はよく訳のわからない声を発しながら拝聴するという時間があった。菓彩愛菜の言によれば、件の蝶はまず昼行性であるらしかった。だから夜中に歩き回って見つけるとなれば、それなりに苦労するという。
「もう一つ、あの蝶は季節によって色々場所を移動するの。まるで渡り鳥みたいに。夏の暑い時期には北の方へ避暑のため出かける。冬には暖かい地域目指して信じられない距離を移動するの」
「どのくらい移動するんですか」
「記録として残っているのは最長で二〇〇〇キロということよ。蝶の移動距離か疑わしいのだけれど、事実としてそのように論文で発表されている」
中国にまで渡っているのだと、最後に彼女は付け加えた。僕の想像しているより遥かに力に満ちている蝶であるらしかった。
「夜に見つけようとするなら、どこに隠れているのですか」
「隠れているとしたら、やっぱり葉っぱを使って隠れているのでしょうよ。きっとその辺りをひっくり返していれば、いつかは見つけられるはずよ」
そう言いつつも、菓彩愛菜は蝶を探そうというそぶりはなかった。自らが葉の裏側と言ったにも関わらず、木の上なんかをしきりに見上げている。彼女は彼女で、発見したいものがあるのだと了解した。その後も三〇分ほどを菓彩と僕とは一緒になって歩いた。こんな夜ふけに男と二人で歩いていて怖くならないのかと思ったのだが、彼女にはそんな心配はないようだった。もっと別に心を傾けるものがあると、言外に語っているようである。その方が僕も気が楽で助かった。
気のついた頃には、二人登山道の入り口まで戻ってきていた。駐車場には二台の車だけが残されていて、片方が僕の車だ。もう片方は菓彩の車ということになるのだろう。いたって普通の軽自動車だ。外見に似合わず、という意外性はない。
「私はもう帰るわ」と、菓彩が言った。
「今日のところは収穫が見込めない。あまり長い間粘って体力を消耗させるのは嫌。あなたはどうするんですか?」
僕と彼女とは互いの情報を交換しあったわけだが、彼女だけが話す時間も少なくなかった。それはアサギマダラの話をする時だ。彼女の経験と知識から与えられる話を、僕はよく訳のわからない声を発しながら拝聴するという時間があった。菓彩愛菜の言によれば、件の蝶はまず昼行性であるらしかった。だから夜中に歩き回って見つけるとなれば、それなりに苦労するという。
「もう一つ、あの蝶は季節によって色々場所を移動するの。まるで渡り鳥みたいに。夏の暑い時期には北の方へ避暑のため出かける。冬には暖かい地域目指して信じられない距離を移動するの」
「どのくらい移動するんですか」
「記録として残っているのは最長で二〇〇〇キロということよ。蝶の移動距離か疑わしいのだけれど、事実としてそのように論文で発表されている」
中国にまで渡っているのだと、最後に彼女は付け加えた。僕の想像しているより遥かに力に満ちている蝶であるらしかった。
「夜に見つけようとするなら、どこに隠れているのですか」
「隠れているとしたら、やっぱり葉っぱを使って隠れているのでしょうよ。きっとその辺りをひっくり返していれば、いつかは見つけられるはずよ」
そう言いつつも、菓彩愛菜は蝶を探そうというそぶりはなかった。自らが葉の裏側と言ったにも関わらず、木の上なんかをしきりに見上げている。彼女は彼女で、発見したいものがあるのだと了解した。その後も三〇分ほどを菓彩と僕とは一緒になって歩いた。こんな夜ふけに男と二人で歩いていて怖くならないのかと思ったのだが、彼女にはそんな心配はないようだった。もっと別に心を傾けるものがあると、言外に語っているようである。その方が僕も気が楽で助かった。
気のついた頃には、二人登山道の入り口まで戻ってきていた。駐車場には二台の車だけが残されていて、片方が僕の車だ。もう片方は菓彩の車ということになるのだろう。いたって普通の軽自動車だ。外見に似合わず、という意外性はない。
「私はもう帰るわ」と、菓彩が言った。
「今日のところは収穫が見込めない。あまり長い間粘って体力を消耗させるのは嫌。あなたはどうするんですか?」

