「自殺なんてしにきたわけじゃないです。生き物を探しにきました」
「それ、私のセリフでしたよね。同じこと言えば頷いてくれると思ったら大間違いですからね。そんな服装で生き物目当ては無理があります。本当のことを喋ってください」
「本当です、確かに、自殺はしようとしました。でもそれは昨日の話なんです。今日は本当に、生き物を探しにきたんです。こんな服装なのは、職場からの帰りにふと思い立ったからです」
そうすると、と女性は言った。
「いつも生き物を探して山の中に入っている人間なのですか」
「いえ、違います」と、僕は手を振り否定をした。
「詳しくないし、特に好きでもないんです。偶然、昨日見かけたのが綺麗な子だったので、もしかすると今日もいないかなと期待して立ち寄っただけなんです」
「どんな子ですか。名前とかわかります?」
女性はぐいと体を前のめりにさせた。僕は苦笑した。
「わかりません。生き物は、詳しくないので。ただ、昨夜このあたりにいたというのだけは確実なんです。僕の自殺を、その、防いでくれたんです」
女性は破顔した。実におもしろそうに。
「どんな見た目ですか? 鳥ですか、コウモリですか」
「蝶です。白と橙色の、ちょっと大きめの蝶々」
女性は待っていてくれと合図をしてスマートフォンを取り出した。過去に撮影したらしい自分の写真を一枚呼び出して画面を見せてくる。
「この子ですか」
「全く同じです、この蝶々です」
ああ、とつまらなそうに女性は声を漏らした。なんだか気分の良くない「ああ」だ。
「これはアサギマダラですね、珍しくもなんともありません」
アサギマダラ、と口の中で反芻した。
「貴重な蝶々ではない」
「ええ、九州全域、いやそれどころか沖縄にもいます。北の方にも生息していますから、北海道にもいるかもしれません」
「これに会おうと思ったら、僕はどこに行けば良いですか」
女性は画面から顔を上げてまじまじ僕を見つめた。その顔にはこれから起こる物事を推量しようという、ある種の試みがなされているような気配があった。
「その辺を歩いていれば見かけるはずです。良ければ、一緒に探すのを手伝いましょうか」
僕はいくらか迷ったが、協力の申し出を受け入れた。せっかく手助けをしようというのだ、拒む理由はなかった。二人して夜の山を歩いて、その間にも僕たちは様々なことを話した。特に彼女の方から話を振ることが多かった。彼女はどこか、沈黙を恐れるような雰囲気があって、言葉の途切れる空隙には咄嗟の判断、と言えば良いか、布の切れ端同士を縫い合わせるように質問を飛ばした。そこに生じる隙間は全て縫合するつもりと言わんばかりだった。
「それ、私のセリフでしたよね。同じこと言えば頷いてくれると思ったら大間違いですからね。そんな服装で生き物目当ては無理があります。本当のことを喋ってください」
「本当です、確かに、自殺はしようとしました。でもそれは昨日の話なんです。今日は本当に、生き物を探しにきたんです。こんな服装なのは、職場からの帰りにふと思い立ったからです」
そうすると、と女性は言った。
「いつも生き物を探して山の中に入っている人間なのですか」
「いえ、違います」と、僕は手を振り否定をした。
「詳しくないし、特に好きでもないんです。偶然、昨日見かけたのが綺麗な子だったので、もしかすると今日もいないかなと期待して立ち寄っただけなんです」
「どんな子ですか。名前とかわかります?」
女性はぐいと体を前のめりにさせた。僕は苦笑した。
「わかりません。生き物は、詳しくないので。ただ、昨夜このあたりにいたというのだけは確実なんです。僕の自殺を、その、防いでくれたんです」
女性は破顔した。実におもしろそうに。
「どんな見た目ですか? 鳥ですか、コウモリですか」
「蝶です。白と橙色の、ちょっと大きめの蝶々」
女性は待っていてくれと合図をしてスマートフォンを取り出した。過去に撮影したらしい自分の写真を一枚呼び出して画面を見せてくる。
「この子ですか」
「全く同じです、この蝶々です」
ああ、とつまらなそうに女性は声を漏らした。なんだか気分の良くない「ああ」だ。
「これはアサギマダラですね、珍しくもなんともありません」
アサギマダラ、と口の中で反芻した。
「貴重な蝶々ではない」
「ええ、九州全域、いやそれどころか沖縄にもいます。北の方にも生息していますから、北海道にもいるかもしれません」
「これに会おうと思ったら、僕はどこに行けば良いですか」
女性は画面から顔を上げてまじまじ僕を見つめた。その顔にはこれから起こる物事を推量しようという、ある種の試みがなされているような気配があった。
「その辺を歩いていれば見かけるはずです。良ければ、一緒に探すのを手伝いましょうか」
僕はいくらか迷ったが、協力の申し出を受け入れた。せっかく手助けをしようというのだ、拒む理由はなかった。二人して夜の山を歩いて、その間にも僕たちは様々なことを話した。特に彼女の方から話を振ることが多かった。彼女はどこか、沈黙を恐れるような雰囲気があって、言葉の途切れる空隙には咄嗟の判断、と言えば良いか、布の切れ端同士を縫い合わせるように質問を飛ばした。そこに生じる隙間は全て縫合するつもりと言わんばかりだった。

