「相変わらず不思議な空間だ」
目の前には木製のテーブルとさきほど作った鍋料理がある。しかし、周囲の草原や俺の後ろに設営していたテントはなく、周りには真っ白でなにもない空間が広がっていた。
「ほう、良い香りじゃな。今日の料理はなんなのじゃ?」
そして突然俺の目の前に小柄な少女が現れ、いつの間にか椅子に座っていた。
彼女の髪は美しい白銀色で繊細な糸のようにさらさらと揺れている。瞳は夜明けの湖のような蒼色で、その肌は透き通るように白く、まるで陽の光を纏った霧のように幻想的であった。
まるで人形のようなこの美しい少女こそが俺をこの異世界へと転生させてくれた張本人である。
「今日は鍋料理だ。以前にも何回か出したことがあっただろ。もちろん食材は違うからな」
「……この鍋は大丈夫かのう? 前に食べた鍋はものすごく辛かったのじゃ」
「今回のは大丈夫だ。確かにこの前の赤いビミレの実が入った鍋は辛いものが好きな俺でも辛かったからなあ。」
「よかったのじゃ! ガクトの出す料理は当たりはずれが激しいからのう」
高峰岳人――それが俺の生前の名前だ。この世界では貴族や王族しか苗字を持たないので、普段は下の名前で名乗っている。
「旅をしているといろんな食材や料理に出会えるからな。とはいえ、今回の食材はすでに味もみたから安心してくれ」
それが旅の醍醐味でもある。その土地特有の食材や料理はおいしいものだけでなく辛かったり不味かったりするものも多い。もちろんおいしいものを食べたいが、当たりはずれがあるからこそおいしいものと出会った時によりおいしく感じられるのだ。
「それならばよい。今日は残業が多くて疲れたのじゃ……」
「女神が残業とは夢がないな。こういう時はうまいものでも食べて元気を出せ。今日の食材は滋養にもいいからちょうど良かったぞ」
「それはありがたいのじゃ」
女神の分の鍋を取り分けてあげる。鍋のつゆとバックパックに保存しておいた炊き立てのご飯とも一緒だ。
1~2週間に一度、この世界に転生させてもらったお礼として、こうやってたまに女神に料理をご馳走している。俺が両手を合わせて祈ることがトリガーとなり、この神界という場所にまで来ることができる。ちなみに女神はずっとここにいるわけでなく、ちょうど食事時に俺が現れるような仕組みとなっているらしい。
俺としても、誰もいない草原でひとり寂しくご飯を食べるよりも、たまにでいいからこうやって誰かと一緒にご飯を食べられることはありがたいことだ。
「「いただきます」」
女神と食卓の前に二人で両手を合わせた。日本の文化で、食事を提供してくれた人や食材に対して感謝の気持ちを込めたこの言葉は異世界でも使っている。
旅をするためのボロい服を着たおっさんと絶世の美少女姿をした女神が一緒の食卓に座るというのはなんとも異様な光景だが、これも異世界の様々な料理を食べたいとこの女神が望んだことだからな。
鍋の蓋を開けると、湯気がふわりと立ち昇った。ぐつぐつと煮え立つスープ の中で、たっぷりの具材が踊っていた。出汁の香りが鼻をくすぐり、思わずゴクリと喉が鳴る。
「おおっ、温かく茹でられた野菜やキノコにこのさっぱりとしたつゆが合うのじゃ!」
「うん、出汁と具材から出た旨みがたっぷりと溶け込んでいていていけるな。一日中歩いて疲れた身体に優しく染みわたるよ」
柔らかな野菜、噛むたびにジュワッと広がるキノコの風味が手作りのポン酢風味のつゆと合わさってちょうどいい味だ。
このつゆの味を出すのには苦労した。森の奥地にあった村でしか作られていない醤油に似た味の調味料を探すのが特に大変だったなあ。そういった苦労の積み重ねによってこの味が出せたのだ。
超健康スキルがあって疲れにくいとはいえ、一日中歩いていればそれなりの疲労は溜まる。空腹が最高のスパイスというように、自分の足で歩いて本当に疲れ切った状態で食べるのなら、大抵のものはうまく感じるものだ。それがおいしい料理ならなおのことである。
「そっちの肉もおいしいのじゃが、こっちの楕円形の肉をスライスした肉は初めて食べる味じゃのう。外側はプリプリとした弾力があるのに、中はとろりとクリーミーで口の中で溶けていくのじゃ!」
「うん、焼いて食べてもいけるが、やはり鍋にしてもうまかったようだな。こいつはヴァインボアという大きなイノシシ型の魔物だ。そっちの肉はバラの部位で、楕円形の方はホーデンというかなり希少な部位なんだぞ」
「ヴァインボアか、覚えておくとしよう。今回の料理は大当たりじゃな!」
「そいつはよかった。お代わり分もあるからな。存分に食べてくれ」
どうやら今回の鍋は気に入ってくれたようだ。少女の姿をしているが、この女神は人一倍食べるからちゃんとお代わり分も用意しておいた。
俺も超健康スキルのおかげで若い頃と同じくらいの量を食べられる。30を過ぎたあたりから少しずつ食べる量が減ってきて、某大盛系ラーメンの普通盛が食べきれなくなった時はショックを受けたものだ。他にも焼き肉でカルビの脂がきつく感じて翌日まで引きずることもある。おっさんになってくると、食事面でも衰えてくるのだよ。
「ふう~ご馳走さまなのじゃ」
「ご馳走さまでした」
結局お代わり分も食べ尽くし、最初と同じように両手を合わせてご馳走さまをする。いただきますと同様に食材や食材を得てくれた人たちに感謝の意を込めた。
「妾の世界でもいろんな料理はあるが、このようなつゆに浸して食べる鍋は珍しいのう。それに鍋のスープも薄い味付けだけで食材の味を最大限に引き出すというのも面白い。これじゃから異世界の者が作る料理は新鮮なのじゃ」
「こっちのつゆは俺の故郷でよく使われている味付けだ。気に入ってくれてよかったよ」
自作したポン酢風のつゆも口に合ったようでなによりだ。
「野菜やキノコもおいしかったのじゃが、このヴァインボアの肉がなによりおいしかったのじゃ。確かバラはあばらの肉じゃったか。ホーデンとはどこの部位になるのじゃ?」
「ああ、ホーデンは睾丸――つまりはヴァインボアのキン玉の部位だな」
「なっ! き、貴様、妾にそんな物を食わせたのか!?」
「そんな物とはなんだ。睾丸は一体から2個しか取れない希少部位で高かったんだぞ。元の世界でも豚やヤギの睾丸は食べられていた。それにヴァインボアの睾丸は滋養があって――」
「そういう問題ではないのじゃ! め、女神たる妾に睾丸など……」
「そこはちゃんと配慮して、初心者にはハードな刺身ではなく、ちゃんと火を通しておいたぞ。あと串焼きにして丸ごとだと見た目が嫌な人もいるらしいから、そこもしっかりと配慮してスライスしておいた」
「配慮になっておらぬわ!! ……というか、ガクトの世界の者は本当に睾丸を刺身で食べるのか?」
「ああ。豚にクジラ、ヤギなんかの睾丸が刺身で食べられていたはずだ」
「し、信じられぬ……」
まあ、食べる人は本当にごく一部だけれど。沖縄のヤギの睾丸刺しなんかは郷土料理として食べられるぞ。それに魚の精巣である白子とかは普通に日本でも食べられていた。まあ、睾丸と白子は同じ精巣でもちょっと違う気もするが似たようなものとしておこう。
世界間の大規模なカルチャーショックを受けて打ちひしがれている女神。こっちの世界でもヴァインボアの睾丸は食用として売られていたし、そこまで驚くほどではないと思うのだがな。
目の前には木製のテーブルとさきほど作った鍋料理がある。しかし、周囲の草原や俺の後ろに設営していたテントはなく、周りには真っ白でなにもない空間が広がっていた。
「ほう、良い香りじゃな。今日の料理はなんなのじゃ?」
そして突然俺の目の前に小柄な少女が現れ、いつの間にか椅子に座っていた。
彼女の髪は美しい白銀色で繊細な糸のようにさらさらと揺れている。瞳は夜明けの湖のような蒼色で、その肌は透き通るように白く、まるで陽の光を纏った霧のように幻想的であった。
まるで人形のようなこの美しい少女こそが俺をこの異世界へと転生させてくれた張本人である。
「今日は鍋料理だ。以前にも何回か出したことがあっただろ。もちろん食材は違うからな」
「……この鍋は大丈夫かのう? 前に食べた鍋はものすごく辛かったのじゃ」
「今回のは大丈夫だ。確かにこの前の赤いビミレの実が入った鍋は辛いものが好きな俺でも辛かったからなあ。」
「よかったのじゃ! ガクトの出す料理は当たりはずれが激しいからのう」
高峰岳人――それが俺の生前の名前だ。この世界では貴族や王族しか苗字を持たないので、普段は下の名前で名乗っている。
「旅をしているといろんな食材や料理に出会えるからな。とはいえ、今回の食材はすでに味もみたから安心してくれ」
それが旅の醍醐味でもある。その土地特有の食材や料理はおいしいものだけでなく辛かったり不味かったりするものも多い。もちろんおいしいものを食べたいが、当たりはずれがあるからこそおいしいものと出会った時によりおいしく感じられるのだ。
「それならばよい。今日は残業が多くて疲れたのじゃ……」
「女神が残業とは夢がないな。こういう時はうまいものでも食べて元気を出せ。今日の食材は滋養にもいいからちょうど良かったぞ」
「それはありがたいのじゃ」
女神の分の鍋を取り分けてあげる。鍋のつゆとバックパックに保存しておいた炊き立てのご飯とも一緒だ。
1~2週間に一度、この世界に転生させてもらったお礼として、こうやってたまに女神に料理をご馳走している。俺が両手を合わせて祈ることがトリガーとなり、この神界という場所にまで来ることができる。ちなみに女神はずっとここにいるわけでなく、ちょうど食事時に俺が現れるような仕組みとなっているらしい。
俺としても、誰もいない草原でひとり寂しくご飯を食べるよりも、たまにでいいからこうやって誰かと一緒にご飯を食べられることはありがたいことだ。
「「いただきます」」
女神と食卓の前に二人で両手を合わせた。日本の文化で、食事を提供してくれた人や食材に対して感謝の気持ちを込めたこの言葉は異世界でも使っている。
旅をするためのボロい服を着たおっさんと絶世の美少女姿をした女神が一緒の食卓に座るというのはなんとも異様な光景だが、これも異世界の様々な料理を食べたいとこの女神が望んだことだからな。
鍋の蓋を開けると、湯気がふわりと立ち昇った。ぐつぐつと煮え立つスープ の中で、たっぷりの具材が踊っていた。出汁の香りが鼻をくすぐり、思わずゴクリと喉が鳴る。
「おおっ、温かく茹でられた野菜やキノコにこのさっぱりとしたつゆが合うのじゃ!」
「うん、出汁と具材から出た旨みがたっぷりと溶け込んでいていていけるな。一日中歩いて疲れた身体に優しく染みわたるよ」
柔らかな野菜、噛むたびにジュワッと広がるキノコの風味が手作りのポン酢風味のつゆと合わさってちょうどいい味だ。
このつゆの味を出すのには苦労した。森の奥地にあった村でしか作られていない醤油に似た味の調味料を探すのが特に大変だったなあ。そういった苦労の積み重ねによってこの味が出せたのだ。
超健康スキルがあって疲れにくいとはいえ、一日中歩いていればそれなりの疲労は溜まる。空腹が最高のスパイスというように、自分の足で歩いて本当に疲れ切った状態で食べるのなら、大抵のものはうまく感じるものだ。それがおいしい料理ならなおのことである。
「そっちの肉もおいしいのじゃが、こっちの楕円形の肉をスライスした肉は初めて食べる味じゃのう。外側はプリプリとした弾力があるのに、中はとろりとクリーミーで口の中で溶けていくのじゃ!」
「うん、焼いて食べてもいけるが、やはり鍋にしてもうまかったようだな。こいつはヴァインボアという大きなイノシシ型の魔物だ。そっちの肉はバラの部位で、楕円形の方はホーデンというかなり希少な部位なんだぞ」
「ヴァインボアか、覚えておくとしよう。今回の料理は大当たりじゃな!」
「そいつはよかった。お代わり分もあるからな。存分に食べてくれ」
どうやら今回の鍋は気に入ってくれたようだ。少女の姿をしているが、この女神は人一倍食べるからちゃんとお代わり分も用意しておいた。
俺も超健康スキルのおかげで若い頃と同じくらいの量を食べられる。30を過ぎたあたりから少しずつ食べる量が減ってきて、某大盛系ラーメンの普通盛が食べきれなくなった時はショックを受けたものだ。他にも焼き肉でカルビの脂がきつく感じて翌日まで引きずることもある。おっさんになってくると、食事面でも衰えてくるのだよ。
「ふう~ご馳走さまなのじゃ」
「ご馳走さまでした」
結局お代わり分も食べ尽くし、最初と同じように両手を合わせてご馳走さまをする。いただきますと同様に食材や食材を得てくれた人たちに感謝の意を込めた。
「妾の世界でもいろんな料理はあるが、このようなつゆに浸して食べる鍋は珍しいのう。それに鍋のスープも薄い味付けだけで食材の味を最大限に引き出すというのも面白い。これじゃから異世界の者が作る料理は新鮮なのじゃ」
「こっちのつゆは俺の故郷でよく使われている味付けだ。気に入ってくれてよかったよ」
自作したポン酢風のつゆも口に合ったようでなによりだ。
「野菜やキノコもおいしかったのじゃが、このヴァインボアの肉がなによりおいしかったのじゃ。確かバラはあばらの肉じゃったか。ホーデンとはどこの部位になるのじゃ?」
「ああ、ホーデンは睾丸――つまりはヴァインボアのキン玉の部位だな」
「なっ! き、貴様、妾にそんな物を食わせたのか!?」
「そんな物とはなんだ。睾丸は一体から2個しか取れない希少部位で高かったんだぞ。元の世界でも豚やヤギの睾丸は食べられていた。それにヴァインボアの睾丸は滋養があって――」
「そういう問題ではないのじゃ! め、女神たる妾に睾丸など……」
「そこはちゃんと配慮して、初心者にはハードな刺身ではなく、ちゃんと火を通しておいたぞ。あと串焼きにして丸ごとだと見た目が嫌な人もいるらしいから、そこもしっかりと配慮してスライスしておいた」
「配慮になっておらぬわ!! ……というか、ガクトの世界の者は本当に睾丸を刺身で食べるのか?」
「ああ。豚にクジラ、ヤギなんかの睾丸が刺身で食べられていたはずだ」
「し、信じられぬ……」
まあ、食べる人は本当にごく一部だけれど。沖縄のヤギの睾丸刺しなんかは郷土料理として食べられるぞ。それに魚の精巣である白子とかは普通に日本でも食べられていた。まあ、睾丸と白子は同じ精巣でもちょっと違う気もするが似たようなものとしておこう。
世界間の大規模なカルチャーショックを受けて打ちひしがれている女神。こっちの世界でもヴァインボアの睾丸は食用として売られていたし、そこまで驚くほどではないと思うのだがな。


