「ウェルダ村ねえ。あんな馬車も通ってない辺鄙な村までわざわざ行くなんて、おっさんも物好きだな」
「ちょっとその村にある名物を食べてみたいんだ。まあ時間はあるからのんびりと行くよ」
目の前にいる市場のおっちゃんは茶色の髪と瞳をしている。麻のような素材でできた目の粗い服を着ており、その服や外見はとても現代の日本人には見えない。それもそのはず、ここは異世界だ。
俺は前世で死んで、この異世界へと転生してきた。転生してから2年近くたったから前世を含めるともう38歳となり、立派なおっさんである。このおっちゃんと会話が成立しているのは転生した際に女神からもらった『言語理解』というスキルの力だ。
「そりゃ元気なことだ。魔物や盗賊には気を付けろよ」
「ああ、ありがとう」
この辺で採れるオレンジ色のルガルの実という果物5個分の代金として黒ずんだ銀貨1枚を店のおっちゃんに手渡した。
この異世界は平和だった日本とは異なり、凶暴な魔物という生物が存在し、道行く人から金品を奪おうとする盗賊などがいる危険な世界だ。
「さてと、それじゃあいつものようにのんびりと行きますかね」
ルガルの実を背負っていた大きなバックパックの中に入れると、ルガルの実が瞬時に消えて重さがなくなった。これは魔道具という魔法の力が込められた道具で、見た目以上に大きな容量があり、これに入れた時点でその物の時間が止まるいわゆるアイテムボックスというやつだ。
ちなみにバックパックとリュックサックはどう違うのかというと、主に用途や大きさの違いだろう。どちらも同じように背中に背負うものだが、バックパックは旅することを前提として作られており、普通のリュックサックよりも丈夫で荷物がたくさん入るように大型のものが多い。
バックパッカーとはその名の通り、このバックパックを背負い、決まったツアーや豪華な宿泊施設を使わずに安宿やホステルなどを利用しながら、低予算で自由気ままに旅を続ける旅人だ。
前世はそのバックパッカーで、日本を旅したあとに世界各国を巡り歩いてきたわけだが、まさか死んで異世界に転生したあともこうしてバックパックを背負って旅をするとは思ってもいなかったな。
「それにしても実にいい景色だ」
広がるのはどこまでも続く緑色の大地。風が吹くたびに草原は波のようにうねり、その音はまるでさざ波のようだ。時折、名も知らぬ野花が風に乗って甘い香りを運んでくる。
悠然と翼を広げる鳥が舞い大空を舞い、目の届く範囲には人工物が何もない雄大な自然しか映らない。そんな草原の中の目的地であるウェルダ村へと続く一本道を歩いていく。
そこまで人が通る道ではないのか、あまり整備はされておらず雑草も生えているが、この世界ではこれが普通の道だ。どこへ行くにしても整備されたコンクリートの道が続いている日本はとても恵まれた国なのである。
「これだけ歩いてもほとんど疲れていないし、女神からもらった『超健康』スキルは本当に助かるなあ」
すでに街を出発してから5時間近く歩いている。
バックパックが軽いという理由もあるが、この歳でこれだけ歩けば疲れて足が痛くなったりするものだ。しかし、この世界に転生する際に女神からもらったスキルのおかげでほとんど疲れていない。
この超健康スキルはその名の通り、俺の身体が超健康になってあまり疲れなくなって、病気にもならなくなる。前世と比べると不衛生なこの異世界で旅をするにはとてもありがたいスキルである。
ちなみに前世の頃からそうだったのだが、ひとりで旅をしていると独り言が多くなるんだよなあ。綺麗ではあるが、こうも同じ景色が続くと独り言が増えてしまう旅人はきっと俺だけではないはずだ。
「よし、今日はここまでにしておこう」
日が暮れ始めたところで、野営の準備をする。
当然街灯なんてないので、日が暮れてしまえば真っ暗になってしまう。一応灯りは点けられるが、夜に歩くのはとても危険なので早めに野営の準備をする。日が暮れればすぐに寝て、明日の朝に日が昇ったらすぐに移動するのがこの世界の旅人である。
バックパックからこちらの世界のテントや寝袋を取り出して設営をしていく。そして周囲に生物が近付いてきたら音が鳴る警報用の腕輪型魔道具を発動させた。この魔道具の維持費は少々かかるが、こればかりは必要経費である。
超健康スキルは身体が健康になるが、別に強くなるわけではない。ずっと旅をしてきたから年の割には体力があるほうだと思うが、おっさんである俺の戦闘能力は皆無なのである。
「今日の晩ご飯は何にしようかな?」
テントの設営を終え、バックパックからコンロの魔道具、包丁、まな板などの調理器具を取り出す。昼食は歩きながらパンや市場で買ったルガルの実を食べただけだから、夜はしっかりとしたものを食べたいところだ。
「よし、今日は鍋にするか」
今日は少し肌寒いし、身体の温まる鍋にするとしよう。
バックパックから野菜やキノコ、肉を取り出す。この魔道具は大きいほどより多くの物が入るため、このバックパックほどの大きさがあればかなりの容量がある。もちろん、その分結構なお値段はしたがな。
コンロの魔道具のツマミをひねると火が点く。電気などのないこの異世界だと、警戒用の腕輪型の魔道具も含めてこれらの魔道具がなかったら、快適に旅をすることはとてもできなかっただろう。
海の街で購入しておいた干した海藻と小魚で出汁を取りつつ、食材を切って鍋へと放り込む。いい香りが周囲に広がっていき、食材にゆっくりと熱が通っていく。
「完成だ。さて、それじゃあ今日は女神と一緒に食べるとするか」
2人分の食材を入れた鍋を前にして両手を合わせて心の中で祈りをささげると、日が暮れかけたオレンジ色の景色が一瞬にして真っ白で何もない風景へと切り替わった。


