◇◇◇
「やっぱり、度胸試しが鍵だったってことになるのか?」
部室の鍵を返したあと、僕らは中庭に行って話をすることにした。
話題はやっぱり猿千村での出来事だ。人に聞かれるとちょっと怪訝な顔をされそうな内容なので、声のトーンは抑えめで。僕はベンチに腰を下ろし、犬塚は立ったまま制服のポケットに手を入れた。
「あれから俺もひとりで考えてみたけど、いろんな要素が複雑に絡み合ってるんだと思う。なにかひとつの要素だけで決まるんじゃなくて。村に住んでる年数とか、生まれた場所とか……あとは血縁なんかも関係するとは思う。生まれたばっかりの0歳児は度胸試しなんかできないしな」
「あと【なにか】の主観もな」
「だな」
犬塚は頷いて言った。
「村に住んでみたいって言ってだたろ? それくらい保科が村のことを好きな気持ちが【なにか】に伝わったのかもしれない。あとは、それまでの積み重ねか」
「積み重ね?」
「大井さんの畑耕したり、ショーマと交流したりしてたのもまったく意味がないわけじゃなかったのかもしれない。そういう保科の行動の積み重ねと、度胸試しの両方が効いたんじゃないかってこと」
猿千村の村人たらしめる条件はやっぱりわからないままだ。
ふたりで首を捻っていると、ふと犬塚が思いついたように顔を上げた。
「──今思えば、【なにか】が保科のところに来たのも、べつによそ者を殺すためじゃなかったのかもしれないな。お前のことが気になってただ見にきただけかもしれない」
あのとき、僕のところに【なにか】が現れた理由。ルールを破った人間のところに現れるというけど……殺すためではなかったんだろうか? 僕にはよくわからない。恐怖は感じたけど、殺意の有無に関わらず、あんな得体の知れない化け物が現れたら誰だって怖いと思うに決まってる。
「あの閉鎖的な村の人たちにも認められて、村の【なにか】にも認められて、本当に大したもんだよ」
「村の人たちって……」
「ショーマにも、あの偏屈な大井のじいさんにも認められてただろ」
東京に帰る日、ショーマと大井さんとは別れ際に少しだけ話をした。ショーマとは連絡先を交換し、東京に戻ってからもやり取りをしている。話の内容はなんてことはないものばかりだけど。
もう帰るんすか、寂しいっすよーとショーマは言っていたけど、大井さんのほうはいつもと変わらない仏頂面だった。それでもわざわざ見送りにきてくれたということは、少しは認めてもらっていると思っていいのだろうか。
「あと、俺も保科のことは認めてるし、気に入ってるよ」
「……犬塚も? 本当かよ」
「本当に。バレー部の勧誘もまだ諦めてないし」
「いやそれについてはいい加減諦めろよ」
「写真部と兼部でいいから、まずは体験入部を──」
「だから入らないって!」
「あ、バレー部の試合を撮りたいって話あっただろ? 保科が撮りにくるんだったら、顧問と部長に俺がかけあうけど」
「え、でも、撮りたいって言ってるのは写真部の女子で……」
「保科に俺の試合観に来てほしいし、応援してほしいから」
「…………考えとく」
猿千村の個性豊かな住人たちに本当に認められたのだとすれば、それはなかなかないことだろう。ベンチの隣に腰かけるその同級生を見ながら思う。
かくいう僕も、犬塚のことを気に入っていないわけではない。今となってはもう犬塚はただのクラスメイトではない。友達だと思っているし、今や猿千村の住人仲間だ。
「そういや、昔度胸試しした子がいるって話しただろ。その子が今どうしてるのか気になって、ちょっと調べてみたんだ」
東京に戻ったあと、ショーマに連絡を取って調べてほしいと頼むと、特定することができたんだという。
なんと、その年以降も奇跡的に毎年春に猿千村に遊びに来ていたらしい。今年の春彼岸にも実は遊びに来ていたというんだから驚きだ。
犬塚は連絡先を聞き出し、猿千村に伝わるきまりのことを伝え、来年以降も春彼岸には滞在してほしいと話したそうだ。
「よかったなぁ! 僕もずっと気になってたんだよな、元気にしてるなら本当によかった」
話題は猿千村の話から、明日から始まる春休みの話へと移った。これから春休みといっても、一足先に一週間の休みをもらったようなものだから、なんかちょっと変な感じだ。
「実はさ、春休みにまた撮りにいこうと思ってるところがあるんだよ。犬塚も一緒に来ないか?」
「あんな目に遭っといて懲りないな。肝据わりすぎだろ」
「そんなつもりはないけどなぁ」
「今度はどこに行くつもりなんだ?」
「よくぞ聞いてくれました。ここなんだけど──」
僕はさっそくスマホを取り出し、地図アプリを開いた。目的地である村の名前を入力する。
猿千村よりもさらに遠い場所だけど、春休みだから多少の遠出は許容範囲だ。隣に画面を向けると、犬塚はその整った凛々しい眉をわずかに顰めた。
「雉、……雉裏村? 変わった名前だな」
「僕も初めて聞いたんだけどさ、この村には猿千村に負けず劣らず見事な渓流があるらしいんだよ。村の名前で検索したら、なんか変わった言い伝えがあるっぽいんだけど──」
「……言い伝え?」
「くわしいことは調べてないから全然知らないし、まぁそんなことはべつにどうでもいいんだよ、どうでも。僕が撮りたいのは渓流だから」
渓流。うーん、なんて涼しげな響きだろう。僕がうっとりしていると、犬塚は横でやれやれとばかりに長いため息をついた。
「……猿千村といい、なんで保科は毎回変な村ばっかり引き当ててくるんだろうな。本当は写真部じゃなくてオカルト研究部なんじゃないか?」
「れっきとした写真部だわ」
それに、と僕は犬塚に指を突きつけて言う。
「それに、猿千村は変な村なんかじゃない。綺麗なところだったよ、本当に」
「……まぁ、そうかもな」
「そりゃあ怖い思いもしたけど、それでも僕は猿千村が大好きだし、また行きたいって思う。ショーマにも会いに行きたいしさ。大井さんにも」
犬塚はばつが悪そうな顔をして、発言を訂正すると言った。
「ともかく、今度こそヤバい因習のない村だといいな。──ま、保科には関係ないか」
「どういう意味だよ」
「因習があろうとなかろうと、全部吹き飛ばして楽しめるすごいやつってこと」
「……褒めてる?」
「褒めてる」
胡乱な目で見ると、犬塚は面白そうに笑って頷いた。
そろそろ帰ろうという犬塚に促され、僕はベンチを立った。ふたりで歩き出しながら、春風を浴びる。
「犬塚も一緒に来れるといいけど──あ、でもバレー部の練習があるのか」
写真部は春休みの活動はない。でも、バレー部を筆頭とした練習熱心な運動部は、春休みにもまめに練習日を設けていると聞く。
「日によるな。春休みも結構練習は入ってるけど……」
「だよなぁ」
「けど、調整して行けるようにする」
「いいのか?」
練習を休ませるのはさすがに申し訳ない。でも、犬塚に一緒に来てもらえると心強い。ふたつの相反する気持ちの間で僕が葛藤していると、犬塚が当たり前のように言った。
「俺は保科に救われたからな。命の恩人の保科の頼みなら、因習村でもどこでもお供するつもりだ」
「だから大袈裟なんだっての」
こんなとんでもないことを冗談で言っているわけではないところが犬塚のすごいところだ。
ふたりで軽口を叩きながら、僕たちは歩いた。べつに手を繋ぐこともないし、腕を組むこともないけど、一週間前に比べると近い距離で。
来年の春も、その次の春も、こんな風にくだらないことを言い合いながら山道をふたりで登っているんだろう。あの美しい因習村を目指して。
〈了〉

